誘惑6
にこにこにこ。
カカシは、すこぶる機嫌が良かった。
イルカの検査に問題がなく、晴れて退院が決まったからである。
退院の日には、もちろん迎えに行ってしまった。
「カカシさん、任務はいいんですか?」
イルカが心配そうに訊くとカカシは笑顔のまま頷いた。
「大丈夫、今日の任務は済ませてきました」
心配ありません、というカカシにイルカは安心する。
「そうなんですか、それならいいんですけど」
言ってから、でも、と控えめに言った。
「退院する日に来てくれたのは嬉しいのですが、わざわざ来てくれなくても」
忙しい人なのにカカシさんは、と恐縮している。
「ぜんぜんっ、そんなことありませんから」
カカシは強調した。
「イルカ先生のためなら、どこからだって駆けつけます」
にこにことしていた顔が、ふっと優しくなる。
「俺を呼んでくれるなら、いつだって」
そんなカカシに再び、どきりとしたイルカであった。
「もう、怪我なんてしないでくださいね」
退院したイルカにカカシは真剣に言った。
「イルカ先生が怪我なんてしたら心配で夜も眠れません」
事実、カカシはイルカが入院して病院に見舞いに来る際に眠そうな顔をしてやって来ていた。
いつも眠ってしまいそうな半分閉じたような目をしているのに、その時だけは本当に寝不足といった感じであったのだ。
「そうは言ってもですね」
イルカは眉を顰める。
「任務があるのですから、ある程度の怪我は覚悟の上です」
今回の任務では運の悪いことに敵に襲われ応戦したのだが多勢に無勢だった。
それ故の怪我であり、不可抗力ともいえる。
怪我をして動けなくなったところを偶然、通りかかった木の葉の里の忍に助けてもらった。
「怪我もそうですが」
イルカは躊躇ってから切り出した。
「任務に出たからには色々な覚悟も必要でしょう」
暗に死を匂わせる。
カカシだって任務に出るのは覚悟の上のはずだ。
「まあ、そうですけどね」
肩を竦めたカカシは巧みに話題を逸らす。
「イルカ先生には怪我をしてほしくないという俺の気持ちを分かってほしいだけなんです」
なぜならば、とカカシはイルカの両手を握る。
ちなみにカカシとイルカがいるのは道端である。
退院した病院の帰り道なのだ。
カカシがイルカを自宅まで送っていくことになっている。
「俺の気持ち、分かってもらえますか?」
きりっと見つめてくるカカシの目。
眠そうな目なのに凛々しく男前に見える。
きっと、とイルカは思った。
退院して疲れているのだろう、と。
だってカカシさんが格好いいのは分かっているが。
ふっと息を吐く。
それが眩しく輝いて見えるなんて。
俺たち男同士なのに、と心のどこかで思っていた。
「ねえねえ」
紅は隣にいるアンコに囁いた。
「あれ、見て」と指差す。
指差す先にはカカシとイルカがいた。
「あれが何?」
口を動かしているアンコは何か甘い物を食べているらしい。
「どうかしたの、あの二人?」
紅が指差す二人を覗き見る。
「何って分からないの?」
紅がじれったそうに呟く。
「イルカが退院してからのカカシの態度よ」
「ああ、そういえばイルカは入院していたね、短期間」
「そうよ」
「退院できて良かったね」
「そうね、良かったわ」
「うん、良かった」
顔を見合わせて微笑みあった紅とアンコであったが。
「違うわよ!」
紅は話を軌道修正する。
「そうじゃなくて!カカシのイルカに対する態度が露骨になったって話」
「そうなの?」
「そうよ、あれ見なさい」
もう一度、紅が指差した先にはカカシとイルカが近距離で話をしていた。
顔がくっ付きそうな程、近い距離で二人は話をしている。
無論、仕事の話だ。
だが、しかし。
普通は、そんなにくっ付いて話はしない。
成人男性二人が大きな体躯をくっ付きそうなくらい、引っ付けていたら暑苦しい。
でも二人は、そんなことお構いなしのようだった。
和気藹々、楽しそうに話をしている。
二人の会話が紅とアンコのところにまで聞こえてきた。
「そうだ、イルカ先生。今日は俺んち来ませんか?昨日、来れなかったでしょ」
「ああ、そうですね。でも今日は俺、仕事が立て込んでいて帰るの遅いんです」
「遅くてもいいですよ。俺んちはいつ来てもいいですから。あ、それよりイルカ先生の仕事が終わるを待っていましょうか」
「そんなの悪いですよ」
「待っている時間も楽しいですから気にしないでください」
「でも・・・」
「イルカ先生の仕事が終わってから、どこかに寄って食べていくのもいいですし」
「本当に遅いんですよ、今日は」
「だから大丈夫ですって。俺の愛の力はすごいんですから」
そこまで聞いて紅とアンコは聞くのを止めた。
ものすごく精神力が削られる会話だったから。
「なに、あれ?」
二人の会話が聞こえない場所に来てからアンコは溜め息を吐き出した。
何気に鳥肌になっている。
青褪めた紅も溜め息を吐いていた。
「なにって、見たまんまでしょう」
「なんか、すっごくさー」
肩を落としたアンコは激しく脱力していた。
「疲れる・・・」
「同じく・・・」
紅もすっかり気力が削がれていた。
「あの二人ってさ」
興味津々にアンコが紅に訊く。
「付き合ってんの?」
そこが問題だった。
「さあ、どうかしらねえ」
紅が長い髪を、さらっとかき上げた。
「付き合っているようにも見えるし、付き合っていないようにも見えるわ」
「どっちなのさ」
「よく分からないわ」
男心って、と紅は締めくくった。
あれから。
カカシがイルカのことを誘っても、イルカがカカシのことを誘っても邪魔は入らなくなった。
誘っても予定が延期や変更になることは余りない。
呪縛から解放されたようだった。
カカシが頑張ってイルカを誘い、イルカも特に嫌がる気配もない。
二人の関係は上手くいっていた。
だけども、それはとても親しい友人としての延長上でしかない。
それをカカシは不満に思っていた。
自分が望むのは、そうではない、と。
カカシは決心した。
告白しよう!と。
その日、イルカはカカシの家に来ていた。
時刻は、もう夜だ。
夕飯も兼ねて二人は酒を飲んでいた。
そしてカカシもイルカの家に行ったことがある。
食事やら酒やら、何やかや。
その数は二桁を、とっくに越えていた。
カカシの家に来たイルカに、どきどきとしながら酒を注ぐ。
酒を注がれたイルカは美味しそうに、それを飲み干した。
「おいしーい!カカシさん、このお酒、とっても美味しいですね」
ご機嫌であった。
「そうですか、良かったです」
カカシも酒を飲んでいるが緊張して一向に酔えない。
酒を飲めが緊張が解れると思ったのだが駄目だった。
それにカカシに対してイルカは、とってもリラックスした表情だ。
笑顔を惜しみなく振りまいている。
「カカシさんも、どうぞ」と酒を注がれカカシは、それを一気に飲み干した。
心は決まった。
「イルカ先生!」
対面で座っていたのだがイルカの隣へ移動する。
「あ、あの、俺、実は」
少年のように胸を、どきどきさせながらカカシはイルカに言う。
「実は、そのあのその・・・」
「はい」
イルカに、じっと見つめられ緊張感が頂点に達する。
戦闘でも中々、こんな緊張感はない。
「俺、イルカ先生が好きなんです!」
とうとう言ってしまった。
誘惑5
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