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W 5



イルカの家に入れてもらえた俺は、居間で向かい合わせに座り、コーヒーを飲んでいた。
コーヒーはイルカが豆から引いて淹れてくれたのだ。
とてもいい香りがする。
さっきから、イルカはコーヒーに視線を落とし俺の方を見ない。
角砂糖を入れ、かき混ぜることで黙っていた。
テーブルの真ん中には火影さまからの命令書。
二人で一緒に暮らしてみて、記憶が戻るように努めるようにというものだ。

「あの。」
拉致が空かない沈黙に、俺は話を切り出してみた。
「聞きたいことが。」
イルカの肩が小さく震えたが、やはり俺の方は見なかった。
「あなたも記憶がないと聞きましたが、なんで俺の名を知っていたんですか?」
返事はない。
「なんで俺の名を呼んでくれたんでしょうか?」
答えてくれない。

イルカは黙ってコーヒーに角砂糖を、もう一つ入れて掻き混ぜた。
「俺のことを心配してくれて看病してくれて。なにより、怪我した俺を里まで運んでくれて。」
そこまで言って、俺は忘れていたことに気がついた。
「そういえば・・・。あなたの、イルカの頭の傷は大丈夫?」
もう痛まない?と手を伸ばせば、そっと体を引かれた。
そのことに少しショックを受ける。
だから。

当てずっぽうに言ってみた、願望を入れてだけど。
「どうして避けるの?俺とイルカは恋人なんでしょう?」
その言葉にイルカは、やっと俺を見て驚いた顔をした。
「何故、それを?」
記憶がないのに、と。

いいことを聞けた、何故それを、なんて肯定したに等しい返事だ。
恋人だったんだ!
イルカが俺を見たことにも満足して微笑んだ。
「そんなの分かるよ。病室で会った時から俺はイルカのことが気になって気になって、しょうがないんだもん。」
あれから寝ても覚めてもイルカのことばかりなんだよ。
イルカの雰囲気が少し解れてきた。
「俺の記憶よりイルカのことだけが頭に浮かぶ。」
コーヒーに五つ目の角砂糖を入れながらイルカが言った。
「カカシさんは・・・。」
カチャカチャとスプーンで忙しなく掻き混ぜる。
「先に崖から滑って倒れていた俺を助けてくれました。その時は、カカシさんには、まだ記憶があって。」
苦しそうな声を出した。
「それから、カカシさんは俺を背負ってくれて連れ帰ろうとしたのですが。崖から滑り落ちてしまったのです。」 掻き混ぜていたスプーンが止まって。
イルカが俺を見て。

「すみません。俺を助けたが為にカカシさんの記憶が失ってしまうなんて。」
俺の所為です、すみません。
イルカは顔は暗く辛そうで。
「俺も、火影さまに会って色々聞きました。自分のことやあなたのこと。特にあなたは、この里の要となる忍びなのだそうです。」
そして、悲しい言葉が洩れた。


「俺なんか、助けなければ良かったのに。」


そうすればカカシさんは今も怪我も無く記憶も失わずに済んだのに。






ダンッと思わず、テーブルを叩いてしまった。
「それは違う。」
大きな声で否定した。
「それは違うよ。助けなければ良かったなんて、そんなこと言うな。イルカが、もしも死んだら・・・。」
自分の言葉にぞっとした。
「俺は生きていけないよ。」
これは本当だ。
出会ったばっかりだけど。

イルカは俺の剣幕に慄いていたが、ふっと力の抜けた顔をした。
「それに、どうして病室からいなくなってしまったの?看病してくれていたんでしょう?先に帰るなんて、ひどいよ。」
尋ねた俺に漸く答えてくれた。
「カカシさんが怪我をして心配でした。でも起きてから記憶が無いと分かった時、傍にいては駄目だと思ったんです。」
「どうして。」
「だって、俺のことを覚えていないなら新しい恋人を作ることも可能ですから。新しい・・・女性の恋人が相応しいと思いましたので。」
イルカは落ち着くためか、コーヒーを一口飲んだ。
あんなに砂糖が入っているのに甘過ぎないのだろうか。
「カカシさんは、男同士で恋人であるということを少し気にしていた風でしたし。もしかしたら、俺が迷惑かけていたのかもしれないと。」
最後の方は声が小さくて聞き取りにくくなった。
「俺がいない方がカカシさんの為にいいのかなって。・・・カカシさんが幸せになってくれたら、それでいいので。」
自信なさそうに言ったイルカは俯いた。
俯いて、両手でコーヒーカップを抱えている。
なんてことだ、そんな風に考えていたなんて。



「イルカ。」
俺が顔を近づけると少し身を引く。
逃げないように手を握り、誠実に心をこめて言った。
「信じて。俺に恋人がいるならイルカだけだよ。」
「カカシさん。」
「記憶が無いけど、この気持ちは本物だよ。本当なんだ。」
嘘じゃない、この気持ちは。
いや、イルカの居場所を知るために些細な嘘はついちゃったけど。
いや、その、今はその話じゃないし。
イルカの心を繋ぎとめないと。
「だから新しい恋人作れだなんて、そんな悲しいこと言わないで。」
そんなひどいこと言わないで。
精一杯の愛情をこめた視線をイルカに送る。
イルカは伏せていた目を、そっと上げて俺を見た。
か細い声が途切れ途切れに聞こえた。

「俺が記憶を失った時に、最初に傍にいれくれたのがカカシさんで、すごく嬉しかったんです。記憶がないと分かった時、すごく不安でもう生きていけないかもしれないとも思いました。」
でも、とイルカが俺に密やかに笑いかけた。
「助けてくれた人が自分達は恋人なんだ、って言ってくれて。ああ、この人になら頼っていいのかもしれないと思ってしまったんです。」
「うん、いいよ。俺を頼ってよ。」

でも、イルカは再び俯いてしまった。
「なのに、頼ったばっかりにカカシさんまで記憶が無くなるなんて。」
お詫びのしようもありません。
項垂れたイルカの打ちひしがれた様子に俺は胸が痛くなった。
俺、なんで崖から滑ってしまったのかな。
こんなことになるならって、なってしまったけど。
記憶がなくなる前の自分が恨めしくなる。
ちゃんとしろ、自分。
イルカを辛い気持ちにさせて。
仮にも里のすごい忍だそうじゃないか、ちょっと実感わかないけど。
それより。

「俺の記憶のことはいいから気にしないで。だいたい、イルカの記憶も無いのに俺ばっかり気にするのはおかしいよ。」
俺はイルカの頭の包帯を、そっと撫でた。
今度は触っても逃げなかった。
「この頭の傷、俺より酷いよね、大丈夫なの?」
こっちの方が心配だよ。
「イルカこそ、入院すべきじゃなかったの?」
「大丈夫です。火影さまに診て頂きました。火影さまは医療の最高峰だそうです。」
だから心配いりません、と付け加えた。
「そう。」
でも心配だ。

イルカのこととなると自分のことより心配だ。
頭を撫でていた手をさりげなく、イルカの背に回して、自然な流れになるように見せかけて自分の方にその身を引き寄せた。
胸に優しく抱きこむ。
「イルカ、大好き。本当に好きだよ。」
強張っていたイルカの体から力が抜けた。
「イルカも俺のこと、好きでしょ?」
イルカの手が俺の背に回って。
「はい。」と云う微かな声がした。

それから、イルカは笑ってくれた。






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