Slow Starter6
自分のちょっとした悪戯心、いや遊び心、いや出来心がイルカを傷つけてしまったことにカカシは後悔してもしても足りなかった。
大事なものが壊されたような気分だった。
「ごめんね、イルカ。俺が・・・親愛の跡なんて付けたから・・・。」
何回も謝った。
「いいんですよ。」
カカシの腕の中で、イルカは笑って言う。
「だって、カカシさん、俺に親愛の情を感じてくれたから、親愛の印を付けてくれたんでしょう?」
イルカは特に何も疑っていない。
キスマークの意味が分かってないからか・・・。
何かがカカシの体も心も突き抜けた。
「カカシさんとは出会って、間もないけど。」
イルカが恥ずかしそうにして少し目を伏せる。
「俺に少しでも、親しみを感じてくれたなら嬉しいなあって。」
はにかみながら笑った顔が頼りなげで寂しそうに見えた。
「俺、友達少ないから・・・。」
「あ、でも。」とイルカは慌てて、手を横に振った。
「カカシさんは上忍だから、もちろん、友達とは思っていませんよ。ただ、親しくしてくれて嬉しいって思っただけで。」
「イルカ。」
カカシはイルカの言葉を聞いて胸に包まされるものがあり言葉が詰まって、なかなか出てこなかった。
ただ、イルカを抱く腕に力を込めることしかできない。
しかし、イルカはカカシの思いに気づくことはなくカカシの腕の中から、するりと抜け出てしまった。
「俺、もう、行かなくちゃ。里には今日中に帰還するって連絡入れてるんです。」
「イルカ。」
「カカシさん、情報の受け渡しの方、よろしくお願いします。」
ぺこりとイルカは頭を下げた。
それから子供らしい笑顔を浮かべて言う。
「カカシさん、色々、ありがとうございました。また、会えるといいですね。」
無邪気な様子で本当に、そう思っているようだった。
「じゃあ、お元気で。」と身を翻して、あっさりとイルカは行ってしまおうとする。
「待ってよ、イルカ。」
堪らなくなってカカシは呼び止めた。
「はい?」
振り向いたイルカの肩を掴んでカカシは少し屈んで目線を合わせた。
「次に会った時も俺のこと・・・。」
イルカはカカシを、じっと見つめて続きの言葉を待っている。
カカシは、ごくりと唾を飲み、イルカの瞳を覗き込んだ。
その目には自分しか映っていない。
何て言おうかと一瞬、迷った末にカカシが言った言葉は当たり障りのないものだった。
「俺のことカカシさんて呼んでくれる?」
「え?ええ、もちろん。」
カカシの態度に戸惑いながらもイルカは頷いた。
「呼んでもいいなら呼びますけど。」
「ぜひとも、呼んでほしい。」
力強くカカシが言うとイルカは再度、頷いた。
「分かりました。」
その言葉に安心したカカシだが、本当は俺のことを忘れないでほしいとか夜空を見たら俺を思い出してとか、もっと甘い言葉を言ってみたかったのだが思い止まった。
今のイルカに言っても分からないような気がしたからだ。
「あとね。」
カカシはイルカの口元の傷に目をやった。
「早く治るようにお呪い。」
そう言ってイルカの口元の傷に自分の唇で触れる。
少しの間、そうしていた。
「こんなお呪い初めてです。くすぐったいですね。」
ちょっとイルカは嬉しそうにしている。
「うん、俺だけがイルカにできるお呪いだから。イルカも他の誰かにしちゃ駄目だよ。」
「はい。」と、素直にイルカは返事をしてカカシに一度、手を振ると今度こそ、行ってしまった。
「行っちゃった。」
イルカの姿を見送りカカシは呟いた。
「また、会いたいなあ。」
イルカに。
イルカが行ってしまって寂しく、イルカがいなくなって胸が痛い。
親愛の印を付けてくれた、とイルカが言った時にカカシの体と心を突き抜けたものの正体にカカシは気が付いたのだ。
多分、これは恋とか愛とかいうものじゃないだろうか、と。
仲間が逗留している野営地に戻ったカカシは、情報の類を部隊の隊長に手渡すとイルカに式を飛ばした仲間を見つけて詰め寄った。
それはカカシに宿場町まで行くように言った、少し年上の仲間の忍だった。
「なんで、あんな内容の式を送ったんだよ?」
「あんな内容って?」
年上の仲間は、しらばっくれる。
「眠そうな目をした若者で、やる気のなさそうな優男だけど一応上忍って、やつだよ。」
カカシが、ぎっと睨むと年上の仲間は肩を竦める。
「本当のことだろう。イルカがお前に余計な興味を持たないようにしただけだ。」
「イルカを知ってるの?」
驚いたカカシに年上の仲間は、あっさりと白状した。
「振られたことがある。」
「ええっ!」
カカシは本当に驚いた。
本当に驚いたのは、随分、久しぶりだ。
「だって、あんた、イルカと十も年齢が違うじゃん。」
「うっせー。愛に年の差は関係ない。」
「おまけに男同士でしょうが。」
「愛は総てを凌駕する。そんなの関係ない!」
愛について力説する仲間をカカシは呆れたように眺めた。
でも、どこか同意してしまう部分もある。
年齢も性別も愛には関係ないのだ。
「でもなあ。」とイルカに振られたという仲間は、しょんぼりと肩を落とした。
「イルカに精一杯、告白したつもりだったんだが、あいつは俺が告白したことに気が付いてなかった。」
「あらら。」
「おまけに言われた言葉が、俺のこと、父さんみたい、って・・・。」
「脈なしじゃない。」
揶揄うように言うカカシを仲間は胡乱げに見る。
「お前こそ、何でそこまで、イルカにこだわるんだ?」
いつもは他人になんて興味がないくせに、と指摘してきた。
「まあ、そのねえ。いいじゃないの、それよりさあ。」
適当に誤魔化したカカシは気になっていたことを聞いてみた。
「イルカの背中に大きな火傷の跡があったけど、何か知ってる?」
「ああ、それは。」
恋する男は知っていた。
「今は爆薬を扱う部署にいて、起爆札の実験に失敗したとか聞いたぜ。イルカは突出した才能はないが、オールマイティに何でもこなすんで重宝がられている。」
それで、今回の情報収集の任務が回ってきたらしい。
「おまけに恋愛に興味はない上、忙しいせいか、益々、恋愛から遠ざかっちまってさ。」
はあ、と仲間は溜め息をついた。
「イルカは人懐こいような印象もあるが、イルカ自身は自分が人から好意を寄せられるような人間だとは思っていないんだ。」
これがまた厄介、と深い溜め息をつくと年上の仲間は用事があったのか行ってしまった。
「なるほどねえ。」
色々なことを知ってカカシは合点が言った。
イルカの背中の傷のこと、友達が少ないと言ったこと、恋愛に疎いことなどに納得がいった。
そして自分の気持ちにも納得がいったのだ。
自分が人を好きになるなんて思ってもみなかった。
「こういうこともあるんだなあ。」
空を見上げてカカシはイルカを思い浮かべる。
「いつ会えるかなあ。」
早く、その日が来るといい、とカカシは願わずにはいられなかった。
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