台風少年13
次の日、朝食が済むとイルカが、おずおずとカカシに話しかけてきた。
「ねえねえ。」
「なに?」
「えーっとさ。」
イルカは上目遣いでカカシを見ながら少し躊躇っているようだ。
言い難いことなのかもしれない。
「言ってごらんよ。」
カカシは優しく促した。
「うん。昨日さ。」
「昨日?」
「忍犬の散歩が趣味って言っていたよね?」
「ああ、そうだね。」
「その忍犬に俺も会ってみたい。・・・駄目かな?」
カカシの忍犬にイルカが会うのは特に問題はない。
「犬が好きなの?」
聞いてみた。
「犬も好き。」とイルカが答える。
「大概の動物は好きなんだ。触ったり撫でたりしてみたいなあって、いっつも思っていたんだ。」
カカシは、なんというか、イルカの喜ぶ顔が見てみたくて忍犬を呼び出すことにした。
「わ!たくさん、いるんだねえ。」
川原で忍犬を呼び出して、カカシの忍犬に囲まれたイルカは嬉しそうな声を上げた。
「すごい!可愛い!」
可愛いと言われた忍犬たちは微妙な顔をしている。
本来、忍犬は愛玩動物ではなく、忍者に使役され、生死を共にするような間柄だ。
カカシはイルカに分からないように忍犬たちとアイコンタクトをして、イルカの好きにさせるように、と指示を出す。
「撫でても大丈夫?」
イルカはカカシに聞いてきた。
「うん、いいよ。」
カカシの了承を得たイルカは犬と同じ目線まで、しゃがみ込むと「こんにちは。」と、にっこり笑って撫でた。
忍犬の前足の爪先を。
それから耳の先に少しだけ触れて、手を引っ込める。
「イルカ?」
撫でると言ったら、頭や顎下、背中だと思っていたカカシは呆気に取られた。
「もう、いいの?」と確認してみた。
忍犬たちも、予想外の撫でられ方に拍子抜けしたようだ。
「うん、もういいよ。」
イルカは満足したように微笑んで、忍犬たちに礼を述べている。
「もっと触って撫でても、俺の忍犬は怒らないよ?」
試しに言ってみても、イルカの手は引っ込んだままだ。
なんでだろう?
もっと、こう、犬に飛びつくように体全体で向かっていって撫でると思っていたんだけど。
そんなイメージをカカシはイルカに持っていたのに違っていた。
イルカは忍犬に明らかに興味を抱いているはずなのに、自分からは手を出そううとしないのだ。
どうしたもんか、と考えていると忍犬の一匹がイルカに近づいてイルカの手に自分の頭を、すりすりと摺り寄せ始めた。
すると他の忍犬もイルカの体に自分の体を擦り付ける。
所謂、もっと撫でてくれという催促だ。
みんなしてイルカに甘えている。
俺には、そんなこと仕草したことないのに、と軽く、もやっとしたカカシであったがイルカは擦り寄ってきた忍犬たちに破顔した。
「くすぐったいってば!わっ、やめてよ。」
擦り寄ってきた忍犬たちにイルカは押し倒されてしまう。
押し倒したイルカの顔や手を忍犬たちは、ぺろぺろと舐めていた。
どうやら、イルカが気に入ったようだ。
イルカも忍犬たちと打ち解けたようで、今度は手当たり次第に撫でまくっている。
そういえば、イルカは人見知りが激しいとかなんとか言っていたっけ。
カカシは思い出した。
スキンシップも苦手なんだな、きっと。
最初の忍犬に対する態度から見て、自分からは輪の中に入っていけないタイプらしい。
イルカは損をしてるなあ、とカカシは、ぼんやり思った。
そんなことをして忍犬たちと遊んでいたら、あっという間に一日は過ぎてしまった。
もう夕方になっている。
カカシの休みもイルカの休みも終わりだ。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
夕方になりイルカは時計を見て時刻を確認する。
「もう、そろそろ帰るよ。」
「お世話になりました。」と律儀に頭をカカシに下げてきた。
「いろいろ、ありがとうございました。」
イルカに畏まれてカカシは急に居心地が悪くなる。
「いや、いいよ、そんなの。」
「ううん。」とイルカは首を振った。
「二日だけでも、いつもの生活から離れてみると分かることが、たくさんあるんだと、すごく思ったよ。」
「・・・そう。」
「客観的に自分を見ることができたというか。」
イルカは、そこで溜息混じりに笑って見せた。
「強くなりたいばっかりで自分には余裕がなかったんだなあって。前しか見えていなかったというか・・・。焦らなくてもよかったのにね。」
それから少し目を伏せた。
「いろんなこと、少しずつ考えてみる。答えは出ないかもしれないけど。」
亡くなった仲間のことを差しているのかもしれない。
「本当にありがとう。」
きれいな笑顔だった。
「それにさ。」と照れたようにカカシを見た。
「誰かと一緒にご飯食べたり眠ったりして出掛けたりして、なんだか、とても満たされた感じがする。」
心も体も、とイルカは爽やかな顔で言う。
「楽しかったし元気が出たし、また頑張れそう。」
最後に深くイルカは頭を下げた。
「お邪魔しました。借りたお金は後で必ず返します。」
さようなら、とイルカは手を振ってカカシの前から去って行ってしまった。
「さようなら。」
カカシはイルカを見送りながら口の中で呟いた。
「またね。」
俺もイルカがいてくれて楽しかったよ、と。
イルカが去ってしまうとカカシの中の何かが急速に冷えてきた。
心に、ぽっかりと穴が開いたような感じだ。
これが寂しいというものか。
ふるり、とカカシは震え、唇を噛んだ。
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