ナチュラル
『ナチュラル37』
「え、出張!」
夕飯をカカシと二人で和やかに食べていたイルカは声を上げた。
ついでに手に持っていた箸が、ぽとりと落ちる。
「そうなんですよ、明後日から一ヶ月ほど」
「一ヶ月・・・」
「ごめんね、イルカさん」
カカシが心底、申し訳なさそうにイルカに頭を下げた。
「急に決まっちゃって。俺しか適任者がいなくて、他のやつに押し付けられないんですよ」
困ったようにカカシは説明した。
さらり、と酷いことも言っている。
「行きたくないって散々、言ったんですけど、どうにもダメで・・・」
「そ、うですか・・・」
テーブルに取り落とした箸をイルカは手に取り、味噌汁を飲む。
味は分からなかった。
カカシさんが一ヶ月いない!
カカシさんに一ヶ月会えない!
カカシさんがいなくなる!
仕事のことなのだから、仕方がない。
頭で解っていても、感情がついてこなかった。
家に帰ってきてもカカシさんがいないんだ・・・。
考えただけでも切なくなる。
俺が家に帰ってきてもカカシさんが帰ってくることはない。
考えは、どんどん、悪い方向へと向かっていた。
寂しい・・・。
胸が、ずきずきと痛む。
同時に自覚した。
俺、こんなにカカシさんが好きだったんだなあ。
「・・・さん、イルカさん」
呼びかけられて、はっとした。
目の前にカカシの顔がある。
心配そうな瞳でイルカを見ていた。
「イルカさん、大丈夫?急な話で驚かせちゃってごめんね」
「いえ・・・」
「週末は帰ってくるから待っていてね」
すっとイルカの横に来たカカシは、お碗を持っていたイルカの手からお碗を取り上げてテーブルに置く。
両手でイルカの手を包み込んだ。
「電話もメールも毎日しますから」
カカシは普段から、まめに電話もメールも欠かさない。
「手紙も書きますから」
「い、いえ」
イルカは、そっと首を横に振った。
「カカシさんこそ、仕事で出張するのに。忙しいんですから、俺のことは・・・」
無理矢理に微笑んだ。
「俺のことは大丈夫です、これでも大人ですから」
しばらく、イルカをじっと見つめていたカカシであったが、ふう、と息を吐くをイルカを、ぎゅっと抱きしめてきた。
「もー、イルカさん!」
力強く抱きしめられる。
「そんな顔して大丈夫だとか言われてもダメですよ!俺の前では無理しないで!俺だって一ヶ月もイルカさんの傍にいられないなんて、寂しくて悲しくて辛くて苦くて考えると気が狂いそうになります」
「カカシさん・・・」
「イルカさんのことが、こんなに好きなのに離れなきゃいけないなんで酷すぎですよ!」
カカシは本気で言っている。
その証拠に、こんなことも言ってきた。
「ねえ、イルカさん」
イルカはカカシの腕の中だ。
「はい」
「イルカさん、会社辞めて俺の出張先に一緒に行きません?」
「・・・それは」
非常に魅力的だが、躊躇われる。
「会社は簡単に辞められません。一応、社会人でいたいんです」
「えー」
抗議の声を上げながらカカシはイルカの意思を尊重してくれる。
「まあ、イルカさんがそう言うなら。でも、会社なんていつでも辞めてくれて構いませんからね」
カカシは時々、とんでもないことをナチュラルに言う。
「会社を辞めて家にいてくれたら嬉しいです」と。
「そんなことを言っても」
イルカは再び、悲しくなってきた。
「カカシさん、出張で家にいなくなるじゃないですか。カカシさんがいない家なんて嫌です・・・」
「あー、ほんと」
カカシはイルカの額にキスを落とす。
「イルカさん、かわいいなあ」
好き好きと顔中にキスをしてきた。
「可愛くて可愛くて目の中に入れたいくらいです」
頬を寄せて、すりすりとするのは愛情表現だ。
「大好き、イルカさん」
「・・・俺もです、カカシさん好き」
イルカも、ぎゅっとカカシを抱きしめ返したのだった。
『ナチュラル38』
「あれ、イルカ」
昼休み、イルカと一緒に昼ごはんを食べていたハヤテはイルカが食べている物を見て首を傾げた。
「今日は手作り弁当じゃないんですね?」
「ああ、うん」
イルカの手にはコンビニで買ったと思われるパンと牛乳。
成人男性の昼食としては少ない。
「それで足りるのですか」
「うん、大丈夫・・・」
そう言うイルカは元気がない。
「風邪でも引きましたか?体の調子が悪いとか」
「ううん、違う」
イルカは首を横に振る。
「体調はいいよ、風邪も引いてないし」
「そうですか」
その割にはイルカは元気がなく、どことなく沈んでいる。
「何か悩みでも?」
ハヤテはコンビニで買ってきた弁当をつつきながら聞いてみた。
普段のイルカは明るく、笑顔が絶えない。
「悩み・・・。悩みってほどでもないんだけど」
暗い顔をして買ってきたパンに噛り付いた。
「私でよかったら聞きますが」
ハヤテの言葉にイルカは、ちょっと笑った。
「ありがとう、でも大丈夫だから」
「そうですか」
「ああ、平気」
そう言ったイルカは、ちょっと寂しそうであった。
それから三日後。
ハヤテは、またイルカと昼が重なった。
イルカは持参を常としている手作り弁当ではなく、買ってきたと思われるお握りを食べていた。
「今日もお弁当じゃないなんて珍しいですね」
「うん・・・」
イルカは先日よりも暗い顔をしている。
「いつも、綺麗な彩の美味しそうなお弁当持参なのに」
そのお弁当はイルカの好物ばかり入っていて、作っているのはイルカの恋人のカカシだとハヤテは知っている。
「あ、もしかして」
ハヤテは迂闊にも口に出してしまった。
「カカシさん、病気なんですか?」
カカシの名を聞いた途端、イルカの体が、びくっと動いた。
食べていたお握りを置いてしまう。
「イルカ?どうしました?」
俯いたイルカは何かを耐えているようで。
いきなり、机に突っ伏すと「もう駄目だ」と声を上げた。
こんなイルカは初めて見る。
「ど、どうしたんです、イルカ。落ち着いてください」
肩を揺するとイルカは突っ伏したまま、くぐもった声を出す。
「俺は人間として駄目だ、本当に情けない」
「何が駄目で、どこが情けないんですか?」
ハヤテは冷静に問いかける。
「ちょっと話してごらんなさい」
兄が弟に言うように優しく言う。
「うん、ごめん」
取り乱して、とイルカは顔を上げた。
イルカの顔は泣いてはいなかったものの、泣きそうな顔をしていた。
「話すと楽になれますよ」
「うん、ありがとう。ほんと、ごめん」
気を落ち着けるためか、イルカはペットボトルの茶を一口、口に含む。
幸いなことに周りに人はまばらで聞こえる心配はない。
「実はさ」
イルカは重い口を開いた。
「カカシさんが出張でいないんだ・・・」
「ああ・・・」
「それも一ヶ月もいなくて」
「なるほど」
「カカシさんがいないと家に帰りたくないし、帰っても飯も食べる気にならないし、何もやりたくなくなっちゃって。必要最低限のこと以外やる気になれないんだ」
はあ、とイルカはがくっと肩を落とした。
「俺って、ほんと駄目だ。これでも会社勤めしている社会人なのに。人間的にダメダメだ・・・」
「まあ、そう悲観することもないですよ」
ハヤテは慰めた。
「永遠の別れって訳でもないですし、一ヶ月もすれば帰ってくるんでしょう」
「そりゃあまあ、そうだけど」
「ちょっとの我慢ですよ」
ぽんぽんと肩を叩いてくる。
「うん、そうだよなあ」
イルカは少し元気が出たようであった。
「ありがと、ハヤテ」
笑顔が出た。
「いえいえ、なんの」
ハヤテも微笑む。
「しかし」
イルカは意外そうな目をハヤテに向けた。
「ハヤテって前向きでポジティブだったんだなあ」
「実はそうなんです」
そしてハヤテも意外そうにイルカを見た。
「お二人の関係はカカシさんのイルカへの一方的な絶大な愛情が主だと思っていましたがイルカも、ちゃああんとカカシさんのことが好きなんですねえ」
「あ、当たり前じゃん!」
からかうように言われてイルカは頬を赤く染めたのであった。
『ナチュラル39』
「イルカ」
昼休みにイルカと見かけたハヤテは話しかけた。
「顔色が良くありませんが、昼ご飯は食べたんですか?」
イルカは自分のデスクで頬杖をついている。
デスクの上には飲みかけの缶コーヒーがあるだけだ。
「ううん」
イルカは首を振った。
「・・・食べていない」
「どうしてですか?」
ハヤテはイルカの隣の人のデスクの椅子を引っ張ってきて隣に座る。
「何や悩みでも?」
聞いてから「ああ」と思い出した。
「カカシさんがいないんでしたっけね」
カカシの名を言うとイルカの肩が、ぴくっと反応した。
「カカシさんのことで悩んでいるんですか?」
「・・・そういうわけじゃないけれど」
飲みかけのコーヒーを一口、飲んでイルカは拗ねたように言う。
「カカシさんから電話がないんだ・・・」
「はあ」
「メールは、ちょこちょこあるんだけど」
「なら、良かったじゃないですか」
「でも・・・」
イルカは唇を噛む。
「前は一日百通以上は長文であったのに、今は一日十通くらいで短文」
「・・・そうなんですか」
ハヤテは、どう慰めていいのか皆目見当がつかなかった。
一般的なメールのやり取りでの一日のメールの量や文の長さが解らない。
「イルカからメールや電話をすると言うのはどうですか?」
だから、そう提案してみた。
「うん・・・」
イルカは肩を落とす。
「そう思って俺からのメールも以前の倍以上はしているし、電話もしているよ」
頑張ってはいるようだ。
「でもさ」
はあ、とイルカから重い息が漏れた。
「電話は、いつも留守電か電源が切ってあってさ」
「それは・・・」
「留守電に一応、メッセージは残してはいるんだけど」
哀しそうな顔してイルカは嘆息する。
「忙しいのに、あんまり電話しても邪魔かなって思って」
カカシの忙しさを思って、遠慮している。
「仕事で出張に行っているのに」
「そうですねえ」
一人が寂しい。
一人で寂しいゆえに食欲が落ちていたのだ。
「じゃあ」
ハヤテはイルカを元気付けるために言ってみた。
「今日、久しぶりに飲みでも行きませんか?ゲンマさんも誘って」
「・・・うん」
「飲んで食べて話すと、少しは気が紛れますよ」
「うん、そうだな」
イルカの顔に、やっと笑顔が浮かんだ。
「ありがと、ハヤテ」
その夜、ハヤテとゲンマとイルカは飲みに行ったのだった。
『ナチュラル40』
ハヤテたちと飲んだ次の日。
二日酔いで、がんがんするイルカの携帯電話がなった。
着信音でカカシだと解る。
イルカは、すぐに電話に出た。
「もしもし!」
「あ・・・。イルカさん?」
電話に出たカカシの声は疲れていた。
「元気ですか?今まで電話できなくてごめんね」
「いえ、いいんです。それよりカカシさんこそ、元気なんですか?」
「あー、うん」
疲れた声のカカシには覇気がない。
だるそうである。
「俺は元気ですよ」
「ちゃんと食べていますか?」
「うん、まあ。それより、イルカさんは?きちんと睡眠とって食べています?」
「は、はい・・・」
「うーん」
カカシは電話口で考え込むような声を出した。
「その返事では、あんまり食べていないんじゃないですか、本当は」
「食べています、大丈夫です!」
イルカは、少しムキになる。
「俺、大人ですから」
「そうですよね」
電話の向こうでカカシは少し笑ったようだ。
「大人ですもんね」
「そうです!」
「なら、安心しました」
カカシの声は、あったかく聞こえる。
「電話がなかなか出来なくてごめんね、メールもそんなにできなくてごめんなさい」
「いいんです、そんなの」
「そんなのって大事なことです」
今度はカカシがムキになった。
「イルカさんに電話するのもメールするのも俺の大事な仕事なんです」
その言葉を聞いてイルカは、ほっとした。
胸が、ぽかぽかしてくる。
離れていてもカカシは自分のことを想ってくれている。
その事実だけで幸せな気持ちになった。
「カカシさん、仕事、忙しいんでしょう?」
「え?ええ、まあねえ」
歯切れ悪くカカシは答える。
「なら、無理しないでください。忙しいんだからカカシさんの体を大事にしてください」
「うん、ありがと」
嬉しそうな声を出したカカシは続ける。
「イルカさんが留守電に入れてくれたメッセージ、何回も何回も聞いていますからね」
「え・・・」
それを聞いてイルカは恥ずかしくなった。
まさか、そんなことになっているとは思っていなかった。
「聞いたら消してくださいよ」
留守電に入れたのは他愛もない内容ばかりだ。
「いいのいいの。イルカさんの声を聞くと元気が出てくるし」
そう言われると、どうしようもない。
「あ、もうこんな時間だ」
カカシが慌てたような声を出した。
「ごめんね、もう切るね」
「はい・・・」
寂しい。
もっとカカシの声を聞いていたい。
カカシと話したい。
けれども、今はもう終わりだ。
「じゃあ、カカシさんお元気で」
「やだなあ、最後の別れみたいな言い方は〜。また会えるでしょ」
カカシは明るく言う。
「また、電話しますから」
「はい」
「イルカさん」
不意にカカシが真面目が声になった。
「早く会いたいな」
その声を聞いてイルカは言葉が出なかった。
朝から、涙が出そうになってしまう。
「イルカさんを抱きしめたい」
電話口から、ちゅっと音がして。
「愛しています、好きですイルカさん」
そうしてカカシの電話は切れた。
ナチュラル34〜36−2
ナチュラル41〜43
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