琥珀色の瞳〔中編〕
自分で自分の気持ちを自覚したカカシの行動は早かった。
積極的にイルカに会うようにして、二人でいる時間を作ることに専念した。
「最近」
一緒に店に食事をしていたイルカが面白そうに言う。
「カカシ先生と、よく会いますね〜」
「俺たち、赤い糸で結ばれているんですよ」
カカシは半ば本気で言ったのだが、イルカは全く本気にしなかった。
冗談だと受け止めている。
「またまた〜」
食事の際に食前酒として飲んだ甘口のワインが効いているのか、イルカは軽口を叩く。
「それは本の受け売りですか?」
黒い目を、きょろっと動かしてカカシを見つめる。
本、とはカカシの愛読書。
大人向きの本だ。
「そういうのは女性の言ってあげてくださいよ〜」
カカシの気持ちを知らないイルカは、あっさりしたもので。
まさか本当に自分に向けてカカシが、そんなことを言うとは夢にも思っていない。
厄介だった。
・・・イルカ先生って。
カカシは悩む。
どう言ったら解るのかな?
自分の気持ちが。
イルカが好きだという気持ちが。
いっそ、ストレートに告白した方がいいのか?
このままでは何も進展はなさそうであった。
それに・・・。
カカシは聞きたいことが二つあった、とっても聞きたいこと。
以前にイルカが親しげに話して相手の存在。
それから、昔、自分とイルカが出会っていたこと。
後者に関しては、さっぱり覚えていない。
記憶を何回も探っては見たものの、イルカの姿も形も欠片も記憶の中にはなかった。
記憶力は悪いほうではない。
・・・イルカ先生に会っていたら忘れないと思うんだけど。
そのとき会っていたら、どうなっていただろう・・・。
どういう関係になっていただろう。
考えると、ときめいてしまう。
そして、今ここで再会したのも、やはり赤い糸で結ばれているからだと思ってしまった。
「あの、イルカ先生」
「はい!カカシ先生」
元気よく返事をしたイルカはカカシを見る。
・・・カカシ先生じゃなくて、もっと親しげに呼んでほしい。
他人行儀な呼び方じゃなくて。
・・・カカシさん、とか。
考えると頬が緩む。
「カカシ先生?」
小首を傾げたイルカに呼ばれて、カカシは慌てて妄想を遮った。
今は、それどころではない。
今日こそ、謎の話し相手についてイルカから聞き出すのだ。
毎回毎回、聞き出そうと思いながらイルカと話すのが楽しくて、ついつい別の話題を振ってしまっている。
「えっとですね」
かなり時間が経っているので、どう切り出したらいいものか・・・。
「イルカ先生って里で、忍の他にお知り合いとかいますか?」
要するに一般人とか言う意味で。
「忍の他ですか」
うーんと考えたイルカは答えた。
よく行くラーメン屋さんの主人の名前が上がる。
他にも、ちらほら出たが該当しそうな人間はいない。
「どうして、そんなことを聞くんですか?」
イルカは無邪気に聞いてくる。
「え、ええ、それは・・・」
何と言っていいものか、悩む。
ストレートに嫉妬ですと言いたいところだが、まだ告白もしていない。
「その里に戻ってきて、日が浅いので」
色々、知りたいんです、と苦しい言い訳が出てしまった。
「そうですよね」
しかし、イルカは納得したようで。
「カカシ先生が里にお戻りになられてから、まだ二ヶ月くらいですもんね」
「はい、そうなんです」
こくこくと頷きまくるカカシ。
「帰ってきて、もうすぐ二ヶ月になります」
四月の初めから帰ってきており、五月の末にもなろうかとしているので二ヶ月弱だ。
もう二ヶ月になるのか・・・。
感慨深い。
「明日は五月二十六日ですね」
店のカレンダーを見て、何となく呟くとイルカの顔が何故か薄っすら染まる。
何か・・・、いや誰かの特別な記念日なのか。
「・・・どうかしたんですか?」
聞かずにはいられない。
胸が、ざわざわとしてきた。
「え?あ、いいえ、何でもないんです」
イルカが慌てて否定するが、どうも怪しい。
何かを隠しているような・・・。
こんなときのカカシの勘は頗る当たる。
「何かあるんでしょ?教えてください」
知らず、声がきつくなってしまう。
「カカシ先生・・・」
カカシの微妙な変貌にイルカが戸惑っているような声を出した。
「教えるってほどでもないんですけど」
イルカの手が顔の傷を触る。
「笑わないでくださいね、明日は・・・」
「明日は?」
「実は俺の誕生日なんです」
そう言うとイルカは照れくさそうに微笑んだ。
「誕生日・・・」
そんな単語を聞くのは何年ぶりだろう。
カカシは自分の誕生日でさえ、忘れていることが多い。
誕生日って何をする日なんだっけ?
「はい、この年になっても誕生日が来るなんて子供みたいですよねえ」
笑ったイルカの顔は子供みたいに可愛い。
「でも、やっぱり誕生日って楽しみなんです」
これといって何もしないですけどね、とイルカは付け足した。
明日はイルカの誕生日。
カカシは重大な事実を知ってしまった。
それは、いわゆる好きな人の誕生日になる。
告白はしていないものの、イルカの誕生日となると事は急を要する。
知ってしまったからには、スルーするわけにはいかない。
だとすれば、どうすればいいのか・・・。
「あ、これは聞き流してくださいね」
イルカには気遣われてしまった。
「聞かれたのでお答えしただけですので」
だからと言って何もしない訳にはいかない。
早急に考えなければならないことが出来た。
明日の朝までにイルカの誕生日を、どうするか考えなければならない。
誕生日なんてものに、ほぼ無縁の人生を送ってきたカカシには名案が思い浮かばなかった。
次の日。
朝が来た。
イルカの誕生日も来た。
寝不足のカカシは起きた。
考えすぎて、眠れぬ夜を過ごしてしまったのだ。
結局、何も思いつかなかった。
「あー、どうしよ・・・」
イルカに会いたいけれど、気が重い。
どんよりとした気分だ。
そんな気分のまま、朝の受付所に任務の依頼書を受け取りに行くとイルカがいた。
「おはようございます」
いつもながら、爽やかな笑顔で一点の曇りもない。
イルカの笑顔を見て、多少は気分が晴れたカカシは任務の依頼書を受け取る。
「カカシ先生・・・」
躊躇いがちにイルカが話しかけてきた。
「どうかなさいましたか?顔色が優れませんが」
寝不足のせいだ。
しかし、そうとも言えずカカシは曖昧に笑って誤魔化した。
「大丈夫ですよ〜、元気です」
「なら、いいんですけど・・・」
訝しげにカカシを見るイルカ。
「イルカ先生の顔を見たら、元気が出ました」
「またまた〜」
やっぱりイルカは本気にしない。
「夕方にイルカ先生の顔を見たら、また元気になりますよ〜」
さり気なく、夕方に会いたいとアピールしてみる。
だけども、イルカの顔が曇った。
「すみません、夕方には受付所にいないんです」
「アカデミーですか?」
イルカはアカデミーの教師でもある。
「いえ、違うんです」
「任務ですか?」
「それも違います」
中々、イルカは言い出さない。
「もしかして、デートですか!」
焦れたカカシの口から口から、思わず大きな声が出てしまい、朝の受け付け所内で注目されてしまった。
「違います違います!」
イルカは大慌てで否定する。
「そんなんじゃないんです。ただ、今日は午後からお休みなだけなんです」
「休み・・・」
「そうなんです、前に休日出勤した分が残っていて代休みたいなもんなんですが」
「そうだったんですか」
なんだか、ほっとしてしまった。
「そういうことなら了解しました」
午後から休みというならば、任務が終わってからイルカの家を訪ねればよい。
今日は早めに任務を終わらせるのは決定だ。
夕方までにイルカの誕生日をどうするか考えればいい。
時間が少しできたことにも安心した。
その日の午後。
任務を早めに終わらせたカカシは里の人ごみの中を歩いていた。
誕生日についての情報収集を終え、必要だと思えるものの揃えに来ていたのある。
その人ごみの中。
カカシはイルカを見つけた。
いつか見た日のようにイルカが誰かを立ち話をしている。
既視感がカカシを襲う。
きゅっと心臓が鷲掴みにされたような感じだ。
相手は・・・。
一回だけ相手は見たことがあった。
以前にイルカが立ち話をしていた男性だった。
同じように和服を着こしている。
二人は少し話すと連れ立って、歩き始めた。
自然、カカシも跡を追うことになる。
・・・どこにいくのだろう。
親しそうな二人に不安になる。
並んで歩く二人の距離感もカカシとイルカより近いような気がして、イライラもする。
どんどん歩いて行く二人は人ごみを抜けて、里の喧騒から遠ざかっていく。
少しは店が立ち並んでいるが人けのない道だ。
暫く、歩いていた二人はある建物の中に入っていった。
外見は古民家のような古めかしい造りのレトロな建物だ。
入り口の扉の明かり窓にはステンドグラスが嵌められている。
建物の飾り窓には、シャレたデザインのガラス瓶に入った琥珀色の液体が飾られており、どうやら店のようだった。
いったい、ここは何の店なのだろう。
首を捻ったカカシは店の前で立ち尽くしていた。
琥珀色の瞳〔前編〕
琥珀色の瞳〔後編〕
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