うちの子どんな子かわいい子、おれのあの子はかわいい子37
抱きついてきたイルカであったが、すぐにカカシから、ぱっと離れて距離を取られてしまった。
イルカは盛んに瞬きをしてカカシを見ている。
緊張しているのか・・・。
カカシとイルカ。
今、二人の間には見えない壁があった。
「えっと・・・。あの、ね。」
慎重にカカシは言葉を選ぶ。
「ただいま。」
とりあえず、それだけ言ってみた。
「・・・お帰りなさい。」
イルカは小さい声で応えてくれる。
それだけで、ほっとした。
あれから時間が経っている所為か、少しだけイルカのカカシに対する恐怖心が解けているように思える。
任務に行く日の朝、イルカは震えるほどにカカシを怖がっていたから。
「イルカ。」
カカシの呼びかけにイルカは顔を動かさずに視線だけを向けてきた。
ちょっと警戒しているように見える。
「あの、俺・・・。」
何も言わないイルカに不安になりながらカカシは訊く。
「俺、ここに・・・。イルカの家に帰ってきたけど・・・。」
一言ずつ、言葉を紡ぐ。
「また、この家に入ってもいい?」
イルカは眉を眉間に寄せて唇を、ぎゅっと噛んだ。
「ええとね。」
カカシは急いで言った。
「イルカが嫌ならいいんだ。悪いのは俺だから。俺が悪いって分かっているから、だから・・・。」
「いいよ。」
「だから・・・。イルカに二度と嫌な思いをさせたくないって思っているから、俺・・・。」
「カカシさん。」
イルカがカカシの名前を、はっきりと声に出した。
真っ直ぐにカカシを見つめている。
「帰ってきたんだから家に入っていいよ。」
それでけ言うとイルカは、くるりと背を向けて家の中に入っていってしまった。
どういう意図を持って、そんな発言をしたのか・・・。
カカシは後を追いかけた。
真っ暗だった部屋の中に、ぱっと明かりが点いた。
イルカが眩しそうに目を細める。
カカシも同じく、急に明るくなった視界に目を細めた。
部屋を見渡すとカカシが任務に行く前を左程、変わった様子はない。
カカシの私物も元の場所にある。
カカシがいない間に、カカシの物を排除しようとか、イルカは思わなかったらしい。
・・・ということは、カカシがした失態について許す気があるのかもしれない。
そんなことを考えてカカシは少し希望がわいた。
テーブルの上を見ると飲み終わって空になった容器と食べ終えた菓子袋が無造作に置いてあった。
イルカは夕食代わりに、これらを食べながらビデオを見ていたのだろうか。
食事を摂れって、いつも言っているのに、とカカシの胸に、そんな言葉が浮かんだが今は、それを封印する。
食事も大事だが、もっと大事なことがあるからだ。
イルカに言わなければならないことが。
台所に行ったイルカが二つのコップに冷たいお茶を淹れて持ってきてくれた。
テーブルの上のゴミは、さっと片付けられる。
「はい、どうぞ。」
こと、と音を立ててカカシの前にコップが置かれた。
「あ、ありがと。」
短く礼を言って、すうと深呼吸をする。
いつになく、どきどきする胸を押さえてカカシはイルカに言った。
「この前はごめんなさい!」
ばっと頭を下げた。
「俺、思い出したんだ。祭りの日の晩のこと・・・。酔ってイルカに酷いことをしたことを!」
イルカは黙って聞いている。
「イルカの嫌がることをするつもりは、これっぽっちもなかったんだ。」
全力でカカシは話した、伝わるように心を込めて。
話しているがイルカが、どんな顔で自分の話を聞いているのか・・・。
怖くて顔が見れなかった。
「大事に思っている人に酷いことしたと、すっごく後悔した。反省しました。もう、金輪際、お酒は飲まない約束する!」
酷いことなんてしないから。
嫌がることなんてしないから。
お願い・・・、とカカシは心の中で切に願う。
「傍にいていいって言ってほしい。だって俺、イルカのことが好きなんだ!」
「うん、いいよ。」
あっさりとしたイルカの声が聞こえた。
「えっ。」
驚いて顔を上げるとイルカが微笑んでいる。
しばらくぶりに見る笑顔だった。
「カカシさん、今、酔ってないんでしょう?」
「あ、うん。もちろん。」
「じゃあ、今のカカシさんは、いつものカカシさんだよね?」
「うんうん。」
「怖くないんだよね?」
「そうそう。」
あんなに怖がっていたのにイルカは笑っている。
「イルカ・・・。」
勇気を出してカカシは訊いてみた。
「もしかして・・・。俺のこと許してくれるの?」
「うん。」とイルカは頷いた。
そしてコップのお茶を一口、飲んでから話し出す。
「いつもは優しいカカシさんが酔って・・・。」
一旦、言葉を切った。
気を落ち着けるためか、はあ、と息を吐く。
「すごく怖い人になっていて。初めて見るカカシさんに、びっくりして怖くて怖くて仕方がなかったんだけど、でも。」
嬉しそうな目でイルカはカカシを見る。
「いつものカカシさんに戻ったんならいいんだ。」
そして言う。
「俺もカカシさんのこと好きだから!」
好き・・・。
その言葉にカカシは、ぽーっとなる。
あのときのことを許してもらえた上にイルカがカカシのことを好きだと言ってくれた。
「お酒も金輪際飲まないなんて言わなくていいよ。大人の人ってお酒を飲まないとやってられない時もあるんでしょう?お酒を飲む時は俺は、どっか離れた場所にいればいいんじゃないかな。」
「あ、いや、いいよ。」
好きという言葉に舞い上がっていたカカシだったがイルカの言葉で現実に引き戻された。
「本当にお酒は飲まない。」
「でも・・・。」
「じゃあ、少なくてもイルカが成人するまでは飲まない。」
妥協案を出した。
「もう、お酒で失敗したくないからね。イルカに嫌われたくないし。」
「うん、分かった。」
イルカは納得したように頷いた。
「あ、そうだ。」
カカシは買ってきた包みをイルカに差し出した。
「あの、これ・・・。お詫びといってはなんだけど。食べる?」
「えっ、何?」
きらーんとイルカの目が光る。
「えっとね、アイスのケーキです。」
「食べる!」
イルカは即答し、簡単に物に釣られてくれた。
融けないように入っていたドライアイスと除けると白い煙の中から綺麗にデコレーションされたケーキが現れた。
冷たいアイスで作られたケーキが。
「すっごく美味しそう!」
たいそうイルカは喜んでいる。
元の関係に戻れたようでカカシは心底安堵していた。
自分の買ってきたアイスのケーキを切り分けてやりながら、ふと心の隅に引っかかるものを感じた。
・・・俺もカカシさんのことが好きだから。
イルカは、さっき確かに、そう言っていた。
その声はカカシの耳に残っている。
カカシもイルカに好きだと言った。
でも・・・。
「ねえ、イルカ。」
「なあに、カカシさん。」
イルカは「冷たくて美味しーい!」と言いながらアイスのケーキを食べていた。
無邪気な目がカカシを見上げる。
「俺のこと好き?」
「うん、大好きだよ。」
イルカは屈託なく笑いカカシのことを好きだと言う。
恋愛の要素は微塵も感じられない。
信頼している人間、例えば両親や先生、友達に言う好きとイルカの好きは似ていた。
「俺もイルカのこと好きだよ・・・。」
カカシも微笑み返してそう言ったのだが。
「うん、嬉しい!」
イルカは、それだけ言うと食べる作業に戻ってしまう。
好きは好きでも・・・。
カカシの好きとイルカの好きには大きな隔たりがあることに気がついたカカシであった。
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