花の咲く色 12
それから、何度か、その上忍に遭遇した。
その度に呼ばなくても、カカシさんが現れて邪魔していく。
決して、その上忍を俺の傍に近づけない。
・・・でもなあ。
その上忍は俺に会うと言う。
「訊きたいことがある」とか「話がある」とか。
話って何だろう?
もしかして、本当に何か話したいことがあるのかもしれないなあ。
そんなことを思ってしまう。
一度、きちんと話を聞いてみた方がいいだろうか。
そんなこんなで一週間が過ぎた。
偶然、会ったハヤテから不穏な噂を聞く。
「例の上忍の方の噂を聞きましたか」
「なに、噂って」
「ほら、恋愛クラッシャーってやつですよ」
ごほ、とハヤテは口に手を当て咳をする。
「帰還して一週間でに二組のカップルの仲を壊したらしいですよ」
・・・一週間で二組って。
「あ、でも噂なんだろ?」
根拠のない事実は言ってはいけない、と思う。
「まあ、そうですがね」
ハヤテは渋い顔。
「あの上忍のすごいところは仲を壊しておきながら、当の本人たちは壊されたことに全く気がついてないってことなんです」
「ふーん」
「第三者から視れば、壊されたのは一目瞭然なのに。そこら辺が破壊神としての本領発揮ですね、相手に何にも気づかせずに壊してしまう」
ハヤテは心配そうな顔をして俺を見た。
「イルカも、くれぐれも気をつけてくださいね」
身辺の警戒を怠らないように。
何だか、カカシさんと似たようなことを言っている。
「うん、まあ。気をつけるよ」
「そうしてください」
ハヤテは去って行った。
零案クラッシャー、破壊神・・・。
戦闘においては、きっと遺憾なく、その力を出し切って、きっと頼れる存在なのだろうけれど。
人の恋愛を壊すなんて穏やかじゃない。
そう思うんだけど、そんなことをするには何か理由があるのかなあと思い悩んでしまう俺だった。
「じゃ、俺、今日から任務に行って来ますけど」
ぎゅっとカカシさんが俺の手を握った。
「危ないことはしないでくださいね。危険を察知したら戦わずに逃げるんです。逃げるが勝ちとも言うでしょう、逃げることは恥ずかしいことではありませんから。戦略の一つです」
なんて言う。
「大丈夫ですよー。ここは里ですし」
それよりもカカシさんが心配だ。
これから単独任務、ランクは高い。
「カカシさん、任務、お気をつけて」
怪我なんてしないでくださいね。
優秀な忍者であるカカシさんは、滅多に怪我なんてしないけど、それでも不安は残る。
「解りました」
にこ、と笑うカカシさん。
「約束します、怪我をしないで帰ってくるって」
「はい」
「明日の夜には帰ってきますから、戸締りはちゃんとしてください」
まるで子供の心配をする親のようだった。
なんだけど。
カカシさんを安心させたくて俺は、こくりと頷いた。
「はい。戸締りして、カカシさんが帰ってくるのを待っています」
「なら、いいです。それで、えーとですね」
今の今まで任務前で、きりりとしていた顔のカカシさんが急に、もじもじとし始めた。
どうしたんだろ。
「気になることでも?」
忘れ物かな?
ここは、まだ家の玄関だし、忘れ物があるのなら取ってくるけど。
「あのですねえ、イルカ先生。思い切っていいますが」
顔を寄せてきたカカシさんが小声になる。
・・・家の玄関だから、俺たち二人しかいないのに。
「キス、してもいいですか?」
耳元で囁かれた。
意味が解った途端、自分でもどうかと思うが、ぼんっと赤くなった。
キス、キスって、あー、あのキスか・・・。
そういや、あの日以来、キスしていない。
キスしなくてもカカシさんが身近にいたし、家に帰ってくれば二人だけなので思う存分、くっ付いていられるので必要性を感じなかった。
世間の恋人の皆さんは、そんなに、しょっちゅうキスしているのか?
イベントの日や、記念日だけでなく。
しかし、断る謂れもない。
俺は赤い顔のままで、首振り人形見たく、こくこくと首を振る。
「いいです、よ」
俺に釣られたのか、心なしかカカシさんの顔も赤い。
「じゃ、じゃあ、遠慮なく」
目を瞑ると、そっと唇に何かが触れて、そっと離れていった。
軽く、ふんわりなキス。
目を開けると、片目だけ出しているカカシさんの目の周辺が真っ赤に染まっている。
さっきの比ではない。
「イルカ先生」
俺の顔を見ないで、早口なカカシさん。
「任務に出発します。なるべく早めに帰ってきますから」
行って来ます!
結局、俺の顔を見ずに玄関を飛び出すように出て行ってしまった。
「行ってらっしゃ〜い」
俺はカカシさんを見送って、ほっと息を吐いた。
キスって緊張する、とても。
好きな人とするから緊張するのかな・・・。
だけどキスした後は、とっても胸があったかくなる。
これが幸せっていうやつか。
俺は一人、幸せを噛み締めていた。
カカシさんが帰ってくると行っていた日。
仕事が長引いて帰るのが遅くなってしまった。
受付所で仕事をしていたのだが、カカシさんは姿を現さなかった。
単独任務だから、報告書を火影さまに直接、提出している可能性もあるが帰って来たら、絶対に俺に顔を見せてくれるから、まだ帰ってないと思う。
・・・大丈夫かな、カカシさん。
無事に帰って来るのなら、任務の日にちが延びても全く構わないから。
早く帰ってきてほしいけど、早く会いたいけど。
ここは我慢だ、カカシさんの方がしんどいはずなんだから。
そんなことを考えながら、川べりを風に吹かれて歩いていたのだが、突然、声を掛けられて、ぎょっとした。
暗闇から姿を現したのは、あの上忍だ。
ゲンマさんとハヤテが壊すのが得意な、恋愛クラッシャーだと評した、例の上忍。
「こんばんは」
にっこりと笑った上忍。
笑っているけど、目が笑ってないのが丸分かりだよ。
ちょっと怖いなあ・・・。
俺は無難に挨拶を返した。
「こんばんは」
いつでも逃げ出せるように頭でシュミレーション。
「話があるんだが」
話・・・。
「何でしょうか」
「まあ、そんなに長い話ではない」
何の話かな?
興味があったけど、俺も聞きたいこともあった。
「俺もお聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
切り返すと意外そうな顔になった。
「おやおや」
びっくりした顔になる。
「そうだね、いいよ。先に話してごらん」
お言葉に甘えて俺は先に聞いてみることにした。
ずばり。
「どうして、人の恋愛を壊すんですか?」
直球。
「人様の恋愛を壊して、どうするんですか?」
そう、これが聞きたかった。
「別に」
上忍は肩を竦めた。
「どうもしないよ。強いて言えば、暇つぶしだな」
暇つぶし・・・。
「所謂、人生におけるゲームだ」
「あのですねえ」
さすがに俺も腹が立った。
「恋愛を壊してゲームはないでしょう。人の気持ちを何だと思っているんですか?恋だの愛だの、デリケートな問題に首を突っ込むなんて」
勢い余って、アカデミーで生徒にお説教するように、くどくどくど言ってしまった。
多分、時間にして十五分は超えている。
だって、お説教というか、喋ることは職業柄得意だから。
極めつけは。
「こんなことをするには何か深い訳でもあるんでしょう。言ってみなさい、自分を見つめることも大切です。言葉に出すことで、案外、視えないものが視えてくるもんです」
完全に余計なことを言ってしまっていた。
あああ〜、ヤバい〜と思ったけど、もう遅い。
口から出た言葉は取り消せない。
なんだけど。
俺の説教が効いたのか何なのか、上忍が吐き捨てるように言った。
「昔、振られたんだよっ!」と。
「え・・・」
えっとー、まさか、そうくるとは思ってもみなかった。
よくよく聞いてみると、これでもかっていうほどの手酷い振られた方をして、それがトラウマとなり、人の恋愛を壊すようになったんだとか。
ううーむ。
「それ以来だ、幸せそうなやつらを見ると無性にどんな手を使ってでも、その仲を引き裂いてしまいたくなるんだ」
何と言っていいのかなあ・・・。
「幸せな恋人たち?笑わせんな!そんなやつら、滅びてしまえばいい!」
どうやら、本気で言っているようだ。
最初に感じた不気味さは、この辺の黒い感情が混ざり合って醸し出したものしれないなあ。
「お前だって好きな人から、他に好きな人が出来たから別れる、とか言われたら腹立つだろう?悲しいだろう?苦しいだろう?今まで過ごした二人の時間は何だったんだろうと虚しく思うだろう?」
「そうですねえ」
しかし、気持ちは移ろいやすいもの。
将来、俺がその立場にならないとは限らないんだけれど・・・。
仮定としては、カカシさんに俺の他に好きな人が出来たら、ってことになる。
仮定として考えただけでも、ぐさっときた。
ぐさぐさっと心に刃が深く突き刺さる。
うう・・・、考えたくはないなあ。
胸を押さえて、深呼吸。
気持ちを落ち着かせてから俺は応えた。
「そうなったら悲しい、ですね」
悲しくて苦しくて辛くなるだろうなあ。
でも、虚しいとは思わない、絶対。
「でも、俺の他に好きな人が出来たのなら」
ふっと脳裏にカカシさんの顔が浮かんだ。
笑っている顔、俺の好きな顔。
「それは、それでいいです」
「は?」
上忍は俺の発言を聞いて、理解不能な顔をしている。
そりゃあ、そうだろうなあ。
自分でも、おかしいと思うから。
「勝手な言い分なんですけどね、もしも俺の他に好きな人が出来たのなら俺のことなんて、すっぱり忘れて、その人と幸せになってほしいんです」
それと。
「これも勝手に思っていることなんですけど、もしも万が一、自分が先にこの世からいなくなってしまっても俺のことは忘れて、他の人を恋愛して幸せな人生を過ごしてほしいと思っています」
「・・・なに、言っているんだ」
「えええとですね、上手く説明できないんですが・・・」
考え考え、言葉を選びながら言う。
「好きな人には幸せになってほしいだけです、俺とじゃなくてもいいから。俺は好きな人のことを生涯、忘れませんが」
忘れられない云々を言うつもりはない。
「自分じゃない、他の人を選んでも好きな人が幸せだったら、それで」
「ふん」
上忍は「馬鹿馬鹿しい」と俺を眇めた目で見る。
「そんな綺麗ごと、世の中で通用すると思っているのか」
「ですよね・・・」
「世迷言もほどほどにしろ」
「すみません・・・」
気分を害してしまったらしい。
「おい、はたけ!」
急に上忍は叫んだ。
はたけって・・・、はたけ?。
「隠れてないで出て来い!このお人好しを迎えに来い!」
「言われなくても解っているよ」
すっとカカシさんが、すぐ傍の木の陰から出てきた。
「殺気を器用に俺ばかりに向けやがって!」
上忍はカカシさんを一瞥すると、俺を指差した。
「こいつの所為でやる気がなくなった」
それだけ言うと、くるりを背を向ける。
「じゃあな、イルカ先生」
また、闇の中に帰って行った。
後に残るはカカシさんと俺だけ。
カカシさん・・・。
いったい、いつから木の陰にいたのか。
どこから話を聞いていたのか。
だらだらだら。
俺の背中を冷たい汗が滝のように流れ落ちていた。
花の咲く色 11
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