Slow Starter15
自分の家に着いたカカシはイルカを自分のベッドに、うつぶせに寝かせると背中の傷を素早く処置した。
血に染まった包帯を鋏で切っていき、傷口を消毒して清潔な包帯を手早く、且つ丁寧に巻いていく。
思っていたより、傷は深かった。
これでは治っても背中に傷は残るだろう。
そう思ってカカシは憂えた顔になった。
三年前に会った時は綺麗な背中だったのに。
何故ゆえ、そんなことをカカシが知っているのかというと、任務でカカシの部隊に応援に来たイルカが誤って毒を受けカカシが看病したりして、毒によって発熱したイルカの背中の汗を拭いてやったのだ。
断じてイルカの背中を見たのには好奇心からではない。
もっと昔に見たことがある火傷の怪我は消えて治っていたのになあ。
うつぶせに寝かせていたイルカの顔は横を向き、下ろしていた髪が左右に分かれて成人男性にしては細く白い項が露わになっていた。
そういえば、あそこにキスマーク付けたっけ。
もう一回、口付けて後を残したら今のイルカは、どんな顔をするだろう。
何の気なしにイルカの項を見ていたのだが、イルカの低い呻いているのに気がついた。
「イルカ?」
呼びかけても反応はなく、ただ苦しそうに呻いている。
額に触れると湿っていて、熱く感じる。
熱が出ているのかもしれない。
イルカが夕方、医者に行って診てもらい痛み止めやらの薬と処方して飲んだとしても、もうそろそろ薬の効果が切れる時間帯だ、とカカシは時計を見て判断した。
背中の傷にしても、炎症止めの薬を飲んだ方がいいだろう。
カカシは、自分の家の薬箱を漁ると目当ての薬を取り出した。
水を用意して、イルカを軽く揺する。
「イルカ、起きて。薬、飲んだ方がいいよ。」
カカシの呼び声に、一度は目を薄っすらと開けたイルカであったが、それは直ぐに閉じられた。
「・・・どうしよう。」
こういう時は、あれだな、口移しってやつだ。
イルカの背中の傷に触れぬように、そっとイルカの体を抱え起こすとカカシは薬と水を自分の口に含んで、イルカの口の中に静かに流し込んだ。
こくっとイルカの喉が鳴り、薬を嚥下したのが分かりカカシは、ほっとする。
「これで大丈夫。」
一時間もしないうちに薬の効果が現れるはずだ。
もう一度、ベッドへイルカを横たわらせ、上半身に包帯だけ巻いているイルカに軽く、上掛けだけを被せた。
汗ばんでいる額を、冷たいタオルで拭ってやると心なしかイルカの顔が安らいだように感じる。
「イルカ、早く良くなってね。」と呟いたカカシだったが、はっとなった。
先ほどの自分の行為を思い出したのだ。
「・・・もしかして、さっきのって。」
口移しで薬と飲ます行為って、所謂、あれだよな。
「キスか・・・。」
ばしーん、とハリセンで頭を殴られたような、ひどいショックをカカシは受けた。
なんてこったい。
「キスは告白してからと思っていたのに〜。」
力が抜けて、がくりと跪く。
「告白して目と目で通じ合ってから、イルカが初々しく目を閉じて、そこに俺が恭しくキスをする予定だったのに。」
カカシなりに色々、考えていたらしい。
「駄目じゃん。」
はあ〜っと溜め息をついたカカシだったが、次の瞬間には立ち直っていた。
「い〜や、これは医療行為でキスじゃない。カウントはなし。」
握り拳で自分で自分に力説していた。
「だいたい、このことは俺しか知らないし、黙ってりゃ分からりゃしないしな。」
永遠に黙っていよう、とカカシは心に決めた。
一時間もするとイルカは、ぱっちりと目を開けた。
薬が効いたらしい。
目を開けたイルカはベッドの上に起き上がり部屋の中を、きょろきょろと見回している。
「・・・ここ、どこだ?」
「俺んちだよ。」
カカシが声を掛けるとイルカは、びくりと肩を揺らした。
「カカシさん、の家?」
「そうだよ。」
とりあえず、カカシは自分の服をイルカに手渡して着るように促した。
好きな人が上半身だけでも何も着ていない状況というのは、色々あれだから。
イルカは渡された服を素直に着るとカカシに何か尋ねようと口を開いたのだが、それより先にイルカの腹が鳴った。
「あ・・・。」
自分の腹の音が恥ずかしくて、イルカは顔が赤くなる。
「あの、その、今日の昼から何も食べてなくて・・・。」
あたふたと言い訳をしていた。
そういえば、イルカが手にしていた袋の中には出来合せの惣菜やら何やらが入っていたような気がする。
「こっちにおいで。」とカカシは、イルカを手招きした。
カカシの家の居間でイルカは買ってきた惣菜やらを、カカシに温めて直してもらって食べていた。
家に帰ると言ったのだが、また倒れたらどうするんだ、とカカシが譲らなかったのだ。
「はい、どうぞ。」
カカシは自分の分とイルカの分のお茶を淹れて差し出した。
「ありがとうございます。」
食べ物を腹に入れて、温かいお茶を飲んでイルカは一息ついたようだ。
「すみません。」と頭を下げる。
「ご迷惑掛けてしまって・・・。」
「そんなのいいよ、それより背中、大丈夫?ごめんね。」
カカシはイルカを抱きしめ過ぎたことにより出血させてしまったことを大層、気に掛けていた。
好きな人を傷つけるのは本意ではない。
「あ、気にしないでください。」
イルカは血の気の戻った顔で、少し笑顔を見せた。
「元々、医者からは、もしかしたらまだ出血があるかもしれないから家で安静にしているように言われたんですから。」
カカシさんのせいじゃありません、と気遣ってくれる。
微笑みあって目が合って、なんだか、とても好い雰囲気になっていた。
なんとなく、さっきのことを切り出してもいいかもしれない、と思いカカシは慎重に言った。
さっきのこと、自分の呼び方のことだ。
「俺の班の子供たち、イルカの教え子でしょう?イルカのこと、イルカ先生って呼んでいたよ。」
「そうですか。」
イルカの顔が綻び、子供の話が出て和んでいる。
「俺のこともカカシ先生だって。」
「カカシさんも先生なんですもんね。」
気分も解れたつつあるようだった。
「だからさあ。」とカカシは強請るようにお願いするようして、少しだけ甘えた声を出してみた。
「俺、イルカのことイルカ先生って呼びたいな〜。イルカも、俺のことカカシ先生って呼んでくれたらいいな〜。」
はたけ上忍なんて、仰々しく呼ばれるよりは、ずっとましだ。
勿論、二人きりのときはイルカって呼ぶけど、とカカシは心の中で勝手に決めていたが。
「カカシ先生。」
口の中で反芻してイルカは、にっこりする。
「いいですね、カカシ先生って。」
「でしょう?じゃ、そう呼んでね、イルカのことも、イルカ先生って呼ぶから。」
外ではね、と密かに付け足した。
食べ終わったイルカは、丁重にカカシに礼を述べた。
「本当にありがとうございました。」
「いいよいいよ。」
そのまま、イルカを家まで送ることにする。
「もう、大丈夫ですから。」とイルカは辞退したのだがカカシは押し切った。
「イルカが心配だから。お願い、送らせて。」
下手に出るとイルカは断れない。
「すみません。」と本当に済まなさそうな顔になる。
けれどもカカシは心配する気持ちは嘘ではなかったが、これで、イルカの家が難なく分かると、内心ちょっと喜んでいた。
無事にイルカを家まで送り届けた帰り道、歩きながらカカシは夜空を仰いだ。
星が、たくさん煌いている。
「綺麗だなあ。」
いつかイルカと二人で夜空を、のんびりと見上げて明かない夜を過ごしてみたい。
自分の、その想像に少し恥ずかしくなったカカシだったが重大なことを思い出した。
「告白・・・。」
しようとしたら、イルカが気を失ってしまったのだ。
「ま、いいか。」
カカシは一つ息を落として、先は長いし、のんびりいこうと考えた。
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