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目覚めてから四日目にして喉の包帯が取れた。
傷がかなりのスピードで回復したのだ。
木の葉の医療って、やっぱすごいなあと改めて感嘆した。
死にそうな怪我だったのに、みるみるうちに治っていくし。
本当にすごい。
喉の包帯が取れると声を出す練習。
少しずつ単語から慣らして、大声は出さないでと医者から指示された。
それに、とっても好いことが。
白湯と重湯の食生活から脱出できたのだ。
これからは、スープとかお粥とか柔らかめの固形物とか食べていいんだって。
嬉しいなあ。
物が食べれれば、体力もかなり回復してくる。
この分じゃ退院して大好物のラーメンを食べる日も遠くない。
俺の心に明るい光が射し込んだのであった。
それを俺の隣で聞いていた、はたけカカシも喜んでいた。
「よかったですねえ、イルカさん」
我がことのように。
「喉の包帯が取れて。徐々に治ってきていますね」
俺は、こくりと頷いた。
この頃には体が幾分か動くようになっていた、首から上とか手首とか指とか。
体の先端から治ってきているのかなあ。
声は喉の負担をかけないように出している。
俺は先ず、はたけカカシに言いたいことがあった。
この人は忙しいと思うのだが毎日、せっせと俺の見舞いにおとずれてくれていた。
単なる一介の中忍のために。
毎日のように来ては動けない俺の食事を助けてくれたり声が出ない俺のために話をしてくれたり本を読んだりしてくれた。
すごい献身的に俺の入院生活を手助けしてくれた。
ほとんど知らない人なのに、身寄りでもない俺にこんなに良くしてくれて。
感謝していた、俺は。
言葉にできないほど。
ベッドで上半身を起こした状態で俺は首を動かして、はたけカカシを見た。
そして口を開き、相手の名を呼ぼうとした・・・ところで固まった。
この人のこと、なんて呼べばいい?
前にも思ったけど、どう呼べば・・・。
はたけ上忍でいいかな、いいよね。
それとも他の呼び方いいのか。
逡巡していると、はたけカカシが頭をがしがしと掻いた。
この頭をがしがしは、きっと癖だ。
「すみません」
照れたように苦笑い。
「そういや、俺、自己紹介まだでしたね」
そこか!
「俺の名前は、はたけカカシです。怪しい者じゃありません」
成り行きで俺も自己紹介した。
「おれ、は」
ゆっくり喋る。
「うみ、のイル、カ、です」
声は掠れていて、自分でも聞き取りにくい。
だがしかし、はたけカカシは忍者で上忍。
掠れた声でも問題なく聞き取れたらしい。
「うみのイルカ・・・さん」
既に知っているだろう俺の名前を復唱して、はたけカカシは微笑んだ。
「よろしくね、イルカさん」
手を差し出してくれたけど俺は手を上げるまでは回復していない。
ベッドの上に投げ出されていた俺の手の上に、はたけカカシは自分の手を重ねてくれた。
しばらくぶりに声を出して、ちょっと休憩。
水で喉を潤した。
ついでに言うと水は、はたけカカシがコップに注いで飲ませてくれた。
唇に、そっとコップの縁を宛がって、ゆっくりと水を流し込んでくれて。
最初の頃の失敗なんて嘘のように病人の看病が上手くなっていた。
さすが上忍。
何をやっても、そつが無いんだなあ。
飲んだ後に口元をタオルで拭ってくれるのも忘れない。
ここまでしてくれるのは、ちょっと恥かしかった。
もう子供じゃないのだから。
休憩してから俺は再び、はたけカカシの方を見た。
にこにこと楽しそうに俺を見ている。
・・・・・・なんか、あれだ。
照れくさいなあ。
喋りにくい。
「あ、の」
「はい、イルカさん」
見られて無駄に緊張してしまったので、深呼吸して気を落ち着かせる。
「はた、けじょ、うに、ん」
途切れ途切れ、少しずつ話すと聞き取りにくそうだなあ、と自分でも思う。
「あ、俺のことは『カカシ』でいいですから」
はたけカカシは俺の手に自分の手を重ねたまま、そんなことを言う。
ベッドの隣にあった椅子に座っていたのにベッドに腰掛けてきた。
俺との距離が物理的に、ぐっと縮まる。
やっぱり俺の声が聞き取りにくいんだな、きっと。
俺は無言で首を横に振った。
『カカシ』って呼んでって言われても呼べるはずない。
この人は上忍だし、俺たちは名前で呼ぶほど親しくない。
という結論に達した俺は、この人を、はたけ上忍と呼ぶことに決定した。
ぶんぶんと頭を振って俺は声を出さずに口だけ動かした。
はたけ上忍。
はたけカカシは見るからに嫌そ〜うな顔をした。
だけど俺の決心が揺るがないのを察したのか「まあ、いいでしょ。今日のところは」って肩を竦めた。
俺は首だけ動かして頭を上下させた。
これはお辞儀っていうか、頭を下げたつもり。
感謝を込めて、深々と下げたかったが今はこれで精一杯。
頭を上げて相手の目を見る。
「あり、がとう、ございま、した」
さっきよりも言葉が滑らかに出た。
「いろい、ろすみま、せん」
「そんなお礼を言われるほどではありませんよ」
はたけカカシは照れていた。
子供みたいな可愛い一面を見た。
「俺は自分がしたくてしただけですから」
謙遜している。
「いい、え。ものすご、く助か、りました」
これは事実だ。
「イルカさんに、そう言われると嬉しいなあ」
覆面している顔が、ぐっと近くに寄った。
はたけカカシの出している片目に俺が映っているのが確認できてしまうほど。
・・・ここからは、はたけカカシは止めて『はたけ上忍』と呼ぶことにしよう。
心の中だけだからって、フルネームで呼び捨てにしているのは失礼だし、うっかり口に出してしまうそうで恐い。
はたけ上忍は機嫌良さそうに目を細めて俺を見つめている。
手は以前、重ねられたままだ。
いつ離してくれるのかなあ。
もしかして重ねたこと事態、忘れているのかもしれない。
意外に人懐こくて忘れっぽい人だ。
喋るのに疲れてしまったが俺は、もう一息と頑張って話を続けた。
「お忙しいのに・・・」
はあ、と息継ぎ。
「お見舞いに、来てくださって」
続けて話すと喉が、ぜいぜいとなる。
「感謝、しています。・・・とっても」
「イルカさん」
はたけ上忍が心配そうな目で俺の肩を擦った。
「今日は話すを止めて休んだ方がいいですよ」
少しずつって医者も言っていたでしょ、と話すのを止められる。
でも、あとちょっと。
最後は一気に話した。
「もうお見舞いに来てくだらなくて結構です」
一気に話して疲れた俺は目を閉じた。
言葉が足りなくて冷たい言い方になってしまった。
もっと、はたけ上忍の里での立場や上忍として役割なりを考えて言えばよかったと後悔したのだが後の祭りだ。
俺の真意は伝わらないだろうが、はたけ上忍がここに来る必要がないことは解ってくれたと思う。
目を閉じた俺から、はたけ上忍は重ねた手を離した。
額に落ちていた髪がかき上げられる。
優しい仕草の手であった。
「おやすみなさい」
はたけ上忍は低い声で耳元で囁き、ふっと気配を消してしまった。
そして次の日。
はたけ上忍は来なかった。
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