内緒の話 その十
眠ってしまったイルカを、どうするかカカシは少し考えた。
二人の間に溝を作っていた蟠りがなくなった今、もっとイルカに触れていたいと思ったのだが如何せん、カカシには前科がある。
酔っ払ってイルカに不埒まではいかなくても、不届きなことをしていた。
イルカの信用を得るためにも、ここはイルカをベッドに寝かせて自分の家に帰るべきであろう。
「よいっしょっと」
カカシは、ひょいとイルカを抱き上げた。
しっかりした体つきのイルカは結構重い。
重いけれど、それは鍛えているからで、その重さもカカシにとっては苦にもならず嬉しいものだった。
重さは自分の腕の中にイルカがいるという証だ。
ベッドに着くと、そっとカカシはイルカを下ろした。
イルカは、くたりとしていて力がない。
「おやすみ、イルカ先生」
額の髪をかき上げると唇で額に触れる。
イルカの額にキスをしたのだった。
「今日はこれだけにしておきますね」
そっと呟いたカカシはイルカから離れようとして苦笑した。
イルカの手が、しっかりとカカシの服を握っていたのだ。
「かわいいなあ」
服を握っている手の指を丁寧に外していく。
「またね」
カカシは寝ているイルカに布団をかけてやるとテーブルの上のグラスやらを簡単に片付けてイルカの家を後にしたのだった。
「先輩、イルカさんと仲直りしたんですか?」
ある日、後輩のヤマトが尋ねてきた。
「ん〜、なんでそう思うの?」
場所は上忍の控え室。
カカシとヤマトの他にも上忍は、ちらほら居た。
「だってですねえ」
ヤマトが、じれったそうに言ってくる。
「二人の間の雰囲気が明らかに変わりましたよ」
「そーお?」
「そうです」
断言している。
「前は二人の間には一本の線が引いてあった感じなのに、いつのまにかそれがなくなって砕けた感じに変化しています」
「ふーん」
カカシは読んでいた本を、ぱたんと閉じた。
「そう思うなら、そうかもね。あとは内緒だよ、言わない」
特に説明もしない。
「でも、まあ、ちょっと感謝しているよ」
「え、僕に?」
カカシの思いがけない言葉にヤマトは目を瞠った。
珍しいというか不気味だ。
明日は雨が降るのではないかと思ってしまったほどだ。
「感謝ってなんですか」
訊いてみるとカカシは口の端を上げた。
にやりとしている。
「イルカ先生に俺の話をしてくれたことが切っ掛けでイルカ先生が俺を諦めないでくれたというか。そんなところかなあ」
「ええ〜。僕が先輩の話をイルカ先生にしたことが切っ掛けなんですか〜」
そういうヤマトの顔は不満そうだった。
何気に後悔しているような気がする。
「なに、その顔」
カカシが咎めるとヤマトは肩を竦めた。
「別に」
カカシに友人をとられたような感覚でヤマトは妬いているのかもしれない。
そんな雰囲気だ。
「そういえば」
ヤマトが反撃してきた。
「先輩、酒で失敗したのに酒はやめないんですか?」
痛いところをついてくる。
確かにカカシは酔っ払ってイルカに酷いことをした。
でも過去のことだし、もう乗り越えた、と前向きに考える。
「まあ、それはあれだ」
「どれです?」
「失敗は成功の元だって言うじゃないか」
「先輩の場合は失敗の比率の方が大きいんじゃないですか」
「いいの、大丈夫。問題ない」
カカシは妙に自信たっぷりだ。
何が大丈夫なんですか、とヤマトはまだ突っ込んでくる。
そんなヤマトにカカシは余裕綽々で答えた。
「あ、そうだ。次からイルカ先生と食事に行きたいなら行ってもいいから」
「今度はどうした風の吹き回しですか?」
恐いものでも見るようにヤマトがカカシを見る。
「うん、それはだなあ」
カカシは、にっこりと笑った。
「勝者の余裕ってやつだよ」
イルカの気持ちを確信していたからこその言葉であった。
夕方になりカカシは家に帰る。
「あ、お帰りなさい」
カカシが玄関の扉を開けるとイルカが迎えに来てくれた。
エプロンをしているところを見ると夕飯を作っていたのだろう。
「ただいま、イルカ先生」
玄関まで迎えに来てくれたイルカをカカシは、ぎゅうと抱きしめた。
イルカの匂いがする。
ああ、幸せだとカカシは思った。
ここに帰ってこれるようになってよかったなあ、とも思う。
ここ、とはイルカの家であった。
イルカが眠ってしまった日を境に二人は一緒にいる。
それはカカシの家であったりイルカの家であったり。
ここ最近はイルカの家が多いが。
あの日。
イルカが眠ってしまった日の次の日。
もう一度、会って話をした。
カカシの家で。
きちんと話をしたのだ。
「ええと結論から言うと」
カカシは率直に言って頭を下げた。
「酷いことしてごめんなさい」
謝って、そして。
「好きです、お付き合いしてください」と。
気まずくなってから三年間、忙しいを理由に逃げていたがもう逃げない。
だってイルカのことが好きだから。
短いようで長い時間、イルカのことがやっぱり好きだったから。
いつまでもいつまでも好き。
それは変わらない。
イルカが誤解していた女性の件は説明してあるからイルカも分かっているはずだ。
「イルカ先生」
お互いに向き合って座っている形をとっており顔も、はっきりと見える。
イルカは俯いた。
俯いたことで見える項が、ほのかに赤く染まっている。
カカシはイルカの手を取った。
抵抗はされないのをいいことに、その手を握って次いでイルカの肩に手をかけた。
やっぱり嫌がらないのをいいことにカカシは握っていた手を離して両手をイルカの背に回す。
いわゆる抱きしめる体制になったのだがイルカは、されるがままだ。
どこまでしたら嫌がるんだろう、とカカシは思ったのだが、その考えは瞬殺した。
今は、そんな時ではない。
イルカを抱きしめてカカシはイルカの耳元で囁いた。
「イルカ先生好きです」
好きです、と囁くとイルカの腕がカカシの背に、おそるおそるといったように回された。
一瞬、大きく息を吸ったイルカが思い切ったようにカカシの背に回した腕に力を込めてきた。
強く抱きしめ返されると同時にイルカが言った。
「・・・好きです、とっても」
愛の告白だった、イルカからの。
「ずっと好きでした。カカシさんに好きな人が他にいると誤解してからも、やっぱり好きで」
抱き合うことでイルカの胸の鼓動が伝わってきた。
とても、どきどきしている。
「好きで好きで」
イルカの愛の告白にカカシも、どきどきと胸を高鳴らせる。
「諦め切れなくて」
俺って、とイルカは笑ったようだった。
「いつまでもいつまでも一人の人が好きなんだなあって」
「それは俺も同じですよ」
イルカを抱きしめるカカシもイルカの気持ちが、よく分かる。
「俺もイルカ先生だけを好きでいました」
そう言ってからイルカの顔を見ると真っ赤になっていた。
堪らずカカシは引き寄せられるようにイルカの唇に自分の唇を重ねた。
優しく、そっと。
ありったけの愛をこめて。
好きでいた時間はたくさんあったけど。
好きでいた時間よりも二人でいた時間が少ないから。
二人でいる時間をカカシとイルカは大切にしている。
いつまでもいつまでも好きな人だからこそ一緒にいたい。
二人でいることを大切にしている。
だからカカシはイルカのいるところへ帰ってきたのだ。
そこが帰る場所だから。
後日。
ヤマトがイルカと仲良さそうにしている現場を見たカカシであったが。
以前のように羨ましいとは思わずに。
イルカが自分じゃなく他の誰かといても、ちょっぴり嫉妬するくらいで。
広い心で微笑ましく、その光景を眺めていられるくらいにはなったのは内緒の話だった。
終わり
内緒の話 その九
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