Slow Starter9
「は・・・。」
はたけ上忍、と言おうとしてイルカは失敗した。
言葉が痞えて出てこない。
急に手が震えてきて持っていた道具を落としてしまった。
目が、はたけ上忍に釘付けになり離すことができない。
今いる場所は人気がなく、イルカとはたけ上忍の二人だけだ。
心臓の鼓動が勝手に速まり止めることができなかった。
この状況で、どうすればいいのか。
自分は中忍で相手は上忍、力の差は先ほどのことでも歴然に違い、適うはずもない。
何をされるのか、と恐怖の方が先に立った。
動けないイルカに音も立てず、すっと近づいてきた、はたけ上忍は地面に落ちてしまった道具を拾うとイルカの手へ包み込むように握らせる。
「さっきはごめんね。」
打って変わって、落ち着いた静かな声だった。
「怖がらないで。」
声は哀しげに聞こえた。
イルカの道具を持っている手は、はたけ上忍の両の手の平で柔らかく包み込まれている。
はたけ上忍はイルカより頭半分くらい背が高くイルカは、はたけ上忍を見上げるような形になった。
見上げて見た、はたけ上忍の片目は額宛てで隠れており、顔半分も覆面で覆われていて、唯一出ている右目は細められイルカを見つめている。
その目からは攻撃的なものも敵意も感じられず、動けずいたイルカは漸く肩の力が抜けてきた。
体全体の緊張が解けてきて、息遣いも普通に戻ってくる。
そんなイルカの状態を見抜いたのか、はたけ上忍は細めていた目を一層、細めて懐かしそうに言った。
「イルカ、大きくなったね。」
その声が余りにも優しくて、イルカは目を見開き次に激しく瞬かせた。
やっぱり、俺を知っている!
再び、心臓の鼓動が速まってきた。
それは恐怖からではない。
どこで会ったんだろう?
純粋な疑問からだった。
はたけ上忍はイルカの手を、するりと一撫ですると名残惜しそうに手を離した。
「アスマに適当なこと言って誤魔化して来たから、もう戻らないと。」
一歩下がり、はたけ上忍はイルカから離れる。
「任務頑張ってね。できたら、後でイルカと話したい。」
ね?と、はたけ上忍は少しだけ微笑むとイルカの前から姿を消した。
「はたけ上忍。」
いなくなってからイルカは、やっと、その名を呼んだ。
あの人は自分を知っている、でも、どこで?
何回も思い出そうとしたのだが、どうしても思い出せない。
代わりに、あの人、カカシのことが無性に思い出された。
カカシさんと、はたけ上忍は別人だと思ったのだけど、思ったのだけど違うのか。
考えると答えが出なくて混乱してくる。
はあっと息を大きく吸い込み、吐き出したイルカは任務に集中することにした。
今は、与えられた任務をしなければならない。
はたけ上忍は、後で話したいと言っていたし、その時、自分の聞きたいことを聞けばよい。
聞けたらだけどね、とイルカは心中、弱気になりながら、任務を続けたのだった。
トラップを仕掛ける任務は予定通り三日間掛かり、残すは最後の仕掛けだとなった。
「じゃ、カラーワイヤーに劇薬塗って終わりだな。」
一緒に来た仲間が厳重に封をされている瓶を荷物から取り出す。
「劇薬は二種類で、神経を麻痺させるやつと幻覚を見せるやつね。」
はい、とイルカにも瓶が渡された。
「イルカのは揮発性が高いから塗る時は息をしないように気をつけて。」
「分かった。」
「これが終われば里に帰れるな。」
「じゃ、頑張って終わらせよう。」
イルカたちは頷いてから、それぞれも持ち場に散った。
あれから、はたけ上忍はイルカに接触はしてこなかった。
最初の日にいきなりテントに連れ込まれて、その後、謝りに来てからだ。
遠くから見つめる視線は感じていたけれども、特に何も言ってくることはなかった。
ただ視線は、どこか温かいものを含んでいてイルカは、なんだか安心してしまっていた。
はたけ上忍は、もう怖くない。
テントに引き込まれて、やられたことについては思い出すと怖いものがあったが、今では何か理由があるのだろうと思うこともできた。
劇薬をトラップのカラーワイヤーに塗り終わったイルカは、ふうと息を吐き出した。
イルカの分の作業が終わったのだ。
劇薬の入った瓶の蓋を完全に閉めて、封をすれば任務は完了だ。
封をしようとしたイルカの指先に、ふと瓶の縁が当たりイルカは、ちょっとした痛みを感じて瓶を手から離してしまった。
そこは、初日、トラップを仕掛けようとした時に作業に集中できず、弾かれた銅線で切ってしまった指先だった。
傷は、まだ治りきっておらず、何かが当たれば痛みも感じた。
そしてイルカは作業が終わったことで、油断ができていたのだ。
その、ちょっとした油断が悲劇を招いてしまう。
瓶はイルカの手を離れて地面に落ちる。
慌てて拾おうとしたイルカの傷を負った指先に劇薬が降りかかり、地面に落ちたことで揮発した液体を吸い込んでしまった。
強い眩暈と吐き気が同時に襲ってきたイルカは立っていることができず、地面に膝をつく。
イルカの扱っていた劇薬は神経系を麻痺させる薬だった。
「さすが、木の葉の劇薬。・・・超強力じゃ・・・ん。」
体の重心が保つことができずイルカは地面に倒れ込んだ。
目が霞んできて声も出せず、助けを呼ぶこともできない。
ここまでか、とイルカが覚悟した時に何か銀色の光るものが視界に飛び込んできたのだが、それが何かも分からずイルカは力尽きて目を閉じたのだった。
Slow Starter8
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