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好きじゃなくてもいい、嫌わないで 6



「あら、イルカ先生」
休憩所のソファーに一人座るイルカを見つけた紅が声を掛けた。
両手を握り締めて、思いつめたように床に目を向けて、一点だけを見つめている。
いつも元気なイルカの様子が違って見えたので、気になったのだ。
それ以前にも時折、不安定に見えるイルカのことを気に掛けてはいたのだが、最近はイルカのことを特に気に掛けている人物がいるので安心していた。
「元気ないわね、もしかして」
紅はイルカの隣に腰掛けた。
くるっと目を動かして美しく微笑む。
「カカシと喧嘩でもしたの?」
そう、イルカを一番に気に掛けているのは同じ上忍師のカカシであった。
紅は当てずっぽうで言ったのだが、図星だったらしい。
イルカが、ずんと落ち込み暗くなった。
「あら、的中?」
まあ、と口元を押さえる。
「やっぱり、そうなのね」
心当たりがあるような言い方をする紅に、イルカは顔を上げた。
何も言わずに紅を見る。
しかし、目は口ほどに物を言う。
イルカの黒い瞳は困惑と迷いに揺れていた。
何か困難なことが起こっているらしく、解決の糸口が見えないような。
まるで迷子になった感じで。
紅は、やれやれといった風に肩を竦める。
「カカシなら朝から百回くらい溜め息を吐いていたわよ」



カカシの名を聞くや否や、イルカの肩がびくっと動いた。
そんなイルカの様子に気がつかない振りをして紅は話を続ける。
「朝から控え室でくっらーい顔して、くっらーい雰囲気を撒き散らして、絶望的で沈みきった溜め息を吐いているもんだから、みーんな、カカシに近づくのを嫌がって控え室から逃げちゃったわ」
イルカからの反応はない。
「溜め息を吐きながら、何度も頭を抱えて『ああっ、どうしようっ』ってのも百回くらい言っていたけど」
それに、と言いながら紅は、ちらとイルカを見る。
「こんなことも言っていたわ。『ああ、俺の馬鹿馬鹿馬鹿!絶対に嫌われた、会わす顔がない』って」
ふふ、と紅は笑う。
「誰に会わす顔がないのかしらねえ」
硬い表情のイルカは何も言わない。
「ねえ、イルカ先生」
「・・・はい」
「なんで、カカシと喧嘩したの?」
焦れったくなった紅は単刀直入に尋ねてしまった。
「どうして?理由はなに?」
別に紅に聞く権利も咎める義務もない。
単に大きな好奇心と少しの良心からだ。
「喧嘩したっていうか・・・」
イルカが重い口を開いた。
「俺がカカシ先生を怒らせたっていうのが正しいです」
「・・・そうなの?」
こくっと頷くイルカ。
「怒らせたねえ〜。イルカ先生がすることでカカシが怒るなんて考え付かないわ」
「そうでしょうか?」
「そうよ、カカシがイルカ先生に怒るなんて天と地が引っくり返ってもないわよ」
「でも・・・」
イルカが、ぐっと唇を噛んだ後に呟くように言う。
「俺、カカシ先生に友達だと言われて、それで・・・」
項垂れる。
「カカシ先生に依存しすぎたかもしれません」
ひどく後悔している声だ。
依存・・・。
何を持っての依存なのか、紅は想像が出来なかったが、景気をつけるように、ばんとイルカの背中を叩いた。
わざとらしく明るく振舞って、イルカを励ます。
「そんなのいいじゃないの。依存がなによ、カカシだって甲斐性くらいあるんだから思い切っり頼ったらいいじゃない!」
「・・・え、紅先生?」
予想もしなかったことを言われたのだろう、イルカは、びっくりした顔をしている。
「友達なんでしょ、あなた達。だったら、いいじゃない、依存しても何しても。悩む必要なんてない、悩むだけ無駄よ。カカシはイルカ先生なら受け止めてくれるわ、どんと来いって言うわよ」
びっくりしたままのイルカの手首を掴んで立ち上がる。
「カカシは、まだ控え室にいるから行ってあげて。そして、こう言えばいいのよ」
そっと紅はイルカの耳に、あることを囁いた。
「こう言えば、絶対に仲直りできるから」
太鼓判を押す。
それからイルカを、カカシしかいない上忍の控え室に押し込んだ。



「さ、行って」
紅はイルカを押し込むと控え室の扉を、ぴしゃんと閉めてしまった。
控え室にはカカシとイルカの二人だけ。
「あ、あの、カカシ先生・・・」
控え室の一角が、どんよりとした湿った空気に包まれている。
その中心にカカシはいた。
「カカシ先生、俺・・・」
カカシを目の前に緊張して、喉が渇いてくる。
心臓も、どきどきとして煩かった。
しかし、心配する必要はなかった。
「イルカ先生!」
イルカの声を聞いたカカシが、ばっと顔を上げて、すっ飛んできたのだ。
「イルカ先生、ど、どどどうしてここへ?」
かなり動揺している。
動揺しているがイルカの両手を自分の両手で救い上げると、ぎゅっと握ってきた。
動きが素早い。
「イルカ先生、この前の夜はすみません、ごめんなさい」
カカシは頭を下げてくる。
「酷いこと言って、ごめんなさい」
「いえ、俺もカカシ先生のご迷惑を顧みず、すみませんでした」
「いいえ、俺の方こそ。もう、あんなことが起きないように、きっちりカタを付けましたので」
安心してください、大丈夫ですと何回も言われる。
「はい、ありがとうございます」
何が何やら判らないまま、イルカは一応、礼を述べた。
それから紅に言われたことを思い出す。
「あの・・・。もしよかったら今晩、ご飯でも食べに行きませんか、仲直りの記しに」
「え・・・」
「俺と二人でですけど。嫌じゃなかったら」
「嫌じゃありません!」
ぎゅぎゅっと手を握られた。
「ぜんっぜん、全く嫌じゃありません。行きます行きます、イルカ先生とご飯!」
嬉しいです、とカカシは顔を緩ませている。
本当に嬉しそうだった。



イルカが怒ってない。
イルカから誘われた。
この事実にカカシは大いに安堵し、浮かれてしまう。
よかったー!
ほっと胸を撫で下ろした。
イルカは、すみませんと謝っていたけれど、全面的に悪いのはカカシだ。
イルカこそ、理不尽な目にあったのにカカシに対して申し訳なさそうにしているのを見て、怒るなんてとんでもないことだ。
元はといえば、カカシに原因があったのに。
二度とイルカが同じような目に合わないように、きっちりと自分の手で決着を付けた。
多少、強硬で強引で卑怯な手段だったかも知れないけれども。
その方法についてはイルカに言うつもりはない。
カカシにはイルカだけがいればいいから。
友達のイルカだけが。



「ささ、どうぞ」
夜になって、カカシはイルカと二人きりで上機嫌になっていた。
酒が苦手なイルカだが、今日は飲むと宣言してくれて二人して酒を飲み、ほろ酔い加減になっている。
「あ、どうも」
イルカのグラスにカカシが酒を注ぐ。
透明な液体がグラスを満たし、涼しげにしている。
カカシも自分のグラスに酒を注ぎイルカと、かちんとグラスと合わせると飲み始めた。
「今日のお酒は美味しいです」
ちょっと赤くなったイルカが酔いも手伝ってか、楽しそうに微笑んでいる。
微笑んだままのイルカに見つめられたカカシは、イルカを見つめ返した。
二人して微笑む。
だがカカシは、あくまで、ほろ酔いだ。
ほろ酔いで留まっている、この前のような失敗をしないためにも。
今日はイルカを少し酔わせて、自分がイルカを自宅まで送るつもりでいたりした。
元々、カカシは酒に強い。
気合を入れていれば、いくら飲んでも酔わない自信がある。
この前、酔ったのはイルカが傍にいて気合どころか気が緩んでしまった。
・・・今日は酒を飲んでも、カッコいい俺でいる。
カカシは密かに決意していた。
「この前は本当にごめんね、嫌な思いをさせてしまって」
酒の勢いで、もう一度、謝るとイルカは手を振った。
「もういいんです、気にしないでください。俺だって、友達だからってカカシさんにご迷惑を・・・」
「イルカ先生、俺に迷惑なんて掛けてないでしょ」
突っ込むと意外なことを言われた。
「掛けてますよ、俺、カカシさんにすごく甘えちゃって」
大人なのに、と言ったイルカは恥ずかしくなったのか、もじもじと体を揺らす。
「カカシさんが優しくしてくれるから、調子に乗って、くっ付いたりしていたじゃないですか」
そう言われるとイルカは、どこかしらカカシに触れていた。
大胆にも背中にくっ付いてきたりも。
けれど・・・。
「あれって甘えてくれていたんですか?」
「えと、そうなんです、変なことしてごめんなさい」
そうか、あれはイルカの甘えの行動だったのか。
イルカ先生が俺に甘えてくれていた。
「なんだあ、そうだったんですか〜」
カカシの頬が、だらしなく緩む。
「嬉しいなあ、どんどん甘えてくださいよ」
「でも、ご迷惑なんじゃ・・・」
「ぜーんぜん。イルカ先生なら、どれだけ甘えてくれてもいいですよ〜」
上機嫌を通り越して、上々上機嫌になっているカカシ。
「俺とイルカ先生は友達ですから、そんなの普通ですよ〜」
「そうですか」
「はい」
頷いたカカシとイルカは目が合う。
目が合うとイルカは、ほんのりと赤く染まった顔を嬉しそうにする。
ああ、可愛いなあ。
そんな感想が自然に浮かぶ。
そして。
「カカシ先生、今度、俺の家にも遊びに来てください」
「いいんですか?」
「はい、俺の家はカカシ先生の家より狭いんですけど」
嬉しいお誘いもあって、天に昇ってしまいそうになる。
カカシは、とっても幸せだった。



そんなカカシの幸せが音を立てて崩れ落ちた。
というより、ぶち壊された。
「きゃー、イルカじゃない!」
黄色い声がした。
数人の女性がイルカを後ろを通り過ぎようとしている。
新しく店に訪れた客だ。
女性たちは忍服を着ているので、おそらく、くの一だろう。
その内の一人がイルカの肩に手を置いて、甲高い声を出しているのだ。
「久しぶりー、元気だった?」
自分で自分のことを可愛いと思っているような感じがする。
「・・・え?ああ、うん」
そのくの一を見とめたイルカの顔が僅かながら曇った。
「やだー、こんなところで会うなんて偶然〜」
妙に馴れ馴れしくイルカに触れる。
口調も馴れ馴れしい。
「今、何やっているの?私は外回りの任務をしているのよ」
質問しているのに、相手の返事を待たずに自分のことを一方的に話している。
相手の都合などお構いなしに。
カカシが一番嫌いなタイプの人間だった。
「大きくなったわねー、あの頃は小さかったのにー」
イルカは何も言わずに、勝手に喋るくの一の話を聞いている。
何となく、話したくないんだなあという空気がカカシに伝わってきた。
「ねえねえ」と、くの一はイルカの耳元に口を近づけた。
その距離感にカカシは不快感を抱く。
こそっとイルカに囁いたつもりだろうが、ばっちりとカカシの耳には聞こえてくる。
「一緒の人、はたけ上忍?あの、はたけ上忍でしょ?すごーい、紹介してくれない」
ねえ、いいでしょ、とくの一が言った、そこまでがカカシの限界だった。
せっかくのイルカとの時間に勝手に踏み込んできて、不愉快極まりない。
「イルカ先生、行きましょ」
言葉少なにカカシは立ち上がり、イルカの手を取る。
そのままイルカを自分の背後に回して隠すと突然、現れたくの一に冷たい声を出す。
「俺は馴れ馴れしい人間も図々しい人間も大嫌いなの、アンタみたいなね」
イルカを連れて、さっさとその場を離れたのだった。



「何なんでしょうね、あいつは」
腹の虫が治まらないのか、カカシは悪態を吐いている。
「いきなり失礼なやつですよね」
思い出しただけでもムカついてくる。
一番、腹が立つのがイルカとの時間を邪魔されたことだ。
それが悔しくて、しょうがない。
カカシに手を引かれていたイルカが、ぽつりと呟いた。
「あの人、俺の知り合いなんです」
「イルカ先生の知り合い?」
会話の流れから、それは推察されたが。
「ずっと会っていなくて。最初、誰だが分からなくて」
忘れるくらいの知り合いなら、イルカも会いたくなかったかもしれない。
「不愉快な思いをさせてしまって申し訳ないです」
イルカがカカシに手を引かれたまま、ぺこりと頭を下げた。
「・・・どんな知り合いなの?」
あのような人間とイルカが好んで知り合ったとは思えず、カカシは訊いてしまう。
くの一がイルカに馴れ馴れしかったのも気に掛かる。
二人の関係が気になってしまう。
「それは・・・」
言い難そうなイルカの態度を見ていると、焦燥感が苛立ちに変わってくる。
「イルカ先生とどんな関係なの?」
「関係って程でもないんですけど」
少しずつイルカが話し始めた。
「前にカカシ先生に話したと思うんですが」
ぱちぱちとイルカが目を瞬かせる。
「十代の頃、告白されて一週間で振られたって言いましたよね・・・」
それが、さっきの女性です、とイルカは目を伏せた。
「もう何とも思ってはいません。急に会って話しかけられて驚いただけです」
伏せた目を上げるとイルカは自嘲気味に笑った。
「だけどカカシ先生に嫌いだと言われたのを見て、何故か胸が、すーっとしてしまって」
胸の痞えが取れたような、蟠っていたものが消えたような。
「そんな気持ちになってしまいました」
意地が悪いですね、俺、と言ったイルカはカカシの手を強く握り締めてきたのだった。





好きじゃなくてもいい、嫌わないで5
好きじゃなくてもいい、嫌わないで7




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