内緒の話 その九
「ちょっと待って!」
混乱する頭でカカシは考えた。
俺が他の誰かとイルカ先生を間違えた?
「いやいやいやいや」
カカシはイルカの手に重ねてない方の手と首を頑強に横に振った、ぶんぶんと。
そして言った。
「ないないないないです、絶対にそんなこと」
好きな人は一人だけだ。
たった一人。
イルカだけなのだ。
ずっとイルカのことだけを想っていた。
好きだと。
それだけは断言できる。
いくら酔っ払っていたとしても自分の心を偽ったりはしない。
むしろ酒を飲むと、どちらかと言うと素直になるはずだ。
だが、カカシが弁明してもイルカは疑わしそうな目を向けてくる。
「あの時、確かに聞きました」
カカシさんが他の人の名前を呼んだのを、と。
「間違えるはずはありませんし、記憶が薄れるようなこともありません」
ぐっとイルカは下唇を噛む。
「なぜならば」
イルカは苦しそうに吐き出した。
「カカシさんに好きだと言われて、とっても嬉しかったんです。ああ、俺もと思って」
・・・・・・俺も?
「だからカカシさんにキスされたときは驚きましたが嬉しさの方が勝っていた、好きな人とキスするなんて夢のようだって」
たとえ、とイルカはカカシを見つめた。
「それが酔っ払って、酒の勢いだとしてもです」
「イルカ先生・・・」
「それでも良かった」
ふっとイルカは微笑んだ。
「キスしてからだけど好きだと言ってくれたから」
ちょっとだけ幸せそうな顔をしてイルカは顔を伏せた。
「直後に深い谷底に突き落とされましたけどね」
カカシさんが他の人の名前を呼んで・・・。
「ショックだったんです」
そう言ったイルカの声はか細い。
「俺は誰かの代わりだったんだと思うと悲しかった」
それが一番辛かったです、とイルカは締めくくった。
「ごめんなさい!」
イルカの嘆き悲しむ様子に耐えられなくなったカカシは開口一番、謝った。
とにかく謝った。
「ごめんなさい、イルカ先生。悲しい思いをさせてしまって」
好きな人を悲しませるなんて論外だ。
しかも自分が原因だなんて。
すすっとカカシはイルカの横に移動した。
素早く、さり気なく自然に。
正面からイルカを見据えた。
「絶対に俺はイルカ先生しか好きじゃありませんから」
ぐぐっとイルカに身を寄せる。
今にも抱きしめてしまいそうだった。
「その他の誰かの名を呼んだというのは、きっと誤解です間違いです」
「そう言われても・・・」
混乱していたカカシだったが持ち前の冷静沈着な部分が、ここで幸いした。
まずは冷静になることが大事だ。
カカシは分析を始める。
「イルカ先生、大変に訊きにくいんですが俺は、どんな名前を呼んでいましたか?」
「えっと、それは・・・」
ぼそぼそとイルカは、その名を呟いた。
「ふーむ、なるほど。で、その前後に俺は何を言っていたか覚えています?」
「はい、だいたいは。カカシさんは確か・・・」
イルカの語った内容を聞いたカカシは暫し考えた。
前後の繋がりからすると俺が言いたかったのは、きっと。
ごほん、とカカシは咳払いをした。
罰の悪さを隠すためだった。
酒での失敗はみっともない。
「あー、多分ですね。俺の推測なんですけれども」
慎重に切り出す。
「俺は深酒をして、とっても酔っ払っていましたよね」
「はい」
「おそらく、普段に比べて呂律が回っていなかったと思われます」
「そうですね、はっきりと発音していなかった部分もあったんじゃないかと」
「おまけに眠かった。つまり、それです」
びしっとカカシはイルカに人差し指を突きつけた。
「あ、カカシさん、人を指してはいけませんよ」
「すみません」
指摘されたカカシは頭を掻く、そんなカカシを見るイルカの目は柔らかく。
場違いだったがイルカの台詞は場を和ませた。
「前後の脈絡から俺が思うには『俺はイルカ先生が好き』と言いたかったに違いありません」
間違いなく、とカカシは言い切った。
自分のことくらい自分で分かる、どれだけ自分がイルカを好きであるかを。
「しかし呂律の回ってない俺は単語の幾つかを飛ばして言ったので『は、ルカ、が好き』と聞こえたんじゃないでしょうか?」
「・・・そんなことって」
イルカはカカシの推理に動揺している。
要するに馬鹿馬鹿しい話だが『ハルカが好き』とカカシが言ったとイルカは思っていた訳だ。
その誰か知らない『ハルカ』が好きだとカカシが言ったとばかりに信じ込んでいた。
「いえいえ、そうですよ」
カカシは自信たっぷりだ。
「その後、俺は『いつまでもいつまでも好きな人がいる』とか言ったんでしょう?」
にこにこと笑ってカカシは言う。
「その人はイルカ先生に他なりません」
重ねた手を、ぎゅっと握る。
「俺はイルカ先生が、ずっと好きです。いつまでもいつまでも好きです」
ようやくカカシは告白できた。
きちんとイルカに、はっきりと。
「嘘だ」
なのにイルカは弱弱しく声で反論した。
「そんなの嘘だ」
「嘘じゃありません、本当ですよ」
もう一度、カカシは言った。
「俺はイルカ先生が好きです」
その言葉を聞いたイルカは安心したのか、ほっとしたのか体の力が抜けてしまったようで。
どっとカカシの胸の中へ倒れこんできた。
カカシの胸の中でイルカは目を閉じている。
ぐったりとして気力が尽きたようだった。
緊張が解けて酒が回ってきたのかもしれない。
「そんな聞き間違いで三年間も悩んでいたなんて」
カカシの凭れかかったイルカは疲れたように言った。
「馬鹿みたいだ」
くすりと笑いも漏れる。
「失恋したと思っていたのに」
それを最後に、ふうっと息を吐き出したイルカは動かなくなってしまった。
眠ってしまったようだった。
そんなイルカを愛しげに見つめたカカシは優しくイルカを抱きしめたのだった。
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