幸せ星13
吐き出した息は安堵の息だった。
ほっとしたのだ、心から。
何をって色々な、今まで疑問に思って勘違いしていたことが一気に氷解したからだ。
イルカの心の中にあった塊を溶かしてしまった。
総て。
「ね、イルカ先生、違ったでしょ。あいつは恋人なんかじゃありません」
カカシの声には、ただ頷くだけだった。
「俺の恋人はイルカ先生だけですから」
恥かしいことを道の真ん中、人の前でカカシは平気で言う。
「俺はイルカ先生が好きでイルカ先生が恋人ですから」
臆面もなくカカシは、きっぱりと言い切った。
本来なら、こんな場所でそんなことを言われたら臆してしまうイルカであったが。
この時ばかりはカカシの、その言葉を素直な気持ちで聞いてしまった。
もっと詳しく話を聞きたい。
両親のことが特に聞いてみたい。
イルカが女性に申し出ると「喜んで」と女性は、にっこりと笑った。
「私もイルカ君に話したいことがたくさんあるの」
「えー、じゃあ俺は?」
腕の中にイルカを収めたままのカカシが不満そうに声を上げる。
「イルカ君には私から全部話すから、はたけはもう帰っていいわよ」
「そんなわけにはいかないね」
ばちばちと火花を散らして二人は睨みあった。
「イルカ先生は俺の恋人だし、一緒にいるのが当然でしょ」
「恋人だっていうのなら相手を尊重して
一人になる時間を作ってあげるくらい寛容でないとね」
「そんなの言われなくたって分かっていますー」
「だったらイルカ君の邪魔をしないで帰りなさいよ」
二人は口げんかを始めている。
「あ、のう」
そんな二人にイルカは恐る恐る口を挟む。
「立ち話もなんですから」
二人の視線がイルカに向かってくる。
「もし、よかったら俺の家で話すってのは?」
提案してみると意外にも二人は了承したのだった。
「ここがイルカ先生の家なんだ」
「ここがイルカ君の家なのね」
カカシと女性はイルカの狭い家の狭い居間に座っていた。
狭い家を見回して嬉しそうにしている。
狭い家を自覚しているだけに事細かに見られると恥かしくなってしまうイルカだ。
とりあえず二人に茶を出した。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
二人は礼を言って茶を啜る。
するとテーブルに置いてあった手紙に女性が気づいた。
イルカの家に時折、届く宛名が書いてない例の手紙だ。
イルカを気遣うことだけが書いてある。
「よかった、手紙届いていたのね」
女性が微笑む。
「え、ってことは、この手紙の送り主は・・・」
「そう、私なの」
照れくさそうに女性は笑った。
それから女性は話してくれた。
「私はうみの先生とうみのさんにとてもお世話になったの。二人ともとても親切で」
イルカの父と母のことだ。
「身寄りのない私を本当の子どもみたいに可愛がってくれて私も本当の両親みたいに思っていた。
お二人のことが大好きだったから、そのお二人の子どものイルカ君のことももちろん、
とても好きだったわ。弟みたいで」
「そうだったんですか」
知られざる真実が明らかになる。
イルカは感慨深く女性の話を聞いていた。
カカシも黙って邪魔をしない。
「それでね、ある時任務で私、利き腕を怪我してしまって。
結構、重傷だった。一人暮らしで不便でしょうとうみの先生が言ってくれて
怪我が治るまでイルカ君ちで暮らすことになったの」
初めて聞く話だった。
イルカの家で、というのは多分、現在、住んでいる家ではなく両親が生きていて頃、住んでいたと思われる一軒家のことだろう。
「その時、イルカ君は五歳で小さかったから覚えていないのも無理ないわ」
私はイルカ君と年も離れているから覚えているけど、と女性は付け加えた。
カカシが小さい声で、ちゃちを入れた。
「実はイルカ先生と十歳も年が離れているんだよねえ、この人」
ごち、と音がして女性の鉄拳がカカシの頭に落ちる。
痛がるカカシを無視して女性は語った。
「それでね、イルカ君の家にお世話になっている時は私が小さいイルカ君のお守りをしていたんだけど」
そう言われると薄っすらと、お姉ちゃん、と呼んでいたような人がいたことを思い出した。
「ある日、イルカ君が家の傍にある森の迷い込んでね、探しに行ったら、なんと・・・」
女性がカカシを、じろりと見る。
「はたけと一緒にいたのよね。はたけはイルカ君と四歳違いでしょう?上忍で九歳くらいで分別がつく年頃よね」
「はあ、そうだったんですか」
イルカはカカシのことが、いまいち思い出せない。
子どもの頃、森の中でカカシさんと会っていたのか、俺・・・。
「そのはたけがイルカ君に約束させていたのよ、ファーストキスは俺にちょうだい、とかなんとかって」
「いいじゃな〜い」
カカシがのんびりした声を出す。
「よくない」
女性が、ぴしりと言った。
「五歳のイルカ君にファーストキスなんて分かる訳ないのに、そんな約束させて。
不届きなやつめ、って思って名前を聞いたら、あっかんべーって舌を出して『はたけ』と言い捨てて逃げてしまったの」
捕まえられなかったわ、と女性は悔しそうにしている。
「その後、はたけと会うこともなく記憶から消されつつあったんだけど」
「この前、偶然にも任務の時、再会してさ〜」
「あ、あの時の不届きなやつ、と思い出したの」
「俺も忘れていたイルカ先生との思い出を思い出してね」
「で、はたけはイルカ君のこと今でも諦めていないみたいだったし」
「俺はイルカ先生が運命の人だって分かって嬉しくて嬉しくて」
「私はイルカ君を守らなくちゃと思って」
「俺はイルカ先生との仲を頑張ろうと思って」
そうしてお互いがお互いの行動を妨害していたらしい。
妨害するために二人は始終、一緒にいたのだ。
一緒にいたから恋人だと噂された、決して仲が良かったわけではないのに。
聞いてみると真相は単純な話だった。
「朝までお酒を飲んでいたというのは?」
「あー、あれねー」
カカシが茶を、ごくりと飲む。
「イルカ先生が任務で里にいないから一時休戦ってことで」
「朝までイルカ君の子ども頃の話をしていたの」
盛り上がっちゃって朝まで話していたわ〜と女性は、
その時のことを思い出しているのか楽しそうにしている。
「そうだったんですか」
今度こそ本気でイルカは、どっと体の力が抜けた。
今まで自分が悩んだのは何だったんだろう?
もっと早くカカシさんに勇気を出して聞けばよかったのに。
あれこれ考えて自信喪失して自己嫌悪に陥ったりせずに。
イルカは後悔と反省をする。
もっとカカシさんを信じようと。
最後に女性は言った。
「私は明日の晩に、また長期任務で里を離れます、その前にイルカ君に一目会いたかった。会って謝りたかったの」
「え、謝る?」
女性の意外な言葉だ。
「ごめんなさい」
深々と女性は頭を下げた。
「うみの先生とうみのさんが亡くなってイルカ君が一人になったと知った時、私はイルカ君の力になりたかった。
出来ることならイルカ君を引き取って一緒に暮らしたかった、でも出来なかったの」
女性は任務で里を離れることが決まっていたのだ。
どうしても変更は出来なくて。
「イルカ君のご両親にとてもお世話になったのに、イルカ君の力になれなくて」
私は恩知らずだわ、と女性は肩を落とした。
イルカを気遣う手紙を出すももの、後ろめたくて名乗ることが出来なかったらしい。
それが送り主不明の手紙の正体だった。
「そんな、こと・・・」
イルカは胸がいっぱいになる。
「そんなことありません」
ぱちぱちを盛んに瞬きを繰り返した。
「俺の方こそ勘違いしてすみませんでした」
そして言った。
「ありがとうございます」
自分のことを、そんな風に思ってくれる人がいるなんて嬉しい。
「こちらこそ、ありがとう」
女性も穏やかな笑みを浮かべる。
「まあ、イルカ君の傍にはこの世で一番、イルカ君を想ってくれる人がいるから大丈夫ね」
反対しつつも女性はカカシとイルカの仲を認めているようだ。
「イルカ君を泣かせたら承知しないから」
カカシに、それだけ告げて女性はイルカ宅を後にした。
また手紙を書くと言い残して。
部屋にカカシと二人だけになる。
「寂しいでしょ、イルカ先生」
カカシが両手を広げる。
「寂しい時は俺のところにおいでよ」
優しく誘われた。
誘われてイルカは、すとん、とカカシの腕の中に入る。
カカシの体温で安心した。
抱きしめれてイルカはカカシがいてよかった、と心から思ったのだった。
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