好きじゃなくてもいい、嫌わないで 7
強く握り締めていたカカシの手をイルカは、そっと離した。
手を離してからカカシを見て尋ねてきた。
「カカシ先生と俺は・・・友達ですか?」
多分、今までのイルカの話を聞いたカカシが何らかの感情を抱いたと思い、そんな質問をしてきたのだろう。
それとも確認か・・・。
「友達ですよ」
離されたイルカの手を、また握る。
「俺とイルカ先生は友達でしょ」
カカシの返答にイルカは嬉しいような、悲しいような複雑な顔をした。
「もう」
カカシはイルカの手を引いて、再び歩き出した。
二人が歩いているのは川べりで、涼しい風が吹いてくる。
「そんなことで悩まないでよ、イルカ先生」
そんなことくらいで、友達を辞めるわけがない。
自分たちの友情が壊れるわけがない。
「イルカ先生が思ったことなんて、普通のことでしょ。俺だってイルカ先生の立場なら、ざまあみろって思いますよ」
カカシは、ちょっと怒り気味だ。
つまらないことをイルカ先生が言いだすから。
イルカの所為にしていた。
イルカ先生が俺といるのに、別のことを考えているから。
「だいたいにしてですね」
くるっと後ろを向いたカカシは、自分に手を引かれて俯き加減で歩いているイルカを見据えた。
「イルカ先生は今でも好きなの?」
好きなの?とは先ほど会ったくの一のことだ。
「忘れてたようだけど、すぐに思い出したし」
ムカムカとしてくる。
忘れたと言いながらも、イルカの心の片隅に埋もれるようにして残っていたのだ。
そちらの方が問題だ。
「・・・好きではなかったですね」
「ほんと?」
「はい」
真面目な顔のイルカを見て、やっとカカシは安心した。
「前に言いましたけど、好きだと言われて、その一週間後には振られていましたから」
「その一週間、デートとかしたの?」
この際だから気になることは聞いてしまおう、とカカシは問い質す。
「しませんよ」
イルカは首を振る。
「一週間、任務の都合で会わなくて、次に会ったら、いきなり振られて・・・」
「そっか」
「はい、告白されて舞い上がったのは事実ですが」
「・・・へえええええ」
何故か、かなり悔しい。
「それだけです、彼女との関係は。振られてからの再会は、さっきが初めてですし」
よく俺のことを覚えていたと思います、とイルカは感心したように言っていた。
「女性はすごいですね」
それがイルカの感想だった。
イルカの話を聞き終えて、どっと疲れたカカシは大きな息を吐いた。
疲労感が半端ない。
精神的な。
「ところで」
イルカが今度はカカシに水を向けてきた。
「カカシ先生は・・・もてますよね」
どうなんですか?と。
「どうって?」
ここで何でかカカシは苛ついてしまう。
「何が?」
言葉遣いも、ぞんざいだ。
「あの、女性の方々と・・・」
カカシの剣幕に押されたイルカが口篭る。
「前にたくさんの手紙とか貰っていましたし」
それはイルカがカカシに届けにきたことがあり、それで二人の仲が気まずくなったのだ。
しかも、それの仲直りの名目で今日は食事をしに来たのに。
イルカの発言は藪蛇になってしまっている。
「あ・・・。すみません」
そのことに気がついたらしいイルカが率直に謝った。
「ごめんなさい、カカシ先生」
「そのことなんですけどね」
きつめの口調のカカシの顔は少し怖い。
「イルカ先生が気に掛ける必要はないです。カタを付けたんですから」
それから、きっぱりと言った。
「俺にはイルカ先生だけですよ」
イルカが友達でいてくれるだけで十分だという意味だ。
それ以上の意味はない。
今のカカシは、そう思っている。
胸のムカムカや苛つきの原因は不明けれども。
「ありがとうございます」
カカシの言葉を受けた、イルカの笑顔は暗がりの中でもカカシの目には、くっきり見えた。
とても幸せそうなイルカが。
そんなイルカを目にすると、かーっと顔が熱くなった。
胸がいっぱいになる。
満たされて溢れんばかりだ。
「イルカ先生!」
掴んでいた手を引っ張る。
「俺の家で飲み直しましょう!」
「え・・・」
「仲直りでしょ、今日は。ちゃんと仲直りしないと!」
イルカの返事も待たずに、ぐいぐいと引っ張って行く。
「邪魔が入ったから、今度は二人きりで」
イルカと二人きりで。
誰にも邪魔されずに。
大事な時間を過ごすのだ。
「今からお邪魔しても大丈夫なんですか?」
戸惑うようなイルカの声だが、まだ時間は宵の口。
「夜は、これからです」
そうして、イルカはカカシに家に攫われた。
「昨日は仲直りできた?」
次の日、会った紅に訊かれた。
「その節はありがとうございました」
礼を言いつつ、イルカは頭を下げる。
「紅先生のお陰でカカシ先生と仲直りできました」
「ふふ、良かった」
「はい」
微笑んだイルカだったが、どこか浮かない顔だ。
「まだ、何か心配事?」
紅に聞かれるが「いいえ」とイルカは答えた。
「私事ですから、大丈夫です」
「そう・・・」
イルカも大人だ、大丈夫というからには大丈夫なのだろう。
今朝の浮かれたカカシの姿を見ている紅は、そう判断した。
二人は仲直りしたようだし。
自分の出番は終わった、と。
「それじゃあ、またね。イルカ先生」
優雅な足取りで去って行く紅を見送ったイルカは。
ふっと遠くを見るような目になった。
「大嫌いか・・・」
昨夜のカカシの発言だ、自分に向けて言ったものではないが。
「結構、簡単に嫌いになれるんだなあ」
はあ、と溜め息が漏れた。
「カカシ先生に嫌われたら、どうしよう・・・」
嫌いと言われたら立ち直れないかもしれない。
心臓が嫌な音を立てている。
「カカシ先生」
イルカの瞳が切なげな色をしていた。
「友達でも、好きになりすぎたら駄目なのかな」
甘えてください、と言ったのに。
近頃、イルカはカカシの家に来ても、カカシの傍から離れるようになった。
微妙に距離を取っている。
近づいてこない。
故意なのか、偶然なのか。
カカシが、さり気なくイルカに近づくと、さり気なくイルカが遠ざかる。
一歩近づくと、一歩退く。
近くにいるのに、遠くに感じるイルカ。
いつも体の一部分が触れている状態だったのに、それすらもない。
わざと背を向けても寄りかかってくることもない。
親しげに話はするが、それだけだ。
何だか寂しいし、物足りない。
・・・どうしたんだろ、イルカ先生。
別に喧嘩もしていない。
仲直りしてから、特にいざこざも無く、周囲も静かだ。
誰かがイルカにチョッカイを出している様でもない。
何かあったのか、とイルカの態度が普段と変わらない分、不安になってくる。
「ねえ、イルカ先生」
「あ、はい」
カカシのベッドに寄り掛かって話をしていたイルカに、ぐぐっとカカシから近寄ってみた。
背後はベッドなので、後退することも逃げることもできない。
「最近のイルカ先生、変ですよ」
「変って、どこがでしょう?」
「どこって何かもが」
カカシに指摘を受けて、イルカは黙る。
「イルカ先生は、すぐ黙っちゃうね」
これはカカシが感じていたで。
イルカは困ったときは黙りがちだ。
何も言ってくれないのが、もどかしい。
「でもさ」
ぐっと近づく。
イルカは身を逸らそうとするが、そうはさせない。
「言葉にしてくれないと解らないこともあるんだよ」
友達でしょ?
体の一部分でも触れ合っていた時の方が、イルカの気持ちが解っていたような気がする。
触れ合うってのは、お互いを信頼し心を許しているから出来る行為であって。
嫌いなら出来ない。
「それとも」
カカシは両手を広げて動けないイルカを囲む。
「抱きしめてみたら、いいのかな?」
そうしたらイルカの考えていることが解るかもしれない。
触れ合うことで解り合えるかも。
とても名案のように思えた。
「イルカ先生」
カカシから出た声は低く、甘い響きを持っていた。
本人は、その事実には気がついていない。
イルカの背に腕を回すと抱きしめた。
きつく、強く。
胸の中に。
抵抗はない。
抱きしめたイルカの体は、体温が上昇していて熱い。
胸の鼓動が伝わってくる。
それは速く、どきどきしていて。
カカシの胸の鼓動と、よく似ていたのだった。
好きじゃなくてもいい、嫌わないで6
好きじゃなくてもいい、嫌わないで8
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