花の咲く色 13
「カカシ、さん・・・」
俺が名を呼ぶとカカシさんは俺に視線を寄越した。
・・・怒っている。
すごく怒っている。
顔には何の感情も浮かんでいないけれど、俺には解る。
カカシさんが怒っているって。
「あの」
何と声を掛けていいものやら。
「えと」
漸く言えたのは、ただ一言。
「お帰りなさい」だった。
見たところ、カカシさんに怪我はないみたいで安心する。
「・・・ただいま」
重い声だったけれども、返事をしてくれたことにも安心した。
安心したけど、この後、どうしたらいいんだ。
途方に暮れる。
カカシさんは怒っているし・・・。
こういう時は、やっぱりあれだ。
すっぱりと謝ろう。
悪いことしたら謝るとアカデミーで教えているし。
だから、俺は素直に謝った。
「ごめんなさい、カカシさん」
危ないときはカカシさんを呼ぶ。
もしくは逃げるように、とカカシさんに言われていた。
さっきの上忍はカカシさんの中でも俺の中でも、要注意人物だった。
結果としては何もなかったけど、結果が問題ではない。
カカシさんと約束したのに、俺が実行しなかったから悪いのだ。
「ごめんなさい」
頭を下げるとカカシさんの声がする。
「何を謝っているのか、解っているんですか?」
謝意を問われた。
「それは・・・」
何を言っても怒られそうな雰囲気なんだけど。
「カカシさんとの約束を破ったからです」
「約束って」
「危なそうなときはカカシさんを呼ぶか、若しくは逃げるか」
「それで?」
「それを俺がしなかったから」
「どうして」
うう、尋問されている気分だ。
「どうしてって」
口篭ってしまった。
大丈夫そうだったし、それに話を聞いてみたかったしで。
うーん・・・。
黙っているとカカシさんが言った。
「何も解ってないんですね」
ひどく静かな口調だったけれども、明らかに苛ついている。
「もういいです」
カカシさんは、ぐいっと俺の手を握って引っ張った。
「ここで、話しても埒が明きません」
家に帰りましょう、と。
家に帰って、じっくりとっくり話しましょうと。
どちらの家に帰るのか、と思っていたら俺の家だったので、ちょっぴり安心した。
家に着くと向かい合って正座して、カカシさんがきりりと鋭い視線を投げてくるので居た堪れなかった。
どうしよう、すっごい怒っているよ、カカシさん。
謝っても、何か違うみたいだし。
どうしたらいいんだろ・・・。
先にカカシさんが口火を切った。
「あのですね、イルカ先生」
「はい」
「この際、はっきりと言っておきますけど」
「はい」
俺は殊勝にカカシさんの話を静聴する。
「俺」
カカシさんの目が強い光を放ち異様なくらい、ぎらぎらとしていた。
「俺、絶対にイルカ先生以外、好きになったりしませんから」
「・・・はい」
急に、どうしたんだろ。
嬉しいけど。
「イルカ先生とじゃなければ幸せになりません!」
宣言された。
ああ・・・。
カカシさん、話を結構、始めから聞いていたんだ、それで。
それで、こんなことを言い出したのか。
始めの方から話を聞いていたカカシさんの気配、俺は全然、解らなかったなあ。
上忍は、やっぱりすごい。
「こら、イルカ先生」
そんなことを考えていたら顔に出たのか、カカシさんに指摘された。
「別なことを考えないで、俺の話に集中してください」
「はい」
「なのに、何であいつに、あんなこと言うんですか!俺が将来的に、イルカ先生じゃない人を好きになるみたいな感じじゃないですか!」
そんなこと有り得ないのに!とカカシさんは言っている。
「だいたい、俺がイルカ先生のことを、どんっだけ好きか知らないんですか!知らないなら解らせてあげましょうか?」
カカシさんが、ぐぐっと俺に迫ってきた。
向かい合って座っているけど、間にはテーブルも何も挟んでいない。
迫ってきたカカシさんは正座している俺の脚の上に両手を着く。
かなりの体重が圧し掛かっているはずなのに、全く重くない。
重さを感じないのは、何でだろう?
術か何かを使っているのかなあ、不思議。
「ほら、また!」
近くなったカカシさんの顔が顰められた。
「別のこと考えてる」
何で解るんだ、カカシさん。
俺の心が読めるのか・・・。
「俺はね、イルカ先生のことなら何でも解るんです」
申し込んだときの言葉を忘れたの?と聞かれる。
申し込んだって、お付き合いを申し込んだ時の言葉かな?
よく覚えているけど正直、意味がよく解らなかったんだよなあ、実は。
カカシさんが俺にお付き合いしましょうと言ってくれて、俺たち二人のお付き合いが始まったんだよね。
確か・・・。
俺は思い出していた。
カカシさんが言ってくれた言葉を。
そう、確か「俺にイルカ先生の優しさを全部ください」って言われたんだっけ。
優しさを全部。
言われたときは本当に解らなくて首を捻って考えてしまった。
割と長い間。
カカシさん、何を言っているだろうって。
後で、事細かに解説されたけど。
ふと思いついてカカシさんに訊いてしまった。
「俺のどこを好きなったんですか?」
「え。そ、それは・・・ですねえ」
触れんばかりに近づいていたカカシさんが俺の質問に僅かに動揺した。
照れているのかな、照れているカカシさんは可愛い。
「イルカ先生のどこが好きって、それは全部ったら全部なんですけどね。イルカ先生の全部を愛しく思っちゃったりして夜、布団の中で考えると身悶えしたりしちゃって」
いつの間にか、話しながら元の位置に体が戻っている。
顔が、にやけていた。
「イルカ先生の体で一番好きな部分は内緒ですよ。あ、顔も大好きですからね。イルカ先生の笑った顔が一番好きなんですよね〜」
あ、それは俺と一緒だ。
俺もカカシさんの笑った顔が一番好き。
「最初に好きになったのはイルカ先生の優しいところなんです」
「そうなんですか」
知らなかった。
「初めて出逢ったとき、イルカ先生、俺を助けてくれたでしょう?」
そんなこともあったかも・・・しれない。
「もう覚えてないかもしれませんが、俺を助けてくれたとき、イルカ先生は俺に優しくしてくれました。怪我した俺を病院まで連れてってくれましたよね。お見舞いにも来てくれましたよね」
カカシさんの瞳は、きらきらと輝いている。
「イルカ先生は誰にでも優しいから、俺もその内の一人にしか過ぎないということは自覚しています」
それでね、とカカシさんは膝を詰めてきたので、カカシさんと俺の膝は、ごっつんこ、とぶつかった。
「そこからイルカ先生が好きになって、イルカ先生を夜となく昼となく影から見守りながら、いつ告白しようかとチャンスとタイミングを窺いながら、俺は思ったんですよね」
カカシさんは真剣だった。
「この人、優しすぎるなあって。誰にでも優しくて・・・。それは勿論、すごいことですよ」
すごいことは解っていますけど。
「でもね、優しすぎて心配になりました。それに思ったんです」
イルカ先生に優しくしたいって。
にこ、と笑ったカカシさんは俺の一番好きな顔をしていて。
もう怒ってはいなかった。
「イルカ先生の優しいところ含めて、今ではイルカ先生の全部が好きです」
俺の手をカカシさんは優しく握ったのだった。
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