災い天使7
思わぬ、カカシ先生の言葉に俺は耳を疑った。
俺のこと好きって・・・。
項垂れていた顔を少しだけあげて、上目遣いにカカシ先生の顔を見る。
「あの、カカシ先生。」
思い切って訊いてみた。
「俺のこと、怒ってないんですか?」
するとカカシ先生は人好きする顔で笑った。
「なんで俺が怒るんですか?」
逆に聞き返される。
人を気遣う、優しい声色だった。
「中忍試験で、その・・・。」
全部が言えなくて、俺は言葉に詰まる。
あんなこと言ったのに。
カカシ先生に。
上忍の人に。
色々な思いが胸に突き上げてきた。
「ああ、そのことですか。」
カカシ先生は、あっさりと言い放ち俺の手を握り締めた。
「気にしていませんよ。」
「俺とイルカ先生は別々の人間なんですから意見が違うのは当たり前です。」
人間、誰しも自分の考えってありますからね、と付け加えられる。
なんていうか・・・。
そのカカシ先生の言葉で俺の胸の中で、苦い塊となって残っていた気持ちが瞬く間に、すっとなくなってしまった。
まるで氷のように解けて、どこかに行ってしまったんだ。
今までの苦しさが嘘のように。
ずっと、わだかまっていたものがなくなった俺は、ほっと息を吐いた。
安堵で緊張が解けて肩が下がる。
苦しさと緊張とで、自分でも気がつかないうちに肩に力が入っていたんだろうか。
体も心も何もかもが軽くなった。
カカシ先生って、すごい。
こんなにも俺の気持ちを解ってくれているなんて。
感謝の気持ちを述べようとして顔を上げると、間近にカカシ先生の顔があった。
心配して俺のことを見つめていてくれたらしい。
「カカシ先生。」
俺は、ぎゅっと、カカシ先生の手を握り締めた。
「はい。」と一瞬、何故か、カカシ先生に緊張が走ったのが握った手の感触から分かった。
どうしたんだろう?
疑問に思ったが、それは、とりあえず置いておいて。
俺は言った。
「ありがとうございます。そんな風に仰っていただいて。」
感謝の気持ちを精一杯こめて言った。
「あ・・・。いいえ、いいんですよ。」
ちょっと拍子抜けしたような感じのカカシ先生だったが慌てたように言葉を返してきた。
「俺も言いすぎたかなと思いながらも自分の意見を怯まずに言うイルカ先生を、ちょっとカッコいいなとか、すごく可愛いなとか思っていましたから。」
「か・・・。」
カッコいいはともかく、可愛いってなんだ?
しかも、すごくっていう形容詞がついていたような・・・。
聞き間違いかなあ。
・・・ま、まあ、いいや。
「カカシ先生、俺、嬉しいです。」
カカシ先生と分かり合えて、晴れ晴れとした気持ちだった。
とても嬉しい。
「あ!」
カカシ先生が嬉しそうな声を出した。
「イルカ先生、やっと笑った。」
「え。」
「中忍試験から、こっち、全然、笑っていなかったでしょう?」
そうだっけ・・・。
「いつも難しい顔して眉間に皺寄せていましたよ。」
それは、だって、まあ、すごく悩んでいたからなあ。
手を握り締めたまま、ぐぐっとカカシ先生が身を乗り出してきた。
「イルカ先生。」
目が真剣だ。
「俺は中忍試験のことで怒ったりなんてしていませんから、俺のこと避けないでください。」
そして真剣な口調。
「すみませんばかり言わないで。」
ひと際、カカシ先生が俺に近づいてきた。
顔を寄せてくる。
今にもくっ付きそうに。
「もう、謝らなくていいんです。」
ああ・・・。
その時、不覚にも俺は解った。
カカシ先生も中忍試験の一件で悩んでいたんだなって。
俺ばっかり、と思っていた自分が急激に恥ずかしくなる。
カカシ先生は上忍だけど、俺と同じ人間で。
何かあれば、悩むこともあるんだ。
一人で悩む前に自分の気持ちを話せば良かったんだな、カカシ先生に。
ごめんね、カカシ先生。
「それでね。」
顔を近づけてきたカカシ先生が俺にだけ聞こえるように、そっと囁いた。
「俺、イルカ先生の笑顔が好きなんです。」
もっと俺に笑ってください、と。
それから。
「大好き、イルカ先生。」
そう言われて、告白されたのを俺は思いだした。
一件落着で安心していたのに途端に、どうしようと、そわそわしてしまう。
そんな俺を見てカカシ先生は目を細めて。
不意打ちのようにキスをして。
俺の唇を奪ったのだった。
それから場所が医務室だったのもあるけど。
仕事中だったのを思い出した俺は、勿論、仕事に戻ることにした。
カカシ先生とのことを思いだすと恥ずかしさがこみ上げてくるが大人として、そこは押さえて。
医務室前で別れるとき、カカシ先生は俺に言った。
「今日は仕事が終わったら俺の家に来てくださいね!」
「え、はあ。」
曖昧に頷くとカカシ先生は、にこにこと笑う。
「仲直りに記念に飲みましょう!」
久しぶりにイルカ先生と二人きりで酒が飲みたいです、と誘われた。
そうか、そういうことなら。
誤解も解けて仲も戻ったことだし、今夜は美味い酒になりそうな予感がする。
俺は「はい」と返事をした。
「じゃあ、仕事が終わったら伺います。」
「分かりました!待ってますから、必ずですよ!」
カカシ先生は念を押してから、ようやく、握っていた手を離してくれた。
医務室を出てからも、手は握られたままだったのだ。
「じゃあ、また後で!」
輝くような笑顔でカカシ先生は、一旦、俺の前から去って行く。
それを見送り、俺は同僚の言葉を思い出していた。
「喧嘩するほど仲がいい、か。」
カカシ先生と俺は仲がよかったのか、そうだったのか。
一人、医務室の前で笑顔になっていた俺だった。
夕方、仕事が終わると酒屋に寄り酒を買った。
カカシ先生と久しぶりに飲むし、仲直りの記念って言っていたし俺にしては、かなり奮発して、いい酒にした。
美味しい酒をカカシ先生と飲むのが楽しみだ。
話もたくさんしたい。
カカシ先生といると気分がリラックスするし、何より心地よいのだ。
俺って、本当にカカシ先生のこと好きなんだなあ。
・・・・・・好き。
そこまで思って俺は青褪めた。
自分の気持ちをカカシ先生に言ってないことを。
今からカカシ先生に会うのだから、ちゃんと自分の気持ちを伝えようと心に決めた、一応。
カカシ先生宅に赴くとカカシ先生は快く俺を出迎えてくれた。
カカシ先生は笑顔が絶えず、始終、嬉しそうにしている。
夕飯もご馳走になった。
それにはカカシ先生が買ってきたものらしき料理とカカシ先生の手作りの料理で、すっごく美味かった。
まさに至福の時とは、こういう時を言うのだろう。
話も弾んで、あっという間に時が流れてしまった。
俺は自分の気持ちを伝えるチャンスを窺っていたのだけれど、カカシ先生に隙がない。
そして向かい合って食事をしていたばずなのに気がつくと、いつの間にやらカカシ先生は俺の隣にいた。
「ねえ、イルカ先生。」
「はい。」
「俺ねえ、実は今日・・・。」
「何でしょう?」
カカシ先生は妙に照れている。
何やら言いたそうにしているのだが口篭ってしまって、可愛く見える。
「ええとね。」
もじもじするカカシ先生、珍しい。
そんなカカシ先生を興味深く見ていた俺だったが、はっと気がついた。
今がチャンス!
「カカシ先生、俺!」
勢い込んで言う。
っていうか、こういうことは勢いで言わないと。
一度、照れや恥ずかしさに襲われると絶対に言えない。
「昼間、カカシ先生に好きだって言われて・・・。」
昼間の医務室でのことを思い出すと、やっぱ恥ずかしい。
でも頑張った。
「俺も、あの、その・・・。」
告白するのって、こんなにも難しいものなのか・・・。
人生の悟りを開けそうな心境だ。
さらりと俺に言ったカカシ先生って、ほんと、すごいな。
「好きです!カカシ先生のことが!」
言えた!感無量!
「イルカ先生・・・。」
俺の必死の告白にカカシ先生は目を、うるっとさせた。
「嬉しいです!」と抱きつかれる。
「じゃあ、もう大丈夫ですね!」
・・・なにが大丈夫?
え、と思う間もなくカカシ先生の片手が俺の腰に回って、もう片方の手が手首を掴む。
でもって立ち上がったと思う間もなく、カカシ先生のベッドがある部屋に移動していた。
ぽすっとベッドに押し倒される。
・・・・・・・・・カカシ先生、ふざけているのかなあ。
俺を押し倒したカカシ先生が上から俺を見下ろしてくる。
「イルカ先生、いつだったか俺のこと天使だって言っていましたけど。」
にやりとカカシ先生が笑う。
いつもの笑顔と微妙に違うような気がする。
「俺は天使なんて上等のものじゃなくて、この世に生きている一人の人間、男なんですよ。」
男の部分を強調してきた。
それは知っているけど。
でも、あの時、本当にカカシ先生が綺麗な天使に見えたんだ。
それは嘘じゃない。
「ねえ、イルカ先生。」
甘い甘い声が俺の耳に入ってきた。
「これから、二人で大人の時間を過ごしませんか。」
・・・大人の時間。
そう言われて俺はカカシ先生の枕元にあった時計を見てしまった。
時刻は、もう夕方でなく夜だ。
確かに大人の時間帯かも。
大人と言えば・・・。
「あーっ!」
俺はカカシ先生を押しのけてベッドから飛び起きた。
「あ、イルカ先生!」
後ろからカカシ先生が呼び止めてくる。
悲しそうに聞こえるのは気のせいか?
俺は、すっかり忘れていたのだ。
買ってきた酒をカカシ先生に渡すのを。
急いで買ってきた酒をカカシ先生に渡した。
「すみません、忘れていました。これ、買ってきたんです。すごく美味い酒ですよ。」
「ど、どうも。」
どこか引き攣った笑顔でカカシ先生は受け取ってくれた。
「カカシ先生と二人で飲みたくて。」
「そ、そうですか・・・。」
「大人の時間だったら、お酒がないと始まりませんよね!」
「で、ですよね〜。」
「飲みましょう!」
元気よく俺が言うと諦めたようにカカシ先生は微笑んだ。
「そうですね、飲みましょうか。」
「はい!」
にこにこ、と俺は笑う。
嬉しくて、カカシ先生といるのが。
カカシ先生も俺に笑い返してくれる。
だから。
ああ、とても。
俺は幸せだった。
終わり
災い天使 6
天使の気持ち 1
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