至難のわざ2
次の日、どんな顔をしてカカシに会えばいいんだと思って、散々悩んだイルカの前にカカシは颯爽と現れた。
現れたと言っても、受付け所で受付けをしていたイルカの前に任務の依頼書を貰いにきただけだったのだが。
カカシは爽やかに笑って、イルカに朝の挨拶をしてから、何気なくに聞いてきた。
「俺のこと、嫌いになりました?」
朝っぱらから何てことを言うのだろうか。
昨日の傷も癒えていないうちから、更に傷口を深く抉るようなことをカカシは言う。
だいたい、昨日の今日で、おいそれと気持ちが変わるはずないだろーが。
イルカはカカシを恨めく思いながら、心の中で悪態をつく。
昨日、俺にあんなこと言っておいて、なんで、そんなに自分は爽やかなんだよ・・・。
イルカは、あれから悩んで考えて、夜も碌に眠れず寝不足だったというのに、カカシは妙にすっきりした顔をしている。
それが、また腹が立つと思いながらイルカは渋々、答えた。
「・・・なってません。」
カカシを嫌いになってない、そういう意味である。
別にいいじゃん、好きでいても。
イルカは誰にも聞こえない、心の奥底で呟く。
別に、何も要求する気は全くないし、迷惑掛ける気ないんだし。
告白自体が迷惑だったいうのなら、謝るしかないけれど。
「そうですか、困りましねえ。」
イルカの答えを聞いて、カカシが眉を潜めた。
いったい、何が困ったことなのか解らないが、カカシが困っている。
「とりあえず、俺、任務行きますから。また、あとで。」
そんなことを言ってカカシは任務に行ってしまった。
昨日、俺に「嫌いになってください。」なんて言っておいて、今日は「また、あとで。」って、どういうつもりなんだよ、全く。
カカシの意図するところ、真意が全然解らない。
受付け所から出て行くカカシを見送りながらイルカは、ふとカカシとの出会いを思い出していた。
そう、あれは俺が確か、中忍試験を受ける前の年のことだった。
その時、イルカは十五歳の誕生日を迎える直前でまだ、十四歳で外見は幼く背も伸びておらず体が小さく、実際の年齢より随分と子供に見られることが多かった。
それでも、自分なりに頑張って与えられた任務を着々とこなして、日々の修行も怠ることをせず、小さなことからこつこつという感じで、それを積み重ねて、実力をつけていったのだ。
ある日、イルカは任務を受けた。
まあまあ重要事項が記してある巻物を一人で隣国に届けることになったのだ。
簡単な任務ではあったが、一人での任務でイルカは少々、浮かれていた。
初めてのお使いといった風の任務だったが、下忍の自分に責任ある仕事を任されたということに非常に感銘を受け喜び、また張り切った覚えがある。
これで来年は中忍試験に合格するだろうと、変な自信もついた。
そこまで、思い出してイルカは遠い目になった。
任務は滞りなく終わり、初めてのお使いにしては、まずまずの出来だったんだよなあ。
問題は帰り道だった。
滞りなく任務を終了させたイルカは、帰り道、少々浮かれていた。
任務の達成感が胸を満たす。
俺ってすごい〜、とスキップまでしていたような気がする。
今、思い出すと、かなり恥ずかしい。
若気の至りだな、とイルカは甘酸っぱいような苦いような気持ちを胸の中で噛み殺した。
そして、その浮かれたところに隙があったのか、里が近くなり気が緩んでしまったのか、あろうことかイルカは転んでしまったのだ。
ものの見事に、足を滑らせて正面から受身をとることもなく、べたっと地面に転がった。
トラップや何か仕掛けがあったわけではなく、躓くような石ころもない平坦な地面で、ただ転んだのだ。
何もない場所で転ぶ忍者っているのだろうか・・・。
思わず、自問自答してしまう。
尚、そんなイルカに追い討ちを書けるように、転んで呆然としているイルカの右足に激痛が走った。
痛みは右足の踵の上部、つまり、脹脛からしている。
この痛みと痛む部位からすると足の腱が切れたのか・・・。
足の腱とは、とどのつまり、アキレス腱だ。
イルカは、痛みで動かない自分の足を見詰めた。
忍者なので怪我や病気にある程度、耐性はあるが、足の腱が切れたのは初めてであったので、ちょっとびっくりもしていた。
アキレス腱が切れると、こんなに痛いんだ・・・。
痛みを堪えて立ち上がろうとしたが、余りの痛さに断念した。
どうしよう。
イルカは任務に出る時に常備することになっている薬の中に痛み止めはあるはずだ、と気がついて探してみたが、こんな時に限って不運は重なるもので、持っていた薬の中に痛み止めだけがなかったのだ。
痛みが収まれば、どうにかなると思うんだけどなあ。
なんとか痛む足を引きずってイルカは、近くにあった大きな木の根元に腰を下ろした。
木の幹に体を預けて寄りかかる。
里は、すぐ、そこなのに。
若いイルカは、ああ、と息を吐き空を見上げた。
さっきまで天気が良く晴れていた空は、イルカの心を反映しているのか、急激に黒い雲が立ち込めて今にも雨が降り出しそうになっている。
「あーあ。」
空を見上げていたイルカは絶望の声を出す。
遂に雨が降り出したのだ。
しかし、今のイルカにはどうすることもできない。
動くことさえ儘ならず、雨が体に当たって、服に沁み込み冷たくなっても為す術もない。
里が近いので救助に来てもらうことは可能だが、それにしても、理由が恥ずかしすぎて、来てもらう気にもなれないのが本音だった。
何もない所で転んで、その拍子にアキレス腱切って、痛み止めを持ってくるのを忘れて立ち往生している、なんて言えるわけがない。
なんと情けない理由だ、未だかつて、そんな忍者いたであろうか。
ばれたら、伝説の忍者になっちゃうよ。
間抜けな意味での・・・。
実際、間抜けだけどさ、とイルカが自嘲して笑った時、場にそぐわない、のんびりとした声がした。
至難のわざ1
至難のわざ3
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脹脛(ふくらはぎ)