Slow Starter7
「イルカ。」
「なんですか?」
アカデミーの教材室にいたイルカは、作業を中断させ、顔を上げて名を呼ばれた方を見た。
「ああ、任務の依頼がきている。ちょっと職員室まで来てくれ。」
「はい。」
アカデミーの演習道具の整備をしていたイルカは整備していた道具を片付けると急いで職員室に向かった。
職員室に行くと、アカデミーの先輩に当たる忍から聞かれた。
「イルカ、お前、トラップ専門班にいたことあるよな。」
「はい。一年程ですが。」
「ある部隊からトラップの専門の人間が必要だと任務が来ていてな、手が足りないようだからイルカにも行ってほしんだ。幸い、アカデミーは今、ちょうど手が空いていて人がいなくても大丈夫な時期だからな。」
他にも行く人間が二人いるから、スリーマンセルで行ってくれ、と頼まれた。
「分かりました。」とイルカは頷く。
断る理由は何もなかった。
もうすぐ、二十歳になるイルカは現在、アカデミーに籍を置いている。
昨年、アカデミーの教員試験に受かり、新米教員というよりも見習い実習生としてアカデミーにいるので、仕事は何でもした。
まだ、クラスを受け持っているわけではないので、アカデミー以外の仕事も回ってくる。
それが、今回のような任務であった。
アカデミーの教員を目指していたイルカは色々な部署に籍を置いて、色々な経験を積んだ。
教員の採用試験にも必要なことではあったが、自分に何ができるのか、自分なりに探していた。
常に何かをしていなければ、自分が誰かの役に立つか必要なのか、ここにいていいのかと自信がなかったからだ。
辛くて挫けそうになった時イルカはよく、口元を触った。
そこは、以前に、ある人にお呪いを貰ったことのある箇所だ。
傷はもう、すっかり完治していたが、そこを触れると思い出した。
優しい人の面影を。
イルカはひどく孤独を感じた時、いつも思った。
独りだけど独りじゃない、と。
トラップに行く人間二人はイルカの知り合いであった。
「よ、久しぶり。」
「元気だったか?」
二人は年も近く、イルカも気心が知れた仲間だ。
「ああ。元気元気。」
肩を叩きあいながら再会を喜んだ。
任務地に向かう途中、イルカは任務の詳しい内容を一緒に行く仲間から走りながら聞いていた。
「トラップを仕掛けるだけだから、三日間くらいで終わると思うんだ。」
「特殊なトラップだけど手順を間違えなければ予定より早く終わるだろ。」
「分かった。」
イルカが頷くと「それよりも。」と仲間は内緒話でもするように声を潜めて言ってきた。
「これから行く、部隊の隊長さんって、すっごくおっかないんだってー。」
「でも、里で一番強いって言われてる忍者なんだぜ。」
「そうそう。怖いけど、多くの忍が憧れているんだよ。」
「ふーん。」
イルカは初めて聞く話ばかりで、どうにもぴんとこない。
そんなイルカの態度に仲間は笑って肩を竦めた。
「はは、イルカは、こういう話題に関心ないもんな〜。」
「関心がないってわけじゃないけど。」
「噂話とか、ほんっと鈍いし。関知しないし。」
「い、いいだろ。」
そこまで言われると、さすがにイルカはむっとする。
「ごめんごめん。」
仲間は手を合わせて謝ると「そこがイルカのいいところ。」なんて言っている。
「謝る気ないだろ。」
「あるある、ごめんてば。」
漸くイルカも機嫌を直して何気なく聞いた。
「で、その部隊長の人って名前、何て言うの?」
「ああ、有名な人だよ。あの、写輪眼でコピー忍者の。」
「あの、はたけ上忍だ。」
「はたけ上忍かあ。」
あんまり怖い人じゃなけりゃいいなあ、とイルカは心の中で呟いた。
任務地に着いたイルカ達は、何はともあれ、最初に隊長なる人物、はたけ上忍に会いに行くことにした。
挨拶をしておかなければならない。
副隊長と名乗る、煙草を口に銜えた髭を生やした大柄な男性の忍が「そいつなら、あのテントにいるぜ。」と野営地の隅にあるテントを指差した。
「今、ご機嫌斜めだからよ。気をつけろ。」
髭の忍は、にやりと笑って、そう言った。
教えられたテントの前まで行くと、代表してイルカがテント内に声を掛けた。
「あの、トラップの仕掛けを担当しに、里から参りました者ですが。」
その時、テントの入り口が、ばっと勢いよく開いた。
テントの中から、片目を隠した銀の髪の忍が顔を覗かせる。
鋭い目つきに隙のない動作、、また隊長ならでは貫禄を漂わせていた。
これが、はたけ上忍か。
ある感慨を持ってイルカは目の前の忍を眺めた。
髪の色といい、背格好といい誰かを思い出させるものがある。
あの人に似ているなあ。
そんなことを考えていると自分の名を呼ばれた気がした。
「・・・イルカ?イルカでしょう!」
目の前の有名な忍が、何故かイルカの名を呼んでいるのだ。
「え?なんで俺の名を・・・。」
まだ、名乗ってもいないのに。
考える間もなくイルカは、その忍に手首を掴まれてテントに引き込まれた。
手首を掴む力は強く逆らうことができない。
「ちょっと・・・、あの。」
なんで、とイルカが聞く前に隊長のはたけ上忍とやらはイルカの背負っていた荷物を外して放り出し、どうやったのかイルカのベストもあっさりと脱がされていた。
更に、忍服の上着も脱がせようとしたところで、何が何やら訳が分からなかったイルカも、身の危険を感じで死に物狂いで抵抗を始める。
「や、やめてくださいっ。なんで、こんなこと・・・。」
押さえつけられて、声も体も震えた。
ここじゃ駄目だ。
イルカは抵抗するよりもテントの外に出て助けを呼んだほうがよいと判断し、はたけ上忍とやらと縺れるようにしてテントの外に傾れ込んだ。
「イルカ!」
「どうしたんだ?」
外で待っていた一緒に来ていた仲間は、突然のことに驚いて目を丸くしている。
しかし、相手は隊長であり、上忍でもあるので手が出せない。
そこへ先ほどの副隊長を名乗る髭の忍が助けに来てくれた。
イルカと隊長の間に割って入り、イルカを背中に庇ってくれる。
そして、隊長をひと睨みして呆れたように溜め息をついた。
「おいおい。あのよう、お前は権力を嵩にきて理不尽なことをするような奴じゃないと思っていたんだが違ったのか?」
諭すように言う。
「俺がイルカに理不尽なことなんてするわけないでしょ。」
隊長なる人物は甲高く叫ぶと、逆に恐ろしい目で副隊長を睨み返した。
「その人を返してよ。ずっと気になっていた背中の傷が治ったか見たいだけだから。」
髭の忍はイルカを見て聞いてきた。
「お前さん、背中に傷があるのか。」
イルカは声も出ず、首を力なく横に振った。
心臓が今までになく早く鼓動し、手足が勝手に震えている。
そんなイルカを見て副隊長は、はっきりと言った。
「駄目だ。どんな理由があるにせよ、今は駄目だ。」
「なんでさ?」
「頭を冷やせ、冷静になれ。話したいなら、それからだ。とにかく落ち着けって。」
ぎりりと目尻と眉を吊り上げた、恐ろしい顔の隊長を見て、髭の副隊長は、いっそう深い溜め息をついて、イルカと一緒に来た仲間に指示した。
「ここはいいよ。こいつから。」
こいつ、と隊長を顎で指して「離れたところで休んでくれ。すまなかったな。」と詫びた。
仲間に助けを借りて立ち上がったイルカは隊長のテントから離れた場所に移った。
その間、イルカは背中に苛立つような強い視線を感じていたのだった。
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