幸せ星11
「あ、でもさ」
同僚は取り繕うにイルカに言った。
「俺、聞いたんだけど。ほら、あの女の上忍の人、何でも近いうちにまた長期任務に出るらしいってことだぜ」
これは確実と同僚は胸を張る。
「確かな筋から聞いた話でな、あの人は元々長期任務に就いていて今回、里には調整のために帰ってきたんだって」
だから、と同僚はイルカの肩を叩く。
ぽんぽん、と軽く慰めるように。
「あの人がいなくなれば、はたけ上忍もイルカの元に戻ってくるさ」
そうだろうか・・・。
今のイルカでは、そう思うことは出来ない。
噂が一人歩きして、それに振り回されている自分がいることは否めないが。
カカシとの繋がりを壊してしまったのは自分のような気がする。
イルカは、ぽつりと呟いた。
「一度、壊れたものって元に戻るのかな」
誰ともなく呟かれた言葉は答えを求めてはいなかった。
「なんだなんだ、イルカらしくないなあ」
同僚は落ち込むイルカを放っておけないらしく、今度は背中を強く叩いた。
「前向きなイルカはどこいったんだ?」
「だってさ」
イルカは、つい溜め息を吐いてしまった。
だってさ、と心の中で思う。
分かってしまったんだ、と。
カカシさんが女の人と楽しそうにしていたと聞いて嫉妬してしまったこと。
そして、これが失恋かもしれないんだということ。
心変わりは人の世の常だと分かっていても割り切れないこともあるんだということ。
きっと、これが好きなんだと気持ちだと分かってしまったのだ。
「よし!イルカ!」
同僚は元気な声を出した。
「今夜は飲みに行こう!」
「でも、俺、そんな気分じゃ・・・」
「こういう時は飲んで忘れるものだって」
飲んだからって忘れられるものじゃない、ということは知っていたが同僚の気遣いが嬉しい。
「・・・そうだな」
イルカは素直に頷いた。
「たまにはいっか」
ずっと仕事が忙しく、酒を飲むのも久しぶりだ。
「そうこなくっちゃ!」
同僚は明るく笑う。
「イルカは任務明けで明日、休みだろ?俺も明日は休みだから、今日はとことん飲もうぜ」
張り切っている。
「うん、そうしよう」
やっとイルカも笑顔になって同意した。
ちらとカカシの顔が脳裏を掠めたがカカシは任務で里に不在であった。
その夜、久しぶりに強か飲んだイルカは少々酔っ払っていた。
他愛もない世間話をしながら、ゆっくりと酒を長時間飲んだのだ。
気がつくと深夜を回っていた。
「イルカさ〜」
同じく、同僚も少々酔っている。
「俺んち、泊まっていけば?近いしさ」
「そうだなあ」
酔い心地のままイルカは、ぽわんとした感じで応じる。
「そうすっかなあ」
帰るの面倒だし、というのが本音だ。
酔うと帰るのが面倒になるのはどうしてだろう?
「じゃ、決まり〜」
よっこらしょと同僚は立ち上がる。
「俺んち、行こう〜。あ、寝るのは弟妹たちと一緒の部屋で雑魚寝だから」
「ぜんぜん、オッケー」
そんな訳でイルカは、その夜、同僚の家に泊めてもらうことになった。
次の日の朝。
同僚の家に泊めてもらったイルカは、酷い目にあっていた。
あっていたというか、あわされていた。
朝、目が覚めたイルカは奇襲を受けたのだ。
同僚の弟妹たちに。
小さい子どもが、わらわらとイルカの体の上に乗ってくる。
わあわあと、はしゃぎながら「お客さんだ!」「兄ちゃんの友達だ!」と嬉しそうにイルカに乗っかってきた。
「おーもーいー」
乗っかられたイルカは、堪ったものではない。
アカデミーで子どもの扱いに慣れているとは言え、小さい子どもに体の上に乗っかられてジャンプされてしまったりして
朝から死にそうになっている。
「ぎゃー、背中で飛び跳ねるなって!腰の上でダンスするなー!」
散々、弄ばれていた。
弟妹たちは子どもなだけに容赦がない。
手加減というものを知らず、同僚が朝ご飯を用意してくれている間、イルカは子どもたちの相手をしていたのだった。
「この世で一番、最強なのは子どもかもしれない・・・」
アカデミーで先生をやっていて何度も思ったことだが今日も朝から、それを痛感させられた。
「子どもって強いなあ」
それに元気でいい、とイルカは思い出して微笑んだ。
子どもの相手は大変だけど元気がもらえる、と思っている。
同僚宅で朝ご飯をご馳走になったイルカは帰宅の途についていた。
いつまでも留まるのは悪い。
そして子どもたちに乗られた背中や腰を擦る。
「いてて、思い切りやられたからなあ」
子どもに元気も貰ったが痛さも貰った。
だけど忍なのに腰を擦る姿は、ちょっとだけ情けない。
その時、イルカの背後から声がした。
「朝帰りですか?」
冷やりとした空気を纏う声だった。
え、と振り向くと朝の光の中にカカシが佇んでいた。
カカシは真っ直ぐにイルカを見ている。
出された片目は鋭い光を放っていた。
慄くようにイルカは息を呑むとカカシから一歩、退いた。
退くイルカにカカシは一歩近づく。
「誰と朝までいたんですか?俺が任務でいない間に誰と、どこで何をしていたの?」
カカシの抑えている怒気がイルカの肌に痛いほど突き刺さってきた。
「・・・・・・カカシさん」
やっとイルカは言葉が出た。
掠れた弱弱しい声だったが。
「違うんです、あの、その。ちょっと・・・」
飲みすぎて、と言おうとしたのだがカカシの方が早かった。
目にも止まらぬ素早さでイルカの目の前に移動してくるとイルカの両腕をがっちりと掴む。
逃がさぬように強い力で。
「俺のこと好きだって言ってくれたのは嘘だったんですか!」
カカシに問い詰められた。
嘘じゃない、カカシのことは好きだ。
でも・・・。
「俺たち、恋人じゃないの?なのに」
カカシの顔が何かに耐えるように歪む。
「なんで他のやつの家に行ったりするんですか、それも朝まで」
イルカが責められている。
そんなこと言ったって。
ぐっと唇と噛み締めたイルカは込み上げてくるままに言ってしまった。
「カカシさんだって」
「俺?」
カカシが不可解な顔をする。
「カカシさんだって女の人と朝まで一緒にいたって聞きました」
「俺が・・・」
分からないとカカシは首を傾げている。
本当に分かっていないようだった。
「任務先で再会したっていう綺麗な女の人とです」
「ああ」
ようやくカカシは思い至ったらしい。
「あいつですか、あいつはですね・・・」
説明しようとカカシはしたのだがイルカは、それを遮った。
聞きたくない。
カカシと恋人を噂される女性のことをカカシの口から聞きたくない。
「あの人のこと、カカシさんは好きなんでしょう」
イルカは、ずばり言った。
え、とカカシが動揺するのが伝わってくる。
「カカシさん、俺のこと好きだって言ってくれたけど、それは一時の気の迷いで本当は・・・」
本当は・・・、その先を言おうとしてイルカは悲しい気持ちに襲われた。
悲しくて胸が張り裂けそうだ。
でも言ってしまった。
「あの人のことが好きで、あの人が恋人なんじゃないですか」
とうとう言ってしまったのだった。
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