ただ愛しいだけなのに2
こうして一応の関係は恋人になったカカシとイルカである。
カカシは好きな人を手に入れて恋人になれたものだから、有頂天になっていた。
覆面で顔を隠していても周囲にバレてしまうほどだ。
無表情で上忍の待機室で本を読んでいても、その気配は駄々漏れだった。
そんなカカシをくの一である二人が覚めた目で見ていた。
「・・・嬉しそうね、カカシ」
「ほーんと嬉しそう」
夕日紅とみたらしアンコだった。
「なによ?」
文句ある、とカカシが睨むと二人は何も言わない。
眇めた目をカカシに向けるだけだ。
「積年の想いが実って喜んでいるのが悪いっての?」
「積年の想いねえ」
「しつこいよね、ぶっちゃけ」
「そうだよ、しつこいよ。思い続けて三年間、やっと念願の恋人ができたってのに」
「三年間って長すぎない?」
「執念深いわねえ」
「ほっといてくれる?」
妙に絡んでくる。
何やら引っ掛かるものを感じてカカシは聞いてみた。
「あのさ、もしかして」
「何よ?」
「俺の恋人が誰か、知っているの?」
紅とアンコの二人は同時に肩を竦めた。
「知っているわよ、もちろん」
「有名だもん」
「え、どうして?」
寝耳に水だった。
カカシはイルカに告白はしたが、それは二人きりのとき。
誰にも邪魔されたくなかったし、イルカが他に知れられるのを嫌がるかも知れないとの配慮からだった。
周囲に人影も気配もなかったのは確認してある。
「なんで知っているのさ」
「どうしてって」
「イルカ先生が話したの?」
イルカが自ら話したのなら問題ない。
だがイルカが自分から、このような話題を提供するとは考えにくかった。
「イルカじゃないよ」
イルカと友達のような付き合いがあるアンコが否定した。
「発信源は違うところ。イルカが言うわけないじゃんか」
そのアンコの発言にカカシは、むっとする。
アンコとイルカの付き合いの方が親密だと言われているようで。
「女の勘ってやつよ。あとは蜘蛛の糸のように張り巡らせた情報網」
睨みあうカカシとアンコに紅が割り込む。
「女の勘・・・」
思ってもみなかったことを言われてカカシは面食らった。
「どういうこと?」
「あんた、自分がどういう状況下に置かれているのか、ちっとも分かってないのね」
「え?」
「ちょっとは周囲に目を向けなよね〜」
「え?」
「恋は盲目って本当ね。好きな人しか目に入らない、盲愛っていうか溺愛っていうか」
「え?」
「イルカが苦労するわけだ、こりゃ」
「え、ちょっと何?」
イルカの名を出されて更に面食らう。
「何の話をしているか、さっぱり解らないんだけど・・・」
「解らないなら、もういいよ」
痺れを切らしたようにアンコが立ち上がった。
「お団子でも食べに行こうーっと」
「私も付き合うわ」
紅も立ち上がり、二人して控え室を出て行ってしまった。
「なんなのよ、もう」
訳も解らず、カカシは一人呟く。
恋人ができて絶好調のはずなのに、暗雲が立ち込めていた。
ふう、とため息を吐いてカカシは時計を見た。
幸せなはずなのに、なんだか幸せじゃないような気がする。
・・・ま、気のせいだろう。
だってイルカ先生を付き合っているのは事実だし。
本を閉じるとカカシは立ち上がった。
もうイルカの仕事が終わる時間なので受付所に迎えに行こうと思ったのだ。
付き合いを始めてから一緒に帰ることを約束した。
今日で、まだ二回目だけれども。
付き合って二週間にもなるのに一緒に帰るのは二回目だ。
一回目は付き合ってもらうことを了承してもらった日。
付き合いは、ゆっくりと進んでいる。
カカシは、そう思っていた。
恋人になったのだから焦る必要はどこにもない。
だから安心している。
イルカ先生、迎えに行こうっと〜。
カカシは、うきうきしながら弾む足取りで受付所に向かった。
受付所の入り口から中を覘き、仕事をしているイルカに手を振ってみた。
すぐにカカシに気がついたイルカは瞬間、微笑んだのだが、あっという間にそれは消えてしまう。
仕事中に拙かったとカカシは、特に気にはしなかった。
イルカは仕事に対しては熱心で勤勉だ。
真面目にやっている。
そう思ってカカシは大人しく受付所内にある椅子に座って待つことにした。
イルカの仕事が終わるまで、あと少し。
本でも読んでも待とう。
読み出したところで、ふと気がついた。
こんなに混んでいたっけ?
カカシが来たときは受付所内は閑散としていたのに、今は混み合っている。
混み合う時間帯だからだろうか。
それにしては女性が多いような・・・。
だが、あまり深く考えなかった。
イルカ以外のことで時間は使いたくない。
やっとイルカの仕事が終わる時間になった。
イルカに目をやると引継ぎをしているようで誰かと話している。
と、思ったら腕に書類を抱えて、足早に受付所を出て行ってしまった。
てっきり終わったら自分に声を掛けてくれるだろうと思っていたカカシは慌ててイルカを追いかけた。
「イルカ先生!」
廊下の角を曲がろうとしていたイルカに、やっと追いついた。
「・・・カカシ、さん」
「イルカ先生、歩くの早いですね」
受付所から、だいぶ遠い。
「今日、一緒に帰ろうって約束していたじゃないですか」
そう言うとイルカは、たった今、思い出したように頷いた。
「ああ、そうでしたね・・・」
「それに俺が受付所にいたの分かっていたのに、なんで声を掛けてくれないんです?」
ちょっぴり悲しい。
「・・・すみません」
それには返答はせずイルカは俯いた。
気まずい雰囲気になる。
その雰囲気を払拭するようにカカシは明るい声を出した。
「仕事終わったのなら、一緒に帰りましょ」
「それが・・・」
イルカが、とても言い難そうに言葉を発した。
「急な仕事が入ってしまって」
腕に抱えた書類の束をカカシに見せる。
「今日中に終わらせないといけないんです」
「今日中に?イルカ先生一人で?」
事務仕事の経験がないカカシでもイルカが持っている書類の束は一人で終わらせるのには多すぎると思える量だった。
「他に誰か手伝ってくれる人はいないんですか?」
誰も手伝わないのなら自分が手伝いたいくらいだ。
「いません」
イルカの答えは簡潔だった。
「俺の仕事なので俺がやります」
「でも・・・」
確かにイルカの仕事ならばイルカがやるのが筋だろう。
だけども納得いかないものがある。
「そういえば」
カカシは思い出した。
「この前も一緒に帰ろうと約束した日に急な仕事が入ってましたよね」
「・・・そう、ですね」
「そうですよ、いつもいつもイルカ先生と一緒に帰る約束が潰れているじゃないですか」
誰かに邪魔されているような気がしてならない。
「ねえ、イルカ先生・・・」
話をしようとしたカカシをイルカが遮った。
「きっとカカシさんの気のせいですよ」
目だけ動かし、左右を気配を探っている。
何かを警戒しているようだ。
「仕事が入ったのも偶然が重なっただけです、今は忙しい時期ですから」
すみません、とイルカは頭を下げると逃げるようにカカシの前から去って行ってしまう。
これって恋人って言える?
イルカの去っていった方角を見ながらカカシは呆然としていた。
それから数日後。
イルカと、やっと一緒に帰ることができたのだったが、本当に帰るだけだった。
カカシとしては帰り道に夕飯でもと思っていたのだが、イルカに素気無く断られてしまった。
「・・・お腹が減っていないので」とか「・・・外食はしない主義なので」とか言われて。
そう言われると惚れた弱みで強気に出れない。
「じゃあ、イルカ先生の家まで送らせてもらせませんか?」
そう下手に出てしまうくらい、少しでもイルカと一緒にいたかった。
しかし、それさえイルカに断られてしまう。
「・・・女性ではありませんので」
送り迎えは要りませんと。
控えめだったけれども、強固な意思で断られた。
「そうじゃないんだけどな・・・」
好きな人に断られるのは辛い。
やっとのことで手に入れた愛しい人なのに。
カカシが夢見ていた恋人のいる生活とは程遠かった。
「あ、じゃあ」
イルカとの別れが惜しくてカカシは何とか理由を作り出す。
「ちょっとだけ手を握ってもいいですか?」
「・・・駄目です」
「ほんのちょっとだけ頬に触れるのは?」
「・・・・・・駄目です」
「キスとか?」
ふるふるとイルカは首を振る。
全部駄目だと。
「じゃあ、どこなら触れてもいいんですか?」
とうとう、そんなことまで聞いてしまった。
イルカに触れたい、好きな人に触れてみたいという欲求がカカシにはある。
「・・・・・・・・・どこも、駄目です」
頑なにイルカは拒否してきた。
「そうですか」
拒否されている相手に対して強引に自分の欲望を満たそうとはカカシは思わなかった。
イルカのことが大事だから。
まだ恋人になって日が浅いし。
意思疎通が上手くいかなくても仕方がない。
そう結論付けたカカシはイルカに優しく声を掛けた。
「俺は待ちますから、大丈夫ですよ」
はっとしたようにイルカがカカシを見る。
綺麗な潤んだ黒い瞳がカカシを見つめていた。
それで十分、カカシは満足してしまう。
「イルカ先生がいいと言ってくれるまで待てますから、安心してください」
決して、あなたを嫌いになったりしないから。
そういう意味で言った。
「カカシさん」
カカシは愛しい恋人に微笑んだ。
「今日から任務で少しの間、里を離れます」
イルカ先生、待っててね。
「行って来ます」とカカシは姿を消した。
ただ愛しいだけなのに1
ただ愛しいだけなのに3
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