助けた人5
その日、早めに仕事を終えて帰ってきたイルカは台所で料理をしていた。
久しぶりに、エプロンなんてつけて。
「二日も寝りゃあ、さすがに起きるだろう」
起きるというのはイルカが助けた例の人だ。
「怪我も治ってきているし寝てばかりいてもなあ」
栄養を取らないと怪我は治らない。
「お腹に優しくて消化のいいものなら食べてくれるかな」
そんなことを考えながらメニューを決めて料理をしていた。
イルカは一人暮らしで当然のことながら、お付き合いしている人もいないので、いつも食事は簡単に済ませている。
時々、アカデミーの元教え子が来た時くらいしか料理はしない。
料理は下手でないが上手くもない、と自分で自負している。
「そこは愛情でカバーだな」
粗方、料理も出来上がり味見をしたイルカは、これなら一応食べられると満足した笑みを浮かべた。
「あれ?」
つい料理に夢中になっていたのだがベッドの方の気配に動きがあるのに気が付いた。
「もしかして起きたのかな」
台所を出てエプロンで手を拭きながらベッドへ向かう。
思ったとおり助けた人は起きていた。
腕組をして何事か考えていたようだったがイルカが近づくと顔を上げて、こちらを見た。
その目には、しっかりと生気が宿っている。
声を掛け調子を尋ねると「もう、平気です」と答えが返ってきた。
「よかった」
本当に、ほっとした。
例え知らない人であっても助けを必要としていて、手を差し伸べた立場であったら回復したならば嬉しいことに変わりない。
念のために額に手を当ててみても熱はない。
無理をしているとかではなく助けた人の言っていることは本当だった。
額に当てていたイルカの手を自然な仕草で助けた人に握られた。
丁寧にお礼を言われる。
「本当にありがとうございました、イルカ先生」
名を呼ばれた、確かに。
聞き間違いではない。
この人、俺のこと知っているんだ。
礼を言った助けた人の顔は優しげで、どきりと心臓が音を立てた。
こんな顔もするのか。
人を惹きつける表情だ。
かっこいい人は、どんな顔をしても得だなあとイルカは心の片隅で思う。
尚も礼を述べられて、さすがのイルカも照れてしまう。
そんなに大そうなことをした訳でもないのに。
困っている人がいたら助けるのは当たり前だ。
それに、とイルカは改めて助けた人を見る。
俺を知っているということは、この人は木の葉の里の人。
木の葉の忍だ。
他国の忍ではないことに安堵した。
「あの、ご飯を作ったんですけど」
食べますか、と訊くと助けた人は嬉しそうな顔をした。
お腹をさすって「ぺこぺこです」なんて可愛らしいことを言う。
「そうですか、すぐに用意しますね」
料理は出来上がっているから台所から運んでくるだけだ。
食卓に作った料理を並べながらイルカは考えていた。
あの人、なんて呼べばいいのかなあ、と。
俺のこと、よく知っているみたいだし。
さっきは何回も名前を呼ばれた。
とても親しげに、だ。
相手は自分を知っているのに、自分が名前を聞いたら何て思うか。
すごく気を悪くするに決まっている。
第一、とイルカは密かに眉を顰めた。
相手が自分を知っているということは会ったこともあるだろうし話したこともあるのだろう。
なのに名前を知らないなんて、とっても礼儀知らずで恥ずべきことじゃないのか。
そう思うと、とてもじゃないが名前なんて聞けしない。
どうしたら・・・。
洗面所の方にいる助けた人を、ちらりと見る。
二日も寝ていたので生えてしまった髭を剃っているのだ。
最も目立たないくらいの生え方だったけど。
髭が生えたウサギはワイルドだったと、これまた密かに思う。
髭があろうがなかろうが、かっこいいのは変わりないが。
ウサギみたいな人か・・・。
優しげに笑って、のんびりと話して穏やかな感じの人。
ウサギみたいだ。
時折、オオカミみたいに怖い時もあるけどね。
とりあえずは、とイルカは助けた人をウサギちゃんと呼ぶことにした。
固有名詞がないと何かと困るから。
といっても口に出さずに呼ぶのは心の中だけに止めておいたが。
ウサギちゃんはイルカの作った料理を実に美味しそうに食べてくれた。
特に手の込んでない料理だったのだが、お代わりまでしてくれた。
「すごく美味しいです」と言ってくれる。
「だったら、よかったです」
もりもりと食べるウサギちゃんは、この分ではすぐに元気になるだろう。
「その白いエプロン似合いますね、可愛いです」
不意に言われてイルカは戸惑った。
そういえばエプロンをしたままだった。
「ああ、どうも」
軽く返事をしてから何気なく言った。
「これ、貰い物なんですよねえ」
エプロンなんて、まして白いエプロンなんて男の一人暮らしでは買うこともないし買わない。
これ、結婚祝いのお返しに貰ったんだっけ。
忘れていたことを思い出した。
「そうなんですか」
思い出に浸ってイルカは不機嫌そうな声で我に返った。
目の前ではウサギちゃんが怒ったような顔をしていたのだった。
助けた人4
助けた人6
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