うちの子どんな子かわいい子、おれのあの子はかわいい子13
イルカが部屋の電気をスイッチを、ぱちりと押すと灯りが点って部屋の全貌が明らかになった。
部屋は簡素でベッドに本棚、テレビ、簡易キッチンにテーブル代わりと思われる小さな卓袱台のようなものが一つあるだけ。
特にこれといって何もない。
不思議に思ったのはテレビの前にベッドから持ってきたと思われる掛け布団らしきものが置いてあたったことだ。
イルカは狭いキッチンの隅にあった冷蔵庫に買って来たジュースやアイスを入れている。
「カカシさんの買ってきたものはどうするの?」
冷蔵庫に入れるものある?と訊いてきたのでカカシは袋から牛乳を取り出してイルカに渡す。
「これ、明日の朝、飲みなさいね。」
「ええ〜。」
イルカは眉を顰めた。
「だってさあ。」と牛乳を冷蔵庫に入れながら言う。
「牛乳って味がないんだもん。」
飲みたくないなあ、と呟いてカカシをチラッと見る。
「だ〜め。」
カカシは、ちょんちょんとイルカの額を突っついた。
「牛乳飲まないと背が伸びないでしょ。このまま、小さくてもいいの?」
「うー、それは・・・。」
ますます、イルカは眉を顰めた。
「悩む〜。」なんて言っている。
「悩むことないでしょ。」
半分呆れてカカシはイルカの頭を上から見下ろした。
「大きくならないと、いつまで経っても皆に上から見下ろされるよ。そんなの嫌でしょ?」
なんとかイルカに牛乳を飲まそうと思って言ってみたのだが、分かっているのか分かってないのか、唐突にイルカは上を向いた。
真上にだ。
真上にはカカシの顔がある。
二人の視線は上と下で真っ直ぐに、かち合った。
するとイルカが、にこーっと笑ったのだ。
その無邪気な笑顔はカカシのハートを直撃する。
「あっ、カカシさんの顔が、よく見える。」
カカシの動揺も知らず、すっと下から小さい手が伸びてきた。
「おー、すごーい!今ならカカシさんの顔に触れるよ〜。」
無邪気に言ってカカシの唯一、覆面から出ている右目の周辺に触れてくる。
「や、やめなさい。」
下から伸びてきたイルカに触れられた箇所は、何故だか熱くなってきた。
イルカの手を掴んだカカシは、ふーっと息を吐いた。
気を落ち着かせるためだ。
イルカは特に何の気もなく、ただカカシの顔が触れそうな距離にあったので触ってみた、それだけなのだ。
子供は興味があれば触って確かめる、その子供の特有の故のことなのだ、とカカシは自分に言い聞かせた。
イルカに触られたくらいで動揺するなんておかしい。
目を閉じて沈思黙考したカカシにイルカの声が響いた。
「カカシさん、痛い。手、離してよ。もう顔に触らないから。」
イルカが情けない声をあげている。
掴んだままのイルカの手を慌ててカカシは離した。
思ったより力が入っていたらしく、掴んだ箇所は少し赤くなっている。
「あ、ごめん。痛かった?」
赤くなった箇所を擦ってやるとイルカは頭を振った。
「平気平気、大丈夫。」
そして、カカシから離れていってしまう。
少し寂しく思ったがイルカは喉が渇いたのが冷蔵庫の方にジュースを飲みに行っただけであった。
「カカシさんも飲む?」と訊かれたが、喉が渇いていないこともあってカカシは丁重にお断りする。
そして、ふと本棚に並んでいるものに目が止まった。
本棚には本来あるべきはずの本はなく、ビデオテープを思しきものが、きちんと並べられていた。
表面にはタイトルが書かれたシールが貼られておりイルカは、それを大事にしているらしく棚には埃一つない。
だが、タイトルを一瞥したカカシは眉を潜めた。
そのタイトル総てが、おどろおどろしく不気味で恐ろしさを煽るようなものだったからだ。
幽霊だの恐怖だの呪いだのの言葉が見える。
中には赤字で十五禁、十八禁の文字もあった。
果たして子供が見ていいものなのだろうか?
「あの、イルカ・・・。」
カカシは本棚のビデオテープを指差す。
「これ、なに・・・。」
「あ、それですか。」
イルカは冷蔵庫を、とことことカカシの隣に来ると一つのビデオテープを手に取った。
「これですね、実は父ちゃんの形見なんですよ。」
「形見って・・・。」
イルカが独り暮らしなのは一目瞭然で、独り暮らしということは両親は既にないのだろう、とカカシは察していた。
だから、そのことには触れないでおこうと思ったのだが、それは裏目に出てしまったらしい。
「父ちゃんはホラービデオが好きで真のマニアだったんですよ。」
淡々とイルカは話した。
「忍者なのに実は怖がりで、でもホラービデオは作られた創作の話だから平気だと、いっつも言って見ていました。で、秘蔵のマニア垂涎のホラービデオのコレクションを大きくなったら俺に譲るって言うのが口癖で・・・。」
イルカが手に持ったビデオテープを見て、少し笑う。
「あの災厄で俺の家が燃えてなくなってしまった後で、跡地を見に行ったら耐火設計の金庫が焼け跡に、ぽつんと残っていたので中を開けたら、このビデオが入っていたんですよ。」
だから形見です、とイルカはビデオを懐かしそうに見る。
「ビデオの他に多分、しっかり者の母ちゃんが入れたと思われる銀行の通帳と印鑑も入っていましたけど。」
そこでイルカは溜息を吐いた。
まるで大人のように。
「このビデオも銀行の通帳も大切だったんだろうけど、家族の写真の一枚でも金庫に入れてくれていればよかったのになあって。そういうところ、父ちゃんも母ちゃんも抜けているんですよね〜。」
なんでもないようにイルカは言った。
「全く、うちの父ちゃんと母ちゃんは〜。」と肩を竦めている。
カカシは黙って聞いていた。
子供に不釣合いな大人びたイルカの仕草に、何と言っていいのか言葉が出なかったのだ。
慰めるべきか、寄り添うべきか、元気付けるべきか・・・。
どれも、この場に相応しくないように思える。
「あ、カカシさん。立ちっぱなしですね。」
すみません、とイルカが小さな卓袱台をカカシの前に運んできた。
「座布団ないけど座ってください、どうぞ。」
「あ、ども。」
言葉少なにカカシは腰を下ろす。
改めて部屋を見渡すと部屋の隅に、暗部に米を運んできた際にイルカが背負っていた長刀が見えた。
イルカがカカシの視線を追って、自分も長刀を見る。
「あれ、カッコいいでしょ?」
嬉しそうにイルカは言う。
「うん、そうだね。」
カカシはビデオテープから微妙に話題が逸れたことにカカシは少し、ほっとする。
「良い刀だね。」と褒めるとイルカは、相好を崩した。
そんなイルカを微笑ましく見ていたが、次の言葉でカカシは長刀に話が逸れたことを公開する羽目になってしまう。
「あれも父ちゃんの形見なんですよ〜。」
「・・・そう。」
深刻な話題なのにイルカは明るく、さらりとカカシに告げた。
「あの刀、父ちゃんが最後に持っていたんだそうです。・・・っていうのは父ちゃんの友達の人から聞いた話なので俺も詳しくは分からないんですけど。」
おそらく、イルカは両親の死に目には会えなかったということだろう。
「父ちゃんの友達の人が俺に、あの刀を持ってきてくれて渡してくれたんです。俺の頭を撫でながら何度も何度も『ごめんな、ごめんな』って泣きながら謝ってくれて・・・。」
大人の人が泣くって、なんだか不思議な光景でした、とイルカは目を伏せた。
「そんなに謝らなくてもいいのになあって思ったんですけどね。」
伏せた目の色はカカシには見えない。
「だから俺は残った、あの刀を海野家の家宝って決めたんです。勝手にだけど。」
えへへ、と笑ってカカシの顔を見たイルカの表情に翳はない。
「でも、あの刀、張り切って任務に持っていったら失敗しちゃって。」
それは、刀が抜けなくて転んで頭を打って気を失った時のことであろう。
「初めての単独任務だったから、持って行ったら父ちゃんパワーで上手くいくと思ったのに〜。」
イルカは、せっかく家宝にしたのに、と恨みがましく刀を見つめる。
「・・・まあ、任務には色々あるよ。」
カカシは、やっと、それだけ言うと、ぎこちない手つきでイルカの頭を撫でたのだった。
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