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琥珀色の瞳〔前編〕



イルカを見かけたのは偶然であった。
里中を歩いていたカカシは人ごみの中、イルカを見つけた。
黒い髪を高く結っている姿は人ごみの中でも一際、目立つ。
イルカはカカシの知り合いで、カカシが上忍師を担当している子供たちのアカデミーの元担任だ。
そんな縁で知り合った。
イルカは人ごみの中、立ち止まって口を動かしている。
誰かと話しているようだ。
時折、照れたように顔の傷に触っていた。
イルカの顔には横一文字に傷跡があり話しながらそれを触るのは癖なのだと、つい最近、気が付いた。
照れ笑いをしながらイルカは口を動かし、相手の話しに相槌を打っているようだ。
楽しそうに笑っている様子から見て、相手は親しい人間のかもしれない。
相手は、どんな人なんだろう。
軽い好奇心からカカシは、イルカの話している相手をこっそり見る。
イルカの照れ方からして、おそらく若い女性だろう、と思っていたのだが・・・。
カカシの予想は外れていた。
相手は若い男性だった。
軽く衝撃を受ける。
男性の年齢はイルカと同じか、若干上か・・・。
上品な色の和服を着て、それなりの身なりをしていた。
気品と清潔感が漂っており、どこかの令息と推測できる。
何より顔が一目を引く。
穏やかな表情、終始笑みを湛えている口元。
涼しげな切れ長の眼は深い色を帯びている。
容姿は全体的に整っているのは否定できない。
どれもこれも、カカシにはないものを持っていた。 好奇心が押さえられなくなったカカシは二人に近づき、聞き耳を立てた。
「イルカさん」
相手は気安くイルカの名を呼んでいる。
「ぜひまた、近いうちにいらっしゃってください」
「でも、俺が行ってもご迷惑なんじゃ・・・」
「まあまあ、そう仰らずに。どうぞ、私の話し相手になってくださいな」
熱心に誘っている。
「イルカさんとは気が合うんですよ。お話していて楽しいんです」
「そう言われるなら」
誘われてイルカは遠慮がちにだが、嬉しそうに頷く。
「約束ですよ」
相手は念を押した。
「いらっしゃってくださいね、お店に」
そうして二人は分かれていった。
お店・・・。
その言葉が出るということは、イルカの話していた相手は何かの店を開いているのだろう。
店主に違いない。
そこへイルカは行っている。
なんとなく。
なんとなく、カカシの胸にもやもやとしたものが残る。
正体は解らなかった。



その数日後。
カカシはイルカと飲む機会が出来た。
カカシが帰る時間とイルカが仕事が終わる時間が重なり、帰り道を二人で話しながら歩いているうちに飲みに行くことになったのだ。
イルカと親しくなるチャンスが到来したのも嬉しかったが、カカシは今、非常に気になっていることがある。
先日、イルカが話していた相手の素性。
いったい、どこの誰なのか?
店というのも何の店なのか、気になってしょうがない。
そんな下心もあった。
「上忍のカカシ先生と飲むなんて緊張します」
本当に緊張しているのだろう。
酒を飲んでもいないのに、イルカの頬が赤くなる。
「その前に話すだけでも緊張しますが」
どきどきしているのか、心臓ら辺を服の上から手で押さえていた。
「そんなに緊張しないでくださいよ」
カカシはイルカの緊張を解そうと試みる。
「俺は普通の人ですよ。お酒を飲むのに上忍も中忍も関係ありません」
「そ、そうですね」
イルカは笑うが顔が引き攣っていた。
知り合って日が浅いのもあるが、この前のイルカの笑顔をカカシは思い出していた。
・・・俺じゃない誰かとは笑っていたのに。
また、もやもやとしたものが沸き上がって来る。
「カカシ先生?」
カカシの様子に不審に思ったのか、イルカが覗き込んできた。
「どうかしましたか?具合でも・・・」
心配そうな顔だ。
「いえいえいえ、何でもありませんよ」
大仰にカカシは手を振るとイルカの手首を掴んだ。
「今日は大いに飲んで親交を深めましょうね!」
にっこりを微笑む。
イルカのことが、もっと知りたくなっていた。



「イルカ先生って」
酒を口にしたイルカが、みるみるうちに赤くなっていくのをカカシは不思議そうに眺めていた。
「お酒、もしかして弱いんですか?」
まだ、最初のビール一杯して飲んでいない。
「弱いってわけじゃないんですが」
イルカが両手を膝の上に乗せて畏まって言う。
「その、ビールが余り得意じゃなくて」
「ああ、苦手なんですか?」
「・・・はい」
赤い顔で、こくりと首を縦に振る。
カカシとイルカは小上がりで向かい合って飲んでいた。
「だったら、言ってくれればよかったのに」
「最初はビールからって、みんなが言うもんですから・・・」
イルカが困ったように体を揺らしている。
確かに飲み会等では最初の乾杯はビールが定番だ。
「俺と飲むときは、ビールじゃなくていいですよ」
カカシはイルカが飲んでいてビールを引き受けて、お品書きを渡して別の酒を勧める。
「すみません」
イルカが恥かしいのか、お品書きで顔を隠してしまう。
「苦味や酸味が、ちょっと苦手で・・・。甘いお酒なら大丈夫なんですよ」
そう言って、甘いカクテル系の酒を注文していた。
酒ならビールでも日本酒でも焼酎でも、カカシはいける。
「甘いお酒なんて」
イルカを見る目が少し変わる。
「可愛いんですね、イルカ先生」
純粋に、そう思って口にした。
「可愛いなんて」とイルカは苦笑いだ。
「カカシ先生こそ、もう酔ったんですか」
軽口も出てきた。
「いーえ、本当ですよ。イルカ先生は可愛いです」
可愛いと言い続けていると、まるで暗示に掛かったようにイルカが可愛く見えてきた。
同じ男なのに。
同性なのに。
ちら、とカカシの頭に先日、イルカが話していた相手の男の顔が横切る。
酒の勢いなのか何なのか。
・・・負けたくない。
激しく、そう思ってしまう。
その夜、結局、相手の男の子とは聞きそびれ。
カカシは勢いがつき過ぎたのかイルカが相手だった為か、話が弾んで強か飲んだカカシはイルカに自宅まで送られる羽目になってしまった。
こんなことは珍しい。



「カカシ先生、大丈夫ですか?」
酔ったカカシをイルカが支えながら、夜道を歩いている。
月は真上。
「大丈夫です・・・」
言葉は、しっかりしているが体はふらふらだ。
とんだ醜態を晒している。
「今日は家までお送りします」
「すみません・・・」
「いいえ、気になさらないでください」
カカシを支えなおしたイルカが微かに笑ったのが、体が密着しているので振動で伝わってきた。
「何か?」
「え・・・。ああ、その」
イルカが取り成すように慌てる。
「カカシ先生、飲む前に自分は普通の人だって言ってましたよね」
そういえば、そんな発言があったかもしれない。
「お酒を飲んで酔うなんて、本当に普通の人なんだなあって」
しみじみとしている。
「それに」とイルカは何かを思い出すように言った。
「俺、前にカカシ先生に会ったことがあるんですよ」
「えっ!」
これには驚いた。
「い、いつ?」
思わず上げた頭が、がんと響く。
「いててて」
額を押さえるとイルカがカカシの背を撫でた。
「急に動かない方がいいですよ」
それから、イルカは話してくれた。
「前って言っても・・・。俺が教師になる前ですから、かなり前です」
もう何年も前。
「カカシ先生は俺を戦場で助けてくれたんです」
そんなこと覚えていない。
「とっても格好良かったです」
イルカはカカシを清清しいほどの笑顔で見る。
「こんな時になんですが・・・」
月明かりに照らされたイルカの顔は輝いて見えた。
「あの時は助けてくれて、ありがとうございました」
ずっとお礼が言いたかったんです、と。
その笑顔に見蕩れていたカカシは、漸く自分の中の感情を理解した。
もやもやとしたものの正体。
それは恋の炎と嫉妬の炎。
もやもやとしていたものは今や形を変えて、めらめらと燃え上がっていたのであった。



琥珀色の瞳〔中編〕



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