至難のわざ7
カカシとイルカは見詰め合っていた。
じっと、ただ、ひたすらに。
お互いがカカシの言葉に戸惑っているようだった。
やがて、イルカが言葉を発す。
「今なんて!」
今度はイルカが、眉を吊り上げてカカシに詰め寄った。
「今、なんて言いました!カカシさん!」
カカシは、イルカの迫力に後退せざるを得ない。
顔には、ヤバい!と書いてあった。
カカシは眉を深く潜めて、とても困った顔をしていた。
「あー、失敗。言っちゃった〜。」
「失敗、言っちゃった〜じゃありません。どういうことですか?」
詰め寄ってくるイルカをカカシは容易く、かわして身を翻す。
「あっ、俺、これから任務だったんだ。もう、行かなきゃ〜。」
「こら、待て!」
イルカが追いかけた時にはカカシは職員室の窓を開けて、桟に足をかけていた。
口布は、もう元に戻っている。
「じゃあねー、イルカ。あ、とにかく、あいつは駄目だから。付き合うのは認めません。」
「そうじゃないだろーが!ちょっと待ってって、ああっ・・・。」
カカシは、あっという間に闇にまぎれて、その姿は見えなくなってしまった。
今から追いかけても捕まえるのは困難に等しい。
その闇夜に、悔し紛れのイルカの叫び声が木魂した。
「戻ってこーい!はたけカカシっ。」
叫び声は虚しく響くだけだ。
「ばかーっ!」
カカシは戻ってくる気配はなく、最後に力いっぱいイルカは叫ぶと息を切らせて肩を怒らせた。
はあはあ、と乱れる息を整えながらイルカは思い出していた。
カカシの、あの目・・・。
イルカを好きだと言ったカカシの目には、嘘は混じっていなかった。
あの時のカカシは恐ろしいほど真剣で、真顔でイルカのことを好きだと言ったのだ。
じゃあ、どうして。
ぎゅっとイルカは拳を握り込む。
唇を強く噛んだ。
どうして、カカシさんは自分のことを嫌いなれなんて言ったんだ。
だって、俺のことを好きなら、好きならば、そんなこと言う理由がないだろ。
訳が解らない。
イルカは気持ちを落ち着けるために、ゆっくりと頭を左右に振った。
カカシさんが何を考えているのか解らない。
解らないけれども・・・。
イルカは、きっと頭を上げた。
次にカカシさんに会った時は、必ず逃さず、訳を訊く!
そう心に誓った。
カカシが任務に出てから数日、イルカは、どちらかというと怒りをエネルギーにして日常を送っていた。
告白してカカシに嫌いになれ、と言われた後は、悲しい気持ちが胸を締めていたが、今は悲しい気持ちを怒りに変えて黙々と仕事をこなしている。
カカシが任務に行く前の出来事を思い出し、答えの出ない問題を延々、考えると遣り切れない気持ちが沸いてきて仕方がないので、脇目も振らず仕事に没頭していた。
そんな折、最近、イルカが仕事に対して異様に情熱を持っていると変に誤解し、一緒に受付け業務に就いた同僚が言った。
「イルカ、力が漲っているのなら任務、行く?一人でだけど。」
「任務?」
「ああ、里外の任務だけどランクは高くない。」
「へえ、どんなの?」
同僚が詳しい話をしてくれた。
「里を出て、ちょっと行ったところにある普段使わない、緊急時用の釣り橋があるんだけど、それが半壊している、という報告が、ずーっと前にあって、その橋を調査してほしいんだ。」
「ふーん。」
「で、半壊が誰かの、故意に因るものなのか、または自然的な要因、落雷のようなものなのか、原因を突き止めるっていう任務なんだけど。」
同僚は、肩を竦めた。
「普段使わない橋だから、この任務、伸ばし伸ばしになっていて困っていたんだ。半壊の原因が解ったら何人かで橋まで行って修繕なり何なりする予定になっている。」
「分かったよ。明日、朝一で行ってくる。」
イルカは勢いよく立ち上がった。
「どうせ、明日は休みだし。家にいても、アレだから。」
家にいてもカカシのことを考えてしまい、悶々としてるに違いないから。
任務で、それを多少なりとも発散させた方がいいのではないか。
イルカは、そう考えて任務を受けることにした。
里外の任務なんて久しぶりでイルカは、走りながら気分が少しだけ晴れるのを感じた。
休みを返上して任務を受けてよかった。
里とは空気が違っていて、日常のことを忘れられる。
一心不乱に走っていると、問題の橋が見えてきた。
橋の周りには人けがない。
緊急時ようなので滅多に誰も通らないのだろう。
イルカは橋が架かっている崖っぷちに生えている木の枝の上に立って、橋を見下ろした。
橋は、半分崩れかかっており、向こう側に渡れそうにない。
「こりゃ、修理じゃなくて、最初から橋を作り直さないと駄目なじゃないか。」
木の上から、軽く飛び降りたイルカは橋の架かっている谷底を覗き込む。
「すごい深いな。」
遥か谷底には川が流れているのが見えた。
「壊れた原因ねえ。」
イルカは、橋を一通り観察してみる。
「術は掛けられてないみたいだな。橋の袂に燃えたような焦げ付き跡があるけれど、あれは雷か・・・。」
もっと、よく見よう橋の袂にイルカが近づくと、きらりと何かが光った。
太陽の光に反射したようだ。
「ん?なに・・・。」
イルカは用心しながら近づいたつもりだった。
少なくとも、その時は細心の注意を払っていた。
しかし巧妙に作られた、目に見えない境界線があったのかもしれない。
一歩、イルカが近づいた時だ。
信じられないほどの音が鳴り響いた。
ドンとかバンとかドカンとか、どういう音だったのか近すぎて解らなかった。
総てが入り混じった音だったのかもしれない。
それは爆発音だった。
きらりと光った何かは、人を誘き寄せるための反射板で、それに反応し人が近づくと爆発するような仕掛けになっていたのだ。
「げほっごほっ。」
黒い煙を吸い込んだイルカは激しく咽ていた。
爆発音が響くより、一瞬、動きが遅れて、まともに爆風を喰らったのだ。
鼓膜が破れなかったのが奇跡だった。
爆発した橋の袂から、少し離れた場所に避難したイルカは、体中、ぼろぼろになっていた。
額当ては、どこかに吹っ飛んで額から血が流れ出ている。
「はー、馬鹿だなあ、俺。」
油断した、と自嘲するイルカは右手で片腹に出来た傷を押さえていた。
傷口を手で押さえている指の間からは鮮血が滴り落ちている。
イルカが身に纏っていた木の葉のマークが入っていたベストは、爆発で焼け落ちて形を留めていない。
ベストがなかったらイルカの体は、粉々になっていたかもしれなかった。
「忍者のベストってすごいなー。」
弱弱しく軽口を叩きながら、イルカは傷ついた体を引きずって手近な木の幹に寄り掛かった。
傷による失血で頭が、くらくらしてくる。
「あー、どうしよう〜。」
任務の時は常備している薬も爆風で吹っ飛んだ。
鎮痛剤やら止血剤やら、何もかもだ。
「はああ。」
酸素が足りなくなってきて呼吸が荒くなってきたイルカは大きく息を吸ったが、その呼吸で傷口が引き攣り痛む。
盛大に眉を顰めた。
里に救援を頼もうにも、この状態では印も結べず、誰かが通りかかる様子もない。
第一、自分の不注意で爆発を招き勝手に傷を負い救援を呼ぼうにも、その理由が情けない。
前にも、こんなことあったなあ。
イルカは、ぼんやり、カカシと初めて逢った八年前にことを思い出していた。
八年前も、自分で勝手に転んで怪我したんだっけ。
目を閉じると、その時の光景が目に浮かんでくるような気がする。
そうして、声がしたっけな。
「なにしてるの!こんなところで!」
そうそう、こんな感じだった。
でも、もうちょっと、のんびりした口調だったけど。
今のは、すごく切羽詰ってるよ。
カカシさんは、のんびりした口調が似合っているんだけどなあ。
そんなことを思ってイルカが口元だけで笑うと、強く名を呼ばれた。
「イルカ!」
霞む目を堪えて、薄く瞼を開ける。
目の前には、よく見知った顔があった。
カカシだ。
真っ青な顔でイルカの前に佇んでいた。
至難のわざ6
至難のわざ8
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