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琥珀色の瞳〔後編〕



店の前で佇んでいたカカシは意を決して扉を開けた。
ゆっくりと細く。
中からイルカの声が聞こえてくる。
相手の声は低すぎるのか、よく聞こえない。
カカシは聴覚を研ぎ澄ませて、相手の声も聞き取ろうと神経を集中させる。
微かに相手の声が聞き取れた。
「誕生日なんですね、おめでとうございます」
「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで嬉しいです」
イルカの声だ。
ちょっと照れたような声。
「誰か祝ってくれる方はいらっしゃらないんで?」
「俺には、そんな人いませんよ」
「最近、よく話してくれる方がいるじゃあないですか」
「ああ、いえ・・・。違います、そういう人じゃないんですよ。俺なんか、とても」
「そうですかねえ、その人もイルカさんの誕生日を祝いたいと思っているじゃないですかねえ」
「そんなことないですよ」
「いいえ」
ふっと相手が笑う声。
「きっと、相手の方はそこまでイルカさんを迎えに来ているはずですよ」
「え・・・」
そこで、イルカは振り返り。
カカシは見つかってしまった。



「あー、あのですね」
見つけられて罰が悪くなったが、思い切って中に入る。
中は、見事な造りの飾り棚があり、所狭しと変わった形の瓶があり、その中に液体が入っていた。
透き通りつつも深い色合いの渋みがある茶色のような、赤いような液体だ。
僅かにアルコールの匂いもする。
イルカは、びっくりしていた。
「カカシ先生、どうしてここへ?」
まさか、跡をつけていたとは言えない。
「偶々、通りかかったらイルカ先生が入っていくのが見えたので・・・」
苦しいいい訳だ。
だけどもイルカは素直に、それを信じた。
「そうだったんですか、不思議な縁ですね」
不思議な縁・・・。
「イルカ先生も何か縁あって、ここに?」
尋ねるとイルカの頬に朱が差した。
「え?ええ、まあ」
イルカは応えたくないのか、カカシの顔から視線を逸らす。
どういうことなのだろうか?
聞きたいが人の目も気になる。
イルカが話していた相手が、そこにいるのだ。
見られているのは非常に居心地が悪い。
どうにかして、イルカをここから連れ出せないものか。
思案していると助け舟が出た。
イルカが話していた相手だ。
「お迎えが来たようですね、イルカさん」
それではまた今度いらしてください、とやんわり言われてカカシとイルカは、そこを後にした。



「・・・あそこは何々ですか?」
イルカと二人きりになると溜まらずカカシは訊いた。
訊かずにはいられない。
「それに、あの人は誰なんですか?」
一番、訊きたかった質問だ。
「どういう関係なんですか、イルカ先生と」
矢継ぎ早に尋ねる。
「あの人は・・・」
カカシの勢いに押されたのか、イルカが口を開いた。
「あそこのお店のご主人なんです」
やはり、あのレトロな建物は店だったのだ。
「本当は、ある老舗の若旦那なんですけど趣味と道楽を兼ねて、お店を開いているんです」
そう言われると納得もいく。
妙に漂う気品や上品な身なりも、老舗の若旦那っぽい。
「あの店は何の店なんですか」
瓶に入った液体が、たくさんあった。
「あのお店は異国のお酒を扱っているんですよ」
イルカが教えてくれた。
「遠い国から取り寄せたお酒を売っているんです。とても、高くて俺には手が出せませんが」
それにアルコールの度数も高いらしい。
見慣れないガラスの瓶のデザインは異国のもので。
中に入って見慣れない赤茶色の液体は、遠い国の酒だった。
しかし、疑問が残る。
なんで、そんな店の主人とイルカは知り合いなのか・・・。
そこを突くとイルカは言葉を濁して、口を割ろうとしない。
「イルカ先生」
詰め寄るとイルカは、一歩下がる。
「それは・・・」
いつの間にか、真っ赤な顔になっていたイルカは抵抗した。
「それは、いくらカカシ先生でも言えません」
「・・・ふーん」
ここは人通りが少ないとはいえ、往来だ。
これ以上は無理強いはできない。
だけども、もどかしい。
イルカが話してくれないのが、もどかしい。
思い余ったカカシはイルカの手首を掴み、自分の方へと引き寄せると卑怯かもしれなかったが術を使った。
場所を変えるため。
カカシの家へと攫ってしまったのだ。



「ここ・・・は?」
きょろっと辺りを見回したイルカは突然、景色が変わったことに驚いている。
「俺の家です」
簡潔にカカシは言うと床に正座した。
「勝手に連れてきてごめんなさい。でも、どうしても聞きたいんです」
「え、聞きたいって?何をですか」
イルカはカカシに倣って正座する。
「何で、あの店の主人と知り合いになったのか」
「う・・・。それは・・・」
両膝の上の置かれたイルカの手が、ぎゅっと握られる。
「俺は聞きたい、でないと夜も眠れません」
ついに言ってしまった。
「イルカ先生が好きなんです。だから、俺以外の他の人と懇意にしているなんて、嫉妬の炎で胸が焼ききれそうで眠れないんです」
「カカシ先生・・・」
イルカは大きく目を見開くとカカシを凝視した。
じいっとカカシを見ている。
「真剣です、冗談じゃありません」
信じてください、好きなんです、と繰り返す。
「ほんとうに・・・?」
イルカの呟くような声が聞こえた。
「嘘みたい・・・」
「嘘じゃありません、イルカ先生のことが好きなんです」
重ねて言うとイルカの顔が、徐々に綻んでいった。
花咲くように。
そして言われた。
「俺もカカシ先生が好きです」



ここからの話は内緒にしてくださいね、と約束してからイルカに話を聞かされた。
「昔、カカシ先生を戦場で助けてもらったと言いましたよね」
「はい」
カカシは、さっぱり覚えていないが。
「そのときにカカシ先生の瞳を見ました、写輪眼を。俺はカカシ先生の瞳を近くで見たんです」
思い出したのか、イルカが遠い目をする。
「すごく綺麗でした」
うっとりと微笑を浮かべるイルカ。
「夕日に照らされた赤い写輪眼が光の反射の所為でしょうか、赤色じゃなくて琥珀色に見えたんです」
そう、あの店にあった赤茶色の液体は琥珀色と表現した方が、しっくりくる。
「もしかして、出血多量で幻覚でも見たのかもしれませんが」
そのとき、イルカは重傷だったようだ。
「俺は、それ以来、そのときに見たカカシ先生の瞳が忘れられなくなりました」
イルカは語る。
「忘れられなくて、ずっと思い出してばかりいました。そんなとき・・・」
あの店の前を通ったら、いつか見たカカシ先生の瞳とよく似た色のを見つけたんです。
それが異国の酒の色だったらしい。
「そして何回も店の前まで言っては、ただ飾っているお酒を眺めるという日々が続いて」
そんなイルカに気がついた店の主人が声を掛けて、知り合ったらしい。
「・・・そんな訳なんです」
話し終わったイルカは、はあっと息を吐くと肩の力を抜いた。
相当、緊張していたらしい。
そして、話し終わるとカカシの顔を伺う。
カカシの反応が激しく気になるようで。
そんなカカシはイルカに、にっこり微笑んだ。
「なあんだ、そうだったの」
そうかそうか、と喜んでいた。
「イルカ先生、俺の瞳に恋しちゃったんだね」
にこにこじゃなくて、にやにやが止まらない。
「嬉しいなあ」
カカシは上機嫌だ。



そういえば・・・。
カカシは重要なことを思い出した。
今日はイルカの誕生日。
この流れと勢いで行ってしまおう。
「イルカ先生」
「は、はい」
何を言われるのか、と慌てて姿勢を正すイルカにカカシは言った。
心から。
「誕生日、おめでとうございます」 それから。
「俺を好きになってくれて、ありがとう」
「そんな・・・」
イルカは頬を染める。
「俺の方こそ、誕生日を祝ってもらえて。それにす・・・好きだなんて言ってもらえて」
すごい誕生日のプレゼントをありがとうございます、と。
黒い瞳が嬉しそうに、きらきらと光っていた。
「イルカ先生」
ぎゅっとカカシはイルカの手を握る。
「これからは、ずっと傍にいてくださいね」
一生、一緒にいましょう、と言ったらイルカが「プロポーズみたいですね」と言うものだから。
それもいいや、とカカシは笑ってイルカにキスをした。



後日。
あの後、イルカの誕生日をケーキを用意したりして、ちゃんと祝ったカカシは例の店を訪れていた。
イルカが見蕩れたというカカシの瞳の色をした酒を見たくなったのだ。
もちろん、店の主人は客として訪れたカカシに丁寧に接してくれた。
なんとなく、イルカとのことも気がついているような気もしたが。
そんな店主に勧められてカカシは、つい店で一番、高い酒を購入してしまっていた。
なぜなら「二人の愛の証」だの「愛のメモリーの一つとして」だの「縁結びのお酒」だの、カカシの落としどころを心得たようなことばかり言ってくるから。 つい、買ってしまったのだ。
「ああ見えて、あの店のご主人はやり手ですよ」とイルカに忠告されたときには、既に酒は買ってしまっていた。
まあ、いつかイルカと飲めたらいいなと大事に保管することにした。
酒が苦手なイルカ先生に来年の誕生日にでも酒を贈ったら面白そうだし、とも思う。
それから、イルカとの初めて出会いについてはカカシは、どうやっても思い出すことができず、悔しい思いをしている。
イルカが言うには、あの頃の自分は今より体も小さく目立たなかったのではないかということであったが。
そんな若かりしイルカを、ぜひ思い出してみたかった。
イルカと初めて出会いの思い出を共有できないのは寂しいが、これから二人の思い出は作っていけばよい。
だって今、カカシはとっても幸せなのだから。




琥珀色の瞳〔中編〕



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