至難のわざ9
「イルカって、今、十八でしょう。」
十八って、何が十八なのだろうか?
カカシは話しながら、手際よく、イルカの自分の持っていた薬と飲ませている。
止血剤、鎮痛剤、造血剤と順番に。
薬を口に含ませてから、ゆっくりとイルカの口に水を流し込み、イルカが確実に嚥下するのを見届けていた。
「イルカの年齢だよ、十八歳でしょう?」
カカシの告白に、ええ!と息も止まるほどイルカは驚いたのだが、ちょうど薬を飲み込むとこだったので口には出せない。
動かない体で、僅かに首だけ左右に振ってみるがカカシは気がつかない。
自分の年齢は二十歳を超えている。
一緒にお酒も飲んだじゃないか、とイルカは言いたかった。
お酒は二十歳になってから、というんだし。
「最初にイルカに出逢って助けた時、イルカは十歳だって言っていたから俺とは八つ違いになるなあって思ってさ。最初は可愛い子供だなと、それだけしか思っていなかったんだけどね。」
それから、俺、すぐに暗部に配属されたでしょう、と、どことなくカカシは悲しげだった。
「暗部の任務の合間に、ほんの少しの休みがとれて里に帰って来て、イルカに会って俺が、どんなに慰められたか。」
自分でも知らないうちに、いつの間にかイルカが心の支えになっていた、と当時を振り返ってカカシは想いを馳せているようだった。
昔を懐かしんでいるのか遠い目をしている。
「体がくたくたに疲れている時、心はもっと疲れていて、それがイルカに会って声を聞いて、他愛もない話をしたり聞いたりして、イルカの笑顔を見て自分も笑ったりすると自然と心が軽くなっていくのを感じたんだよね。」
乾いた砂が水分を吸って重くなるように、軽く空っぽだった心が潤って満たされていったんだ。
カカシが話すをイルカは黙って聞いていた。
体が動かせず声が思うように出ないのもあったが、訂正しなければいけない部分は後で訂正すればよい。
誤解がだいぶ、あるようだが初めて知る事実の方が重要だった。
イルカの知らないカカシを知りたかった。
「なんかさあ。」
ふっとカカシは溜め息をついた。
「気がつくと、里に帰ってきてイルカに会う度に、俺、なんだか、どんどん変になっていってさ。」
諦めたようにカカシは語る。
「イルカは可愛い年下の、いたいけな無邪気な子供なのに。・・・・・・なのに一緒に歩いていて、偶然、手が触れたり、顔が近くなったりすると、俺は激しい動悸、原因不明の息切れ、健康なのに眩暈、手足の震えに続いて、突然、イルカを抱きしめたい衝動とかイルカを誰にも見られたくないとか欲求に駆られてさあ。」
大変だったんだよね、と言う。
知らなかった、とイルカは思った。
そりゃあ、知り合ってからカカシとは時々、会ったりしたりしていたけど、その時のカカシは実に落ち着いていて常に穏やかで気配り上手な大人だなあ、とイルカは感心して、こんな大人になりたい、と尊敬して憧れていたものだ。
「今だって、意識して抑えてはいるけど、気を抜いたら、そうなっちゃうんだよね。」
今度は、深い深い溜め息をカカシは吐いた。
「その原因が、純真な子供に邪な想いを抱いていることだって、気がついたときは、かなりビックリしたねえ、自分でも。」
カカシは、ひどく悩んでいたらしい、年齢のことやら何やらで。
「だってさあ、八歳差ってどう?そりゃあ、世間では八歳差のカップルなんてたくさんいるしね、ある程度、許容範囲ではあるのだけれど。」
飲まされた薬の効き目が表れてきたのか、イルカは段々と眠くなってきた。
出血したのも関係しているのかもしれない。
「大人同士の八歳差だったら、いいかなって思うんだけど。成人前の八歳年下の子供に、そういう想いを持つのってどうなのよって修行僧のように日夜、自問自答、葛藤を繰り返していたんだよねえ、俺。」
そして、とカカシはイルカを静かに傷を労わるように、そっと抱き上げた。
「でも、好きになってしまったものは仕方がない。俺がなけなしの理性を総動員して最高ランク任務に望む覚悟で我慢して自制すればいいか、と思っていたんだけど、丁度、そこへ神様が俺の願いを叶えてくれたのか、もしくは試されたのかイルカが俺に告白してくれて、もう、天にも舞い上がる気持ちって、このことを言うのかと生で実感したんだけど、これじゃいかん!と思って。」
何度目かの溜め息をカカシは吐く。
「俺がイルカを絶対に、何があっても、どうしても嫌いになれなかったらイルカが俺を嫌いになってくれればいいか、と思ってさあ。イルカが俺を嫌ってくれれば、イルカに俺も不埒な行いを及ばないと考えたんだ。」
眠くなってきたイルカは、眠りに逆らい目を瞬かせる。
ここまで聞いて眠ってしまったら、元も子もない。
もう少しで総ての謎が解るのだ。
イルカは、なんとか眠りに落ちるのを踏ん張った。
「イルカが俺を好きだと言ってくれた時、俺、生きていて良かったと心の底から思ったもんね。告白された時、俺の中の色々なものを抑え込むのが、本当に大変で大変で、我慢に限界かなって悟ったんだよね。あ、色々なものって主に欲望の類のようなものなんだけど・・・。」
本当にあの時、やばかった〜、勢いでイルカを押し倒しそうに、と言い掛けてカカシは、ごにょごにょと言葉を濁した。
「まあ、そういう訳で。だからイルカに俺を嫌いになってくれって言ったんだよね。」
言いながらカカシはイルカを抱えたまま、ひょいと木の枝に飛び乗った。
イルカを抱き抱えていても揺れもしないので、傷を負っているのに痛みも感じない。
カカシの告白を聞き終えてイルカは眠ってしまう前に、これだけは言っておきたい言葉があった。
今、持っているだけ、ぎりぎりの力を使って言葉を掠れた声で言う。
「ずるい!」
その言葉にカカシは、ちょっと笑ったようだった。
眠りに落ちる寸前にカカシの優しい笑みを見たような気がする。
カカシに大事に大事に運ばれて、イルカは無事に里に帰ったのだった。
至難のわざ8
至難のわざ10(終)
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