誘惑7
「好きなんです!」
カカシの言葉を聞いたイルカは目を、ぱちぱちと瞬かせカカシを見ている。
どきどきどき、と自分の体の中で鼓動する心臓の音がカカシの頭に、がんがんと響いた。
言ってしまった、好きだと。
イルカは、どんな反応を示すのだろう。
やはり言わなければよかったか。
いや、でも言っておかないと後悔するから。
そんな気持ちが、ぐるぐるとカカシの中で回っている。
ああ、どうしよう。
どうしたら・・・。
イルカに何か言ってほしい。
続く言葉がなくカカシはイルカのことを見ることしかできない。
「イルカ先生」
やっと出た言葉は百戦錬磨の忍の声ではなく、恋する一人の男の声だった。
じっとカカシを見ていたイルカであったが。
やがて静かに口元に笑みを浮かべた。
「やっぱり、そうだったんですね」
言った言葉は意外であった。
カカシの気持ちを知っていたかのような。
「そうじゃないかと思っていました」
「・・・・・・え」
「カカシさん、俺のこと好きだったんですね」
「そ、そうですけど」
イルカの雰囲気に呑まれながらカカシは頷いた。
「なんで?」
訳が分からない。
「なんでイルカ先生、俺がイルカ先生のことが好きだと思っていたんですか」
当然の質問だった。
「あー、それはですねえ」
ちょっと照れたようにイルカは笑った。
「カカシさんの行動というか誘い方がですねえ」
イルカは楽しそうに言う。
「アカデミーで子どもたちが好きな子の気を引こうとあれやこれやと誘うのと、よく似ていましたから」
衝撃的なことを告げられた。
「・・・アカデミー!・・・子ども!」
かなりショックだった。
「でも、あのですね、俺は真剣なんです」
仄かな恋心を抱くのは共通しているかもしれないが、その先に求めるものは子どもたちとは大いに違う。
大人だから。
「真剣にイルカ先生のことが好きで真剣に交際したくて・・・」
「わ、解っています」
その先を言おうとしたカカシの口をイルカが手で押さえた。
「解っていますから言わないでください」
カカシさん、何か恥かしいこと言いそうだから、とイルカは察しがいい。
イルカに口元を押さえられたカカシは、にやけてしまった。
自分の想いはイルカに伝わっていた。
イルカは解ってくれていた。
とても嬉しい、嬉しくて嬉しくて顔が綻んでしまう。
カカシは口元を押さえているイルカの手に自分の手を重ねた。
手が触れると、はっとしたようにイルカが手を引っ込めようとしたのだが、その手をすかさず握って逃がさない。
「イルカ先生」
手を握ったままカカシは、もう一回、言った。
「イルカ先生、好きです。とっても好きです、イルカ先生のことが。俺と付き合ってください」
とはっきり言った。
そして返事をくださいと。
「返事・・・」
「そう、返事です。今、ここで」
「ここでって言われても・・・」
戸惑うようにイルカはカカシを見ている。
カカシに告白されて手を握られてもイルカは嫌がらない。
ということは・・・。
カカシは確信していた。
イルカもカカシのことが好きなのではないかと。
きょろきょろとイルカは視線を泳がせる。
「ええっとですね、それは。あー・・・」
何かを言いあぐねてはイルカは口をもごもごとさせている。
こういうことには奥手らしい。
カカシは大人しく、じっと待っていたのだが、もじもじとしているイルカは一向に返事を言おうとしない。
「えー、うーんと・・・」
じれったくなったカカシはイルカに助け舟を出した。
「イルカ先生、俺のこと好きですか?」
「えっ・・・」
カカシを見つめたイルカは、すぐに反応した。
見る見るうちに赤くなっていく。
答えは顔に、しっかと出ていた。
「俺の言った好きの意味は解っていますよね?解っているって、さっき言いましたよね?」
赤い顔のままイルカは、こくりと首を縦に振る。
「俺はイルカ先生のことが好きで、イルカ先生も俺のことが好きってことは・・・」
「あっ、で、でも!」
お付き合いはオッケーですね、と言おうとしたカカシをイルカは急いで遮ってきた。
「そうなんですけど!でも駄目です!」
「駄目?」
不可解なことを言い出した。
「駄目って何が?」
答えは一つのはずなのにイルカは何を言い出すのか。
「何が駄目なんです」
ぐぐっと身を乗り出してきたカカシにイルカは抵抗する。
「いきなり付き合うなんて駄目ですよ」
「・・・・・・は?」
カカシは眠そうな目を、いっぱいに見開いた。
今、イルカ先生、何て言った?
「最初は友達からです」
「・・・・・・・・え?」
「お友達からお願いします」
思いもよらぬ返事にカカシは玉砕した。
「で?」
声を揃えて問い質された、紅とアンコに。
上忍の控え室で。
視線は、どことなく冷たい。
イルカとの顛末をカカシは話していたのだ。
「で?とは何よ」
せがまれて話したのに紅とアンコは不満げだ。
とてもとても不満そうにしている。
それはもう不満の頂点に達していると言ってもいい。
「だから俺とイルカ先生のお付き合いは友達からってことで・・・」
「あー、もう!」
「違うってば!」
紅とアンコはいきり立った。
「それは付き合っているとは言わないよ!」
「単なる友達じゃ意味ないでしょ!」
「そ、うかな?」
二人の剣幕に引きながらカカシは果敢にも反論した。
「でもさー、お互いの気持ちは知っているし、友達付き合いも楽しいし」
「そんなんじゃ駄目よ」
紅が厳しく指摘してきた。
「もっと、こうぐいぐい押して押して押し倒さなきゃ。でないといつまでもお友達のまんまよ」
「そうそうそう」
「押しの強さならカカシの方が勝っているんだから」
「そうそうそう」
アドバイスする紅にアンコが合いの手を入れる。
「以前にやっていたように誘惑するのよ、イルカ先生を」
「そう?」
カカシはイルカの気を引こうと最初の頃は、あれやこれやとイルカを誘っていた。
そのことを紅は言っているのだ。
結局、その誘惑は失敗続きだったのだが。
「じゃあ、やってみようかな」
友達付き合いも楽しいが恋人としての確固たる地位も欲しい。
カカシはイルカにアタックしてみることにした。
アタック、すなわち誘惑である。
今晩にでも早速、と作戦を考え始めた。
その晩。
イルカはカカシの家に遊びに来ていた。
明日は休みなのでお泊りだ。
ここ最近、ずっとそうだった。
どちらかの家に泊まりに行っている。
しかしイルカは、その晩は眠そうで欠伸ばかりしていた。
「イルカ先生、眠そうですね」
「あ、すみません。疲れているみたいで」
「先にベッドに横になりますか?」
「うーん、そうですねえ。でもカカシさんは?」
言いながらもイルカの瞼は落ちそうになっている。
「俺はもう少し起きています」
「じゃー、先に横にならせてもらいます」
言ったイルカは、もぞもぞとカカシのベッドに潜り込んだ。
カカシはイルカが見えるようにベッドの前で本を読み始める。
いつもの愛読書だ。
とろんとして眠そうなイルカは横向きに寝転がりカカシを見つめていた。
じーっと瞬きもせずにカカシだけを見ている。
カカシを見ていたイルカだったが少し経つと、すーっと眠りに落ちてしまった。
健やかな寝顔を晒している。
イルカが完全に寝たのを確認するとカカシは、ふっと肩の力を抜いた。
「はーっ」と息も吐く。
「危なかった・・・」
そう呟いた。
イルカの傍に行きカカシは布団をイルカの肩まで掛けてやる。
眠っているイルカの頬に、そっと触れた。
イルカを見るカカシの目は優しい。
「イルカ先生」
寝ているイルカに囁いた。
「今日はイルカ先生を誘惑しようと思っていた俺ですが」
黒い髪を撫でる。
「イルカ先生に見つめれて逆に俺が誘惑されそうでしたよ」
だからカカシは「危なかった・・・」と言ったのか。
「まあ」
すやすやと眠るイルカをカカシは愛しげに見る。
「今は友達でいいですけど。そのうち、いつかはね」
いつかはこの願いを成就させよう。
いつの日かイルカと恋人にと思うカカシであった。
終わり
誘惑6
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