内緒の話 その八
カカシは自分が覚えている範囲のことを総て話すとイルカの顔を見た。
イルカは妙な表情をしていた。
とても微妙といった顔でカカシを見ている。
その目は、それだけですか?と言っているようにとれた。
「ええっとですね」
場を取り繕うようにカカシは身振り手振りを加えて釈明する。
「あの時、俺、とっても酔っていて。情けないことに今、話したことだけしか覚えてないっていうか分からないんです」
イルカは言葉を発しない。
訝しげに眉を潜めているだけだ。
「次の日、謝ったのを覚えていますか?酔ってキスしてごめんなさいって、しかも」
これにはイルカも頷いた。
「本当は・・・」
カカシは謝った時に言うべきことを言わなかったことを、ずっと後悔していた。
「イルカ先生が好きだからキスをしたと言えなかったのを後悔していたんです」
「え・・・」
イルカが目を瞬かせる。
意外そうな顔をした。
「イルカ先生のキスしたのは酔った勢いとかじゃなくて。潜在意識にイルカ先生が好きだという気持ちがあったからで」
想いが伝わるようにカカシは説明する。
「最初に気持ちを伝えなきゃいけないのは重々、承知していたんですけれど。酔った勢いで下心が露になってしまったというか」
説明しながらもカカシは背中に冷や汗を流れた。
今更、こんなこと言ってもイルカに解ってもらえるか、ものすごく不安だった。
嫌われたら悲しい。
しかしヤマトに肝心の何をしたかは伏せて、酔った勢いでイルカに云々を話したら「最低」だと言われてしまった。
確かにそうかもしれないが。
だけど。
「謝った時に俺の気持ちを言おうとしました。でもイルカ先生、素っ気無くて話す隙がなかったから」
謝った時のイルカの雰囲気は、イルカにしては珍しく冷たくてカカシが入り込む余地がなかった。
丁寧に非礼を詫びるとイルカは、やはり冷たい声で「分かりました」と一言だけ言って、さっさと行ってしまったのだ。
それでもイルカを引き止めて自分の気持ちを言えばよかった。
言っていれば、二人の間に溝など出来ずに恋人になれて楽しい時間を過ごせていたのかもしれないのに。
「ああ、それは・・・」
言いよどんでイルカはカカシから顔を逸らした。
「それは、だってカカシさんが」
「俺が?」
やっと話してくれた糸口を離さぬようにカカシは絶妙なタイミングで相槌を打つ。
あくまで穏やかな優しい口調で。
イルカを怖がらせないように。
「俺がどうしたんですか?」
カカシの知らない真実をイルカが知っているような気がして熱心に訊く。
「俺が話したことの他に、俺は何をしたんでしょう」
それが一番、知りたかった。
「そ、それは・・・」
ほんのりとイルカの頬が色づいた。
酒の所為で赤くなっていた頬に違う意味での朱が差した。
「ねえ、イルカ先生」
優しい声に甘さを加えてカカシはテーブルに置いてあったイルカの手に、そっと自分の手を重ねた。
握りはしない、重ねただけ。
それでもイルカが、びくりと反応するのが分かった。
重ねた手が熱くなっている。
血の巡りが早い。
しかし中々、イルカは話そうとしなかった。
口を割ろうとしない。
イルカの話そうとしない真実の中にカカシが謝罪した後のイルカの態度、イルカがカカシを避けていた理由があるような気がする。
「イルカ先生」
テーブルの上に身を乗り出してカカシは囁いた。
「誰にも言いませんから話してください、内緒にしますから」
じ、とイルカが上目遣いでカカシを見つめる。
黒い瞳は悲しそうな色をしていた。
そんな瞳で見られたカカシは、ずきっと胸が痛んだ。
・・・・・・もしかして、もしかすると俺はイルカ先生にもっと酷いことをしたのかも。
疑惑が生まれる。
・・・・・・・・・覚えていないだけでイルカ先生に酷いことをしていたら。
それこそヤマトに言った最低以下にになってしまう。
カカシの手の下のイルカの手が、ぐっと握り締められた。
握りこぶしになる。
イルカは、きっとカカシを見た。
何かを決意したようだ。
「分かりました、言います。俺が知っていてカカシさんの知らないことがあるのはフェアじゃないですよね」
きっぱりと言い切った。
「だけど・・・」
イルカのもう片方の手が並々と酒の入ったグラスを掴んだ。
「素面じゃ言えないので」
見る間にグラスの中味を飲み干した。
続けて三杯、飲んだところでイルカはグラスを置いた。
「イルカ先生、大丈夫ですか」
急に酒を飲んだイルカを気遣ってカカシは声を掛けたのだが。
イルカは急激に酔いが回ってきたのか頭を、ぐらぐらさせている。
はあっと大きく息を吸ったイルカは大きく息を吐き出した。
「あの晩、カカシさんは俺に好きだと言いました」
「え、ええっ」
カカシの心臓が止まりそうになった。
俺は告白していたのか、と。
やるじゃん、俺と。
「好きだと言われましたが」
カカシが喜んだのは、そこまでだった。
イルカの声は、ひどく物悲しく聞こえた。
「好きだと俺に言いながら、別の人の名前を呼んでいました」
「え・・・・・・」
「カカシさんは誰かと間違えて俺に好きだと言っていたんです」
「まさか・・・」
「本当です」
イルカは微笑んだ。
「いつまでもいつまでも好きな人がいるって俺じゃなくて他の誰かに言ったんですよ」
その声は侘しく寂しげで。
ずきずきと痛んでいたカカシの胸は、引き裂かれそうな痛みに変わったのであった。
内緒の話 その七
内緒の話 その九
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