助けた人6
「あの、どうかしましたか?」
料理の味付けが不味かったかと心配になったイルカは訊いてみた。
ウサギちゃんが突然、不機嫌になった理由が、それしか思いつかない。
「ご飯、口に合いませんでしたか」
すみません、と謝ろうとすると遮られた。
「あ、違います違います」
ウサギちゃんは慌てたように手を振っている。
「ご飯、とても美味しいです。ほんとに」
「じゃあ、どうして・・・」
不機嫌なのか、とイルカが問うとウサギちゃんは照れたように告白してきた。
「いやね、エプロンが」
とても言い難そうに。
「エプロン?」
思ってもみなかったことを言われてイルカは目を、ぱちくりとさせた。
「エプロンが何か?」
イルカがしているのは、ただの白いエプロンだ。
何の変哲もない。
「ええ、まあ。イルカ先生にエプロンがとても似合って可愛いなあと思っていたのに、それが他の人に貰ったものだったなんて」
ちょっとショックだったんです、なんて言っている。
肩を落として、とってもがっかりしているのは伝わってきたのだが理由は、さっぱり分からなかった。
貰い物のエプロンとしていると何か問題でもあるのか?
考えながら箸を勧めているとウサギちゃんは言う。
「ほら、エプロンって男のロマンでしょう?」
「はあ」
「エプロン姿って和んで、いいじゃないですか!」
力説されたが、いまいち、ぴんと来ない。
結局、食事中はウサギちゃんにエプロンについて情熱的に、とうとうと語られたが。
イルカは曖昧な笑みを浮かべて曖昧に相槌を打つだけであった。
食事が終わるとイルカはウサギちゃんの怪我の手当てをした。
「もう傷口は塞がっていますね」
体の怪我の大半は治りかけている。
あんなに傷だらけだったのに、すごい回復力だなあ。
イルカは目の前の助けた人、ウサギちゃんを見る。
この人、きっと上忍だ。
鍛え上げられた体に造られた綺麗な筋肉などイルカとは比べものにならない。
元々、上忍は基礎体力のある体だから治るのも時間が掛からないのだろう。
イルカが心の中で『ウサギちゃん』なんて呼んでいるのを知ったら怒られるかもしれない。
傷口を消毒するとイルカは包帯を巻き直した。
「風呂に入りたいでしょうけれど、今日はやめた方がいいですね」
大事をとって、そう言った。
「そうですねえ」
ウサギちゃんは肩を竦める。
「ま、風呂くらい入らなくても死なないし」
緩く微笑む。
「イルカ先生は、どうぞ俺に遠慮なく入ってきてください」
「あ、はい」
ウサギちゃんは腕を枕にしてベッドの上に寝転がった。
「怪我の功名っていうのかな、イルカ先生に拾われて、のんびり出来て得しました」
無邪気に言って笑っている。
「イルカ先生の傍にいると気持ちが安らかになりますねえ」
「何を言っているんですか」
「本当です〜よ」
「じゃあ、俺、風呂入らせてもらいますね」
ウサギちゃんのお言葉に甘えてイルカは風呂に入った。
湯に浸かって、ふと思った。
さっき、ウサギちゃんが言ったフレーズ・・・。
どこかで聞いたような気がする。
誰かが言っていたような。
誰だったけ?
湯の中で散々、考えたけれども思い出せなかった。
風呂から上がるとウサギちゃんは、やはりベッドに寝転がったままだった。
暇そうにしている。
なんとなく、なんとなくだがイルカはウサギちゃんが本を読みたいのではないかと思った。
直感だったが。
ウサギちゃんには片手に本が似合っているなあ、と。
「あ、イルカ先生」
風呂上りのイルカを嬉しそうに見てくる。
イルカを待っていたようだった。
その様子にイルカは、ほのぼのとした気持ちになってしまう。
誰かが家にいるっていいなあ。
ほとんど一人で過ごす、この家に自分の他に人がいるのが嬉しい。
賑やかなのは大好きだ。
「眠くありませんか」
話しかけながら近づくとウサギちゃんがベッドの上に体を起こしてイルカを覗き込んできた。
「へえ、イルカ先生って髪の毛、下ろすと雰囲気変わりますねえ」
「え、髪?」
イルカの髪は少し長いので、いつもは引っ詰めて頭の天辺で結ってある。
それを目の前のウサギちゃんは言っているのだ。
「いつも一つに纏めて揺れている髪もいいですけれど」
そっとイルカの濡れた髪に触ってくる。
「下ろすと感じが変わりますね」
「そう、ですか?」
自分では、そんなこと思ったこともなかったので意外な言葉だった。
「うん、結っているときは明るく元気って感じですけど、髪を下ろすと大人っぽく見えます」
大人っぽくって。
その言葉にイルカは、くすりと笑みを漏らす。
「俺は大人ですよ、成人した」
「もちろん分かっています、だから安心しています」
「安心?」
ウサギちゃんは、また分からないことを言い出した。
「大人だったら大丈夫でしょ?」と悪戯をしようとする子供の顔にウサギちゃんはなる。
でも、目は。
なんだか獲物を狙うオオカミのような鋭さでイルカを見ていた。
そのことにイルカは、まだ気がついていなかったのだった。
助けた人5
助けた人7
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