内緒の話 その三
二次会は割と普通だった、というのはカカシの感想だ。
イルカと隣の席にはなれなかったが向かい合わせにはなれたので正面を向けば、いつでもイルカの顔が見れるという状態であったのでカカシは大いに満足した。
ただイルカの隣に座っていた後輩が目障りといえば目障りではあったが。
後輩のヤマトに関しては暗部時代からの知り合いなので信頼に重きをおいているし、その実力も熟知している。
だが、とカカシは酒のグラスを口に運びながら楽しそうにヤマトと話すイルカを見つめた。
それとこれとは別だからな、と。
イルカのことはカカシの中で特別な問題だからだ。
そんなこんなで二次会も一通り、盛り上がり、いい時間になってきたので店を出た。
すると店の前で紅が言う。
「さあ、次の店に行くわよ!」
酒に関しては底なしなので紅は張り切っている。
普通の人間ではとても付き合いきれない。
「あの、紅先生」
イルカが、すまなさそうに申し出た。
「お誘いは大変に有り難いのですが何分、明日仕事なので俺はこの辺で失礼してもいいでしょうか?」
「そうねえ」
紅は美しい顔に綺麗な笑みを浮かべた。
「いいわよ、イルカ先生なら」
言いながら片手で、がっちりとアスマを腕を掴んでいる。
逃がさないと言わんばかりに。
紅の、もう片方の手は生け贄を探してさ迷っていた。
この場合の生け贄はカカシかヤマトだ。
「あ、僕は・・・」
ヤマトが発言しようと間をおいた瞬間を狙ってカカシが先に言ってしまう。
「あ、俺も明日は仕事なんでパス」
「そうなの」
紅は残念そうにしたものの、その腕は既にヤマトを捕獲していた。
「じゃ、カカシもいいわ」
頷いて紅は男二人を両腕に抱えて「次に行くわよ!」と有無を言わさず引き摺って繁華街に姿を消してしまった。
男二人は逆らえないのか逃げられないのか、情けない顔をして連れ去られてしまったのが哀れでもあった。
紅たちを呆然と見送るカカシとイルカ。
その姿が見えなくなるとイルカが、ぽつりと呟いた。
「行っちゃいましたね」
「そうですね」
「ちょっと可哀想な気がします」
「平気ですよ、あれでも上忍なんですし」
今のところ上忍であることと酒の強さが比例するのか、科学的に証明されてはいない。
それよりも、とカカシは、さり気なくイルカに持ちかけた。
「酔い覚ましに少し歩きませんか?」と。
イルカと話をするチャンスが巡ってきたのだ。
このチャンスを逃してはならない。
いい雰囲気の今、話をして親交を深めたい。
二人の間の溝を埋めたい。
色々な思惑がカカシの頭を駆け巡る。
前提としてはイルカの了承がいるのだが。
イルカは少し目を伏せ口元に笑みを浮かべた。
そして「そうですね」と同意してくれたのであった。
夜道をイルカと二人で歩く。
吹いてくる風が酒で火照った体を鎮めてくれる。
「気持ちいいですね」
イルカが風を受け止めて気持ち良さそうにしていた。
うーんと伸びをして体の凝りを解している。
飲んでいる時は、ずっと座っていたから。
「いい夜です」
カカシも相槌を打つ。
横目で、ちらとイルカを窺うと夜空を見上げて正座を見ていた。
今日のイルカはカカシのことを避けようともしないし、ずっと表情を見ていたが吹っ切れたような感じである。
区切りがついたというか、何かを決心したというか。
そんな決意をイルカは醸し出していた。
「ねえ、イルカ先生」
思い切って訊いてみた。
「はい」
イルカが夜空を見たまま声だけで返事をしてきた。
「今・・・」
訊こうとしてカカシは緊張のために、ごくりと唾を飲み込んだ。
訊いてもいいのか、悩んだがやっぱり訊きたい。
「好きな人いるの?」
とうとう訊いてしまった。
親交を深めるのが目的だったのに、それをすっ飛ばしてカカシは一番、気になる事を訊いてしまった。
もっと無難な話題を選ぶべきだったかと後悔したが、もう遅い。
「好きな人かあ」
酔っているのかイルカの口調は砕けている。
「好きな人ねえ」
見上げていた夜空からカカシの方に唐突に視線を移してきた。
穏やかな顔をしたままでイルカは穏やかな笑みをカカシに投げつけてくる。
その笑みに不覚にも動揺してしまう。
心臓が勝手に早く動き始めて制御ができない。
こんな近くでイルカの笑顔を見るなんて、いつぶりだろう?
感激の余り瞼の裏が熱くなった。
嬉しすぎる。
「カカシさんは好きな人いるんですか?」
「・・・え」
イルカの質問に意表をつかれた。
「好きな人がいますか、カカシさん」
澄んだ黒い瞳が挑むようにカカシをまっすぐに射抜いていた。
「俺、ですか?」
「はい」
「それは・・・」
目の前のあなたです、と言うのは簡単であったが言えなかった。
三年前の失敗が、まざまざと蘇ってきて慎重になってしまう。
言葉に詰まる。
「え、と、それはですね」
何と言えばいいのか・・・。
「いるにはいます」
やっとカカシは、それだけ言った。
「その人のことが今でも好きなんですよね?」
確認するようにイルカが畳み掛けてくる。
「はい、好きです」
カカシは真面目に答えた。
誰が、とは言わなかったがイルカも誰が、とも訊かなかった。
「ずっと好きで。俺の気持ちは変わりません」
「そうですか」
カカシの答えを聞くとイルカは一度、目を閉じた。
目を閉じてしまったためイルカの感情が捉えにくい。
何を考えているのか・・・。
束の間、目を閉じたイルカが次に目を開いた時にはカカシを見てはいなかった。
その目は夜空に戻っている。
「俺・・・」
イルカが小さな声を出した。
「失恋しちゃったんですよね、実は。随分、前なんですけど」
「えっ!」
突然も告白にカカシは面食らう。
「し、失恋って・・・」
誰に、いつ、どこで、と声に出そうとして声にならなくて、カカシは口を開いたり閉じたりしている。
先ほどの数倍、動揺していた。
近年、稀に見るほどの動揺ぶりだった。
「失恋して」
そんなカカシの動揺を知ってか知らずか、イルカは淡々と言葉を続ける。
「もう、その人のことを好きでいるのをやめなきゃと何度も何度も自分に言い聞かせたんですけど」
無理でした、と言うイルカの声は寂しげだった。
「他に好きな人がいる人のことを好きだなんて、我ながら未練がましく気持ち悪いかもと思ったりしていたんです」
ですが、とイルカは息を、ほっと吐き出し肩の力を抜いた。
「最近、こう思うようになったんです」
「な、何を?」
聞いているカカシは続きを聞きたいような聞きたくないような微妙な気持ちだ。
「自分の気持ちを大事にしようって」
イルカは透き通るような声が暗闇に響く。
「いつまでもいつまでも好きでいてもいいじゃないか、と」
イルカの声は風に吹かれて消えていく。
だがカカシの耳にはイルカの声が残り、心にはイルカの言葉が刻み込まれた。
いつまでもいつまでも好き。
カカシと同じ直向な想いをイルカも持っていたのだ。
「あ」
話した後、イルカは人差し指を口元に立てた。
「今の話、内緒ですよ」
誰にも言わないでくださいね、と念を押されたのだった。
内緒の話 その二
内緒の話 その四
text top
top