ネコは人にあらず11
しかし、頷いた瞬間、イルカは我に返った。
流されてはいけない。
これは自分の感情であって自分の感情ではない。
妖しげな薬を飲まされてネコの耳と尻尾が生えた所為なのだ。
自分の意思ではない。
断じて、自分の意思ではない。
「あの、ちょっと!すみません」
カカシから離れようとカカシの胸を押す。
離れればネコの耳と尻尾は消えて冷静な判断を下すことができる。
カカシから一刻も早く離れなければ・・・。
「カカシさん、離してください。離れて、早く!お願いします」
切々と訴える。
「オレ、変なんです。ネコの耳と尻尾が生えた所為で。でもカカシさんから離れれば大丈夫なんです、普通になります。このままだとネコのようにカカシさんに懐いてしまって自分でも離れられなくなるから、だから、その」
だけども、カカシはばっさりと切り捨てた。
「や〜だよ」
一言で済ませた。
「その申し出は受けられません」
「なんで・・・」
「それはね」
カカシはイルカの顔を覗き込んで微笑んだ、勝ち誇ったように。
「それはオレがイルカ先生と離れたくないから」
きゅっとカカシの目が細まる。
「言ったでしょ。イルカ先生がいないと寂しいの、オレ」
「寂しいって言ったって・・・」
イルカはカカシの言葉に戸惑う。
「昨日、一晩、一緒にいただけで」
それにカカシとの付き合いは以前から、左程なかった。
お互いがお互いについて余り知らなくて。
なのに、たった一晩、一緒にいただけで寂しいとかいう感情が芽生えるものだろうか?
カカシに質問すると、あっさりした答えが返って来た。
「時間じゃありません、長けりゃいいってもんでもないし短ければいいって訳でもない」
要は、とカカシは言葉に力を込めた。
「一晩だけでも一緒にいて離れると寂しいって思える人だったってことですよ、オレにとってはイルカ先生が」
「そうですか・・・」
説得力があるような、ないような。
そんな風に言われれば、そんな気もしてくる。
「そうですよ!」
自信たっぷりにカカシは満面の笑みを浮かべた。
「いわゆる、運命の人に出会ったってことですよ、オレたちは」
運命の人?
それは、かなり違うような気がする。
カカシは薬を飲んだ直後、居合わせただけだ。
「つまりは赤い糸で結ばれていたんですよ」
赤い糸?
ますます、訳が解らなくなってきた。
イルカの所為で、正しくはイルカの変な知り合いの変な薬の所為で迷惑をこうむっているのに。
判断に迷っているとカカシがイルカの耳を撫でてきた。
あやすような優しい撫で方で、とても気持ちがいい。
いつの間にか、イルカにネコの尻尾も生えてきていた。
カカシと接触して時間が経ったからだろう。
その尻尾も、ゆらゆらと揺れている。
カカシに撫でられると、その気持ちよさから何も考えられなくなってくる。
ただ、ひたすらカカシに撫でられたいという欲求ばかりがイルカの心を支配してくるのだ。
「ねえ、イルカ先生」
撫でる手を止めずにカカシは言った。
「オレの家に帰りましょう」
低い声で囁かれる。
「ね?」
もはや、イルカに断る術は残ってはいなかった。
それから何日か過ぎた。
イルカはカカシの家から職場であるアカデミーに通っていた。
もちろん、受付所に行くときも。
イルカの横には常にカカシがいる。
正確に表現するとカカシが、ぴったりとイルカに張り付いていた。
手は、しっかりと握り合っている。
当然だがイルカの耳にはネコの耳と尻尾が生えてカカシは、それを愛しそうに見て・・・。
はたから見れば微笑ましい光景かもしれなかった。
それが成人男性二人でなければ。
カカシはイルカの職場まで毎朝、付き添って行く。
片時も離れたくない感じであった。
イルカも特に嫌がらずカカシに大人しく手を引かれている。
その顔は、子供みたいに嬉しそうで。
そしてカカシに送られたイルカがカカシの傍を離れるとネコの耳と尻尾は、すーっと消えてしまうのだった。
夕方は夕方でカカシは律儀にイルカを迎えに行っていた。
「あのなあ、カカシ」
上忍の控え室でイルカの仕事が終わるまで時間を潰すカカシにアスマが話しかけた。
渋い顔をしている。
「ん、なに?」
カカシは読んでいる本から目を離さない。
「あれなあ、噂になっているぞ」
「あれって?」
「朝夕のあれだよ」
「ああ、あれ?」
「そう、あれだよ」
「どーして?」
「目立ってるからだろ。目撃者も多数いる」
「そーなんだあ」
口では困ったなあと言うカカシは全く困っている風でもなかった。
「みんな、あれ、見ちゃっているんだ〜」
暢気な口調だ。
「困るねえ、見られると」
「なら、やめろ」
アスマが、ずばっと言う。
「だいたいにして困るのはイルカだろ」
「ん〜」
ぱたんとカカシは本を閉じた。
「でもさ、最初にネコの耳くらいって言ったのはアスマじゃないの、ここは忍の里だからって」
「う・・・」
そんなことを言ったような気もする。
「だからと言って、限度もあるだろ」
「限度ねえ」
のらりくらりとカカシは交わす。
「これでも押さえているつもりなんだけど」
「どこが!」
アスマが突っ込むとカカシは、ふっと笑った。
「あのねえ、本当はイルカ先生に膝枕してあげて、あのふわふわの耳やら頭やら体やらを撫で捲くり回したいのを我慢して外じゃ手だけ繋いでいるんだ〜よ。尻尾だって撫でてあげると、それはそれは気持ち良さそうにしてオレに懐いてくるし。と〜っても可愛いんだよねえ、イルカ先生」
丸っきり惚気に聞こえる。
ごくり、とアスマは唾を飲み込んだ。
「もしかして、まさかと思うが家で二人きりの時は、そんなことしているのか?」
「当ったり前じゃない」
「・・・・・・そうか」
忠告なんてしなければよかった、とアスマは激しく後悔したのだった。
余計なことに首を突っ込んだばかりに知りたくなかったことまで聞かされて。
大ダメージを受けてしまった。
そんなアスマをからかってカカシは少し溜飲が下がった。
というのは明日がイルカが薬の試飲をして一週間だったのだ。
一週間経ったら、もう一度、薬品を開発する部署に行かなければならない。
そしたら薬の効き目はなくなってしまうのだろう。
薬の効き目がなくなったらネコの耳と尻尾も消えてしまうのだろう。
ネコの耳と尻尾が完全に消えてなくなったらイルカはどうなるのだろうか?
カカシと一緒にいたことなんて忘れてしまうのか。
今までのことなんてなかったことになってしまうのか。
柄にもなく、カカシは途轍もなく不安だった。
イルカが自分から離れていくかもしれないということが。
ネコは人にあらず10
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