好きと言わない2
付き合ってから三年。
一度も喧嘩をしたことはない。
嘘みたいだが本当のことだ。
イルカが怒ることはあってもカカシが怒ったことはなかった。
怒ったことはないが叱られたことはある。
イルカが仕事で無理をした時や、それが元で病気になった時など真剣に叱られた。
「イルカ先生は一人じゃないんですから」
俺を心配させないでください、イルカ先生が健康でいることが俺にとって何よりなんですからと懇々と説教された。
熱が出ると一晩、寝ずの看病をしてくれたりもする。
カカシはイルカを、とっても大事にしてくれた。
大切に大切に思ってくれていた。
それは行動や仕草で、時には大胆に表してくれる。
その度にイルカはカカシに愛されているなあと感じるのだが。
だが。
それが言葉になることはなかった。
何でだろう?
イルカは夕飯の準備をしながら考えていた。
食事の支度は順番だ。
今日はイルカの番で適当でいいか、と毎回思いながらバランスの良い物をとカカシのために献立を考えてしまう。
惚れた弱みとはこのことだ。
イルカは、だん!と包丁をまな板の上に叩き付けた。
まな板の上の野菜が真っ二つになる。
カカシの口から付き合ってから三年間、一度もイルカに対して好意的な言葉を聞いたことがない。
要するに。
カカシはイルカに、好き、という言葉を言ってくれたことがないのだ。
はああ、と重く深い吐きイルカは真っ二つになった野菜を切り始めた。
調理を開始する。
なんていうか・・・。
「しょうがないよなあ」
頭では解ってはいるのだが感情は、また別だ。
「俺から告白して付き合ってもらっている訳だし」
野菜を切って炒めたりする。
「カカシさんは俺のこと何とも思ってなくて同情して付き合ってくれているのかもしれないし」
ぱぱっと味付けをしたりする。
三年間でカカシの好みも覚えてしまった。
「本当は俺のこと・・・」
出来た料理を皿に移しながらイルカは悲しい気持ちもなっていく自分を自覚した。
「嫌い、なのかもしれないし」
自分がカカシが好きな気持ちは三年間、ずっと変わらない。
むしろ、どんどんカカシのことが好きになっていく。
カカシのことが好きで堪らない。
だけどカカシはイルカに一度も好きだと言ってくれなかった。
イルカの事を、どう思っているのか解らないのだ。
「だったらさ」
イルカは逆恨みともとれる言葉を呟いた。
「俺のこと、さっさと振ってくれればいいのに」
自分と別れてくれればいいのに、と。
恨みがましいことを思ってしまう。
告白して付き合ってもらって、その上、自分で勝手に落ち込むなんて傲慢で欲張りだ。
それは十分、承知の上なのだが、つい一人になると思ってしまうのだ。
カカシにとって自分は何々のだろうと。
ずんずんと思考が沈んでいく。
暗いところへと落ちていきそうになった。
その時。
玄関の方から物音がした。
「イルカ先生、ただいま〜」
明るい声の主はカカシだ。
カカシが帰ってきたのだ。
もう一緒に暮らして三年になる。
付き合っている期間と同じだ。
同棲ともいってもいいのだがイルカは照れから、あえて同居と言っていた。
ちなみに同居を持ちかけてきたのはカカシの方だった。
一緒にいた方が何かと都合がいいから、と説得された。
それに納得したのはイルカなのだから今の同居生活に不満はない。
カカシと一緒にいられるのは嬉しいことなのだから。
「お帰りなさい」
イルカはカカシを出迎えに玄関に行く。
「ただいま〜」
言ったカカシは下足を脱ぐなりイルカを抱きしめた。
「やっと帰って来ましたよ〜」
ぎゅうっと抱きしめられてイルカは充足感を味わう。
「カカシさん・・・」
自分からも抱きしめ返した。
この瞬間がイルカは好きだ。
カカシに愛されていると、とても感じる。
・・・言葉にしてくれることはないけれど。
一頻り、イルカを抱きしめたカカシは体を離すと、にこりと微笑んだ。
「イルカ先生に会えると、ほっとします」
惜しげもなく、そんなことを言う。
「イルカ先生がいる家に帰って来れて良かった」
にこにこと無邪気な顔で言わると、好きと言われてなくてもいいじゃないか、これだけで、と思うのだが。
カカシは手に持っていた包みをイルカに差し出してきた。
「はい、これ。お土産です」
「あ、すみません」
受け取ると甘い匂いがした。
「何ですか?」と訊くとカカシが嬉しそうに答える。
「うん、前にね、イルカ先生が好きって言っていたお菓子です」
品名をカカシに言われてイルカは思い出した。
前に、だいぶ前に、そんなことを言ったような気がする。
「このお菓子、好きなんですよね。でも手に入りにくくて」
手に入りにくい理由は値段が高くて少量しか生産してないこと。
いわゆる、高級な菓子というものだったのだ。
それをカカシは記憶していたのだ、しっかりと。
「イルカ先生がね、このお菓子が好きだと言っていたから伝手を頼って手に入れました」
「・・・それは、どうも」
「このお菓子、好きでしたよね、イルカ先生」
「・・・・・・ええ、まあ」
「だったら良かったです」
「・・・・・・・・・ありがとうございます」
「どう致しまして」
カカシはイルカに頬に軽く唇で触れた。
「イルカ先生が喜んでくれるなら本望です」
嬉しそうにカカシは笑ったのだった。
食後。
カカシが買ってきた菓子をイルカは食べていた。
味は申し分なく美味しくて、文句の付けようもない。
「イルカ先生、美味しいですか?」
「・・・美味しいです」
イルカは、ちょっと行儀が悪いと思いつつも、がつがつと菓子を平らげた。
甘いものが苦手なカカシは一口、食べて終わりだ。
こんなものこんなもの・・・。
菓子はイルカに口に中に入り咀嚼され飲み込まれていく。
・・・菓子が好きなのは覚えているのに。
イルカは目の前の菓子に小さい殺意を抱く。
・・・菓子でさえ、好きだとカカシさんに言われているのに、なのに俺は。
菓子に嫉妬するのも、おかしな話だ。
菓子を食べながらカカシを見ると、ただただ優しい目でイルカを見つめている。
イルカと目が会うと口の端を指で触られた。
どうやら菓子の欠片がついていたらしく、それをカカシは躊躇いもなく自分の口に入れた。
「ほんと美味しいですね、このお菓子」
ぼっとイルカの顔が赤く染まる。
「イルカ先生は、もっと美味しそうですね」
さらりと言われてイルカはたじたじになる。
心臓が止まる寸前だ。
「な、何を言っているんですか!」
「何って、俺は真実しか口にしません」
カカシさんって・・・。
こうなったらイルカがカカシに対抗する術は皆無だ。
カカシのイルカに対する愛着は並々ならぬものがある。
それは理解している。
だったら・・・。
赤い顔でイルカはカカシを睨んだ。
睨んだと思っているのはイルカだけでカカシから見たら愛が込められた情熱的な視線だったけれども。
だったら、なんで俺に好きだと言ってくれないんだよ?
三年間、カカシと付き合って。
イルカの悩みは、たった一つ。
カカシがイルカに好きだと言わないことであった。
好きと言わない1
好きと言わない3
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