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歩けるって素晴らしい!
俺は感動していた。
ずっとベッドに縛り付けられていたから自由に行動できるのが楽しくて仕方がない。
無論、怪我の治療のためにベッドにいたわけだから、それは致し方ないのだが。
とにかく!
俺は嬉しかった。
ベッドから、ゆーっくり足を下ろして床につける。
自分の足だけで立つと、よろよろっとよろけて転んでしまうので杖の補助を借りてはいるけれど。
それか誰かに脇を支えてもらえば、なんとか歩ける。
あと車椅子の移動も許可された。
こちらは手の力を使うので、いい運動になる。
俺は朝から、うきうきとしてベッドから下りて杖を脇に挟む。
いわゆる松葉杖というものだった。
松葉杖を二本、使って歩くのだ。
怪我してからこっち、診療を診察室で受ける以外は病室にいたから病室の外に出てみたかった。
「よっと」
杖を突いて、ゆっくりと歩いて病室の入り口まで来た。
と、誰かの気配がする。
最近、見知って顔を合わせている、はたけ上忍の気配だ。
今日も来てくれたらしい。
がらっと病室の扉を開けた、はたけ上忍は、ぎょっとしたようだった。
「イルカさん!」
俺が扉のまん前にいたので、はたけ上忍と見詰め合う形となる。
「歩いていいんですか?」
眠たそうな目を見開いて、とっても、びっくりしていた。
「ずっと寝ていたんだから急に動くと、また熱を出したりしますよ」
「平気ですって」
俺は笑った。
「もう随分、良くなりましたよ。医者も病室内と病室と同じ階の廊下くらいは歩いていいって言っていました」
「そうですか」
説明しても、はたけ上忍は幾分か心配そうな顔をしていた。
「でも一人で歩くのは危ないですよ」
「危ないって里内で、しかも病院ですよ」
「そうじゃなくて」
じれったいような感じで、はたけ上忍は手にした荷物を置くと俺の傍に来る。
「危ないってのは転倒とかのことです。歩くときは誰かが一緒にいないと駄目ですよ」
「そんな大げさな」
俺は一蹴しようとしたんだが、はたけ上忍は真剣だった。
「大げさって。イルカさん、つい先日まで死にそうになっていたんですよ」
心配して当たり前です、って言われる。
「・・・すみません」
確かに転倒なんてして、もう一度死にそうになったら洒落にならない。
迷惑をこれ以上、誰にも掛けられない。
「解ってもらえればいいんです」
はたけ上忍は言って俺の肩に手を置いた。
「それで、どこまで行くんですか?」
どうやら、はたけ上忍は俺が歩くのに付き合ってくれるようだった。
「疲れた・・・」
思わず、口に出して立ち止まってしまった。
歩けるのは楽しいんだけど、自分でも予想外に体力が落ちていたみたいで病室から少し離れたところまで来て息切れしてしまったのだ。
廊下は一面、真っ白で清潔感が漂っているが白さで目が、ちかちかする。
「イルカさん、大丈夫ですか」
傍らに付き添っていてくれていた、はたけ上忍が俺の体に腕を回して支えてくれた。
正直、辛い。
振り返ると病室が見えるが、あそこまで、また戻らないといけないのか・・・。
普通に歩けば、一分と掛からない距離だけど今の状態で、ゆっくりというより、のろのろと歩いて戻ったら何時間掛かることやら。
溜め息が出そうになったが、とにかく戻ることにした。
「よいしょ」
はたけ上忍に支えてもらいながら、杖を突いて百八十度回転して向きを変える。
病室まで歩かないと。
そう思うのだが、一歩が出ない。
助けてもらっているはずの杖が重く感じて、しょうがない。
歩くことができなくて佇んでしまった。
歩かなきゃ歩かなきゃ。
頭では解っているのに動けない。
「イルカさん、無理しないで」
「いえ、無理なんてしてませんから」
はたけ上忍の呼びかけに、どうにか答えて見えている病室を睨む。
健康な体なら何てことない距離なのに。
ああ、もう。
自分に苛立つ。
唇を噛み締めた。
そんな俺の心を読んだかのように声がした。
「無理は禁物ですよ」
声がしたかと思うと急に体が宙に浮く。
あっと思う間もなく俺は、はたけ上忍の腕の中。
はたけ上忍は器用にも俺を抱き上げて松葉杖二本も持っていた。
「あ!は、はたけ上忍!」
じたばたと暴れてみるが俺の抵抗など、はたけ上忍は物ともしない。
「大丈夫ですから」
「ぜんぜん大丈夫じゃないでしょ」
どこか怒った風で言った、はたけ上忍は、すたすた歩いて病室の扉を開けた。
あんなに遠く感じた自分の病室に、すぐに到着したのだ。
松葉杖をベッド脇に置いて、はたけ上忍は俺をベッドに下ろした。
ベッドに下ろされ、枕を頭の下にセットされて布団を肩まで掛けられる。
「頑張るのはいいことですけど」
はたけ上忍が俺を見下ろしていた、恐い顔で。
「イルカさんは頑張りすぎですよ。もっと俺に頼ってください」
頼るって言われても・・・。
はたけ上忍には、これまで充分すぎるほど色々してもらっているし、これ以上はなあ。
迷惑をかけるのは嫌だから何度も、はたけ上忍には病院に来てもらわなくてもいいって俺からも、それとなく言ったんだけど。
その度に上手いこと言いはぐらかされている。
・・・どうしたのかな。
ベッドに横になって考えていたのだが、うとうととしてしまって、いつの間にか眠ってしまっていた。
「おやすみなさい」
眠る直前に、はたけ上忍の声がして、そっと頬を撫でたような気がしたのだった。
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