うちの子どんな子かわいい子、おれのあの子はかわいい子19
朝、暗いうちに起き出したカカシは、隣で眠るイルカを起こさぬようにベッドから抜け出した。
服は、いつの間にやら暗部の服になっている。
「イルカ・・・。」
静かに名を呼ぶとイルカは僅かに身じろいだ。
手の装備した鉤爪を外してカカシはイルカの柔らかな髪に触れる。
「ごめんね。」と呟いた。
「置いていちゃってごめんね。」
髪に触れていた手が額に移った。
額に落ちていた髪を、かき上げると形のいい額が露わになる。
一頻り、額を撫でてカカシは最後に言った。
「一人にさせてごめんね、イルカ。」
そう言うと姿を消した。
イルカの部屋から。
カカシのいた痕跡はイルカの部屋からなくなってしまったのだった。
指定された集合場所に行くと皆、ざわざわとしていて任務に出発の雰囲気ではなかった。
何やら問題があったらしい。
カカシは近くにいた暗部の仲間に訊いた。
「どしたの?」
「あー、カカシか。」
暗部の仲間は面の下から渋い声を出した。
「予定が変更になって、出発時間が延びたんだよ。」
「え、今じゃないの?」
「いや、今日の夕方、日が落ちてからになったらしい。」
「ええ〜。」
「せっかく早起きしたのになあ。」
不満そうに言う声にカカシも同調する。
「なんだ、それ。だったら連絡よこせばいいじゃないかよ。」
「だよなあ。」
「全くだ!」
ちっと思わず舌打ちまでしてしまった。
少しでもイルカと長くいたかったのに。
カカシは自棄になって、ぶち切れた。
「ふざけやがって!」
思わず大声を上げていた。
「俺の人生、弄ぶな!」
そんなことまで叫んでいた。
「で、出発まで待機だそうだ。」
カカシの切れようを物ともせずに仲間の暗部は言う。
「仮眠でもするか?」
「いや、俺はいい。」
すぐに冷静さを取り戻したカカシは首を振る。
「日が暮れてから、もう一度、ここに来るから。」
「・・・どこに行く気だ?」
「会いたい人がいるから。」
カカシの脳裏にはイルカの顔が浮かんでいる。
「もう一回、会えるかもしれないから会ってくる!」
そう仲間に告げて、一瞬で姿を消したのだった。
カカシが向かったのはイルカの家の玄関先だった。
玄関の前でイルカの帰りを待つことにしたのだ。
会えば別れが辛くなると解っていても、イルカと会えるチャンスがあるなら、もう一度だけ会いたいと思ってしまったのだ。
服は通常の忍服に着替えているので玄関先で待っていても目立つことはない。
「イルカ、まだかな・・・。」
家の中にイルカの気配はないので任務に行っているはずだ。
カカシは、そわそわと落ち着かない。
いつもなら夕方にはイルカは帰ってくる。
それまで待たねばならないが、万が一、イルカが早く帰ってきた時のためにカカシはイルカの家の玄関の前で辛抱強くイルカを待ち続けた。
・・・・・・遅い。
イルカを待ち続けて数時間。
時刻は、もう夕暮れ時だった。
普段ならイルカが帰宅している時間だ。
なのにイルカは帰ってこない。
カカシの任務に出発する時刻は迫っている。
どうしたんだろう、イルカは?
心配と焦燥でイライラとし始めたカカシの目に遠くから、とぼとぼと歩いてくるイルカの姿が目に入った。
「イルカ!」
カカシの目は輝いたがイルカが近づいてくるにつれて、その輝きは失われた。
「どうしたの?イルカ!」
近づいてくるイルカを待てなくてカカシは自分からイルカに駆け寄った。
その声にイルカが顔を上げる。
非常に驚いた顔をしていた。
だがイルカの顔は・・・。
両頬に絆創膏、ガーゼが貼られ、右目には眼帯がされていた。
体も擦り傷や青あざだらけで、包帯を巻いている部分もある。
「大丈夫?」
カカシはイルカの両脇に手を入れると難なくイルカを抱き上げた。
小さなイルカの体は軽い。
「怪我してるじゃない。体中、傷だらけだよ!」
矢継ぎ早に訊いてくるカカシからイルカは目を逸らした。
「・・・カカシさん、なんでいるの?」
ぽつり、と訊かれた。
「あ、俺は・・・。出発が延びて、今日の夜になったんだ。」
その答えにイルカは黙ったままだ。
何も言わない。
カカシの顔も見てくれなかった。
「イルカ・・・。怪我はどうしたの?」
心配して問うとイルカは小声で呟いた。
「今日は修行で・・・。」
「修行で?」
「木から落ちた・・・。」
「・・・木から。」
木から落ちたとは、どういうことだろう?
何か考え事でもしていたのだろうか。
「目は?眼帯しているけど平気なの?」
「目は瞼が傷ついただけ。お医者さんが眼帯した方がいいだろうって。」
「そう。骨折とかは?」
「ない。」とイルカは首を振った。
それからカカシの方を見ずに手でカカシの体を突っぱねた。
「下ろしてよ。」
だが、その小さな手には力が篭っていない。
「俺は大丈夫だから。」
カカシの目にはイルカが強がっている風にしか見えなかった。
「全然、大丈夫じゃないじゃない。」
カカシはイルカの傷に触らぬように、小さな体を抱きしめた。
「イルカが怪我するなんて、俺、すごく心配だよ。」
怪我している時は誰でも心細くなる。
ましてやイルカは子供なのに。
怪我した子供を置いていかなくてはならないなんて。
カカシは奥歯を噛み締めた。
すごく悲しかった。
こんなイルカを一人にしたくはなかった。
「ごめんね。」
抱き上げているイルカから小さい声がした。
「心配かけて、ごめんね。」
細い腕がカカシの首に回ってきたかと思うと、ぎゅっと縋り付かれた。
「カカシさんが俺と、ずっと一緒にいるって言ってくれて嬉しかった。ずっと一緒にいられないことなんて解っていたけど、言ってくれたことが嬉しかったんだ。」
カカシの首に回った細い腕に力が入る。
「本当は任務になんて行っちゃ嫌だ。カカシさんと、ずっと一緒にいたいのに。でも、それは出来ないんだ。」
イルカの本心を聞かされたカカシは腕の中の小さな体の背を、ゆっくりと撫でた。
そうすることしか出来なかった。
「さっき、カカシさんの姿を見て帰って来てくれたのかと思ったけど・・・。」
違ったんだね、と顔を見せないままイルカの声が、ただ聞こえる。
もしかしてイルカはカカシがいなくなることに動揺して修行中、木から落ちたのかもしれない。
カカシのことを考えていて集中できなくて。
そんな考えがカカシの頭を過ぎった。
「そんな都合のいいことある訳ないし。」
自分に言い聞かすようにイルカは言っている。
「世の中、上手くいかないよね。」
自嘲しているように聞こえた。
「ごめんね、カカシさん。」
そう言ってイルカの小さな手はカカシの首から離れていった。
「イルカ。」
カカシは片手でイルカを抱き上げると、残った片手をイルカの頬に添えて言った。
お互い、片目になっている視線がぶつかり合う。
カカシの右目とイルカの左目が。
「俺の方こそ、ごめんね。辛い思いをさせて。」
あのね、とカカシはイルカを引き寄せて、耳元で囁いた。
「俺、きっとイルカのところに帰ってくるから、それまで待っていてくれるかな?」
イルカは大きく目を見開いた。
「待っていてくれたら、きっと帰ってくるから。」
「・・・・・・ほんと?」
「うん、ちょっと里から長くいなくなるけどイルカに俺のこと、待っていてほしい。」
そしたら次は、ずっと一緒にいるよ、と約束した。
「それまで、ちゃんと食べて寝て。怪我も治しておいてね。」
少し考えたイルカは、こくんと首を縦に振る。
「じゃあ、約束。」とイルカが小さい指を出してきたので、カカシはイルカと指きり拳万を交わした。
「イルカ、大好きだよ。」
そんな言葉が自然とカカシの口から出る。
それが子供に対する愛情ゆえのものなのか、別の感情から発するものなのか、今のカカシには解らない。
でも、それでもよかった。
きっと、いつか解るだろうから。
イルカを地面に下ろしたカカシは、もう一度イルカを抱きしめると、にこりと笑って姿を消した。
「またね、カカシさん。」
バイバイと言ったイルカの言葉はカカシに聞こえたかどうかは判らない。
そして二人の再会は、これから二年後となったのであった。
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