ナチュラル
『ナチュラル11』
金曜日。
イルカは飲み会であったがカカシも飲み会であった。
そのことはお互いに了承済みである。
ただカカシはイルカが飲む場所、つまり、どこの店が知っていたがイルカはカカシがどこで飲むのかは知らなかった。
単に聞くのを忘れたのだ。
・・・カカシさんはいつも俺のことを聞くのを習慣にしているみたいだけど。
イルカは飲み会に参加しながら、今は傍にいないカカシのことを考えていた。
ビールを一口飲む。
・・・俺はカカシさんのことを余り聞かないなあ。
それはカカシを信頼しているからだけど。
・・・もっとカカシさんがどこで何をしているのか知っておいた方がいいのかなあ。
だけどもカカシの不愉快になるようなことはしたくない。
・・・難しい。
眉を潜めたイルカはグラスのビールを飲み干した。
飲み会が終わり、イルカは店の外に出た。
一緒に飲んでいた人間も一緒だ。
「イルカ!」
ほろ酔い加減の会社の先輩が絡んできた。
肩に腕を回される。
「もー、一軒行こー!」
二次会だー!と叫んでいる。
「・・・ゲンマさん、酔ってますね」
「酔ってなーい酔ってなーい」
酔ってないと自分で言う人は、たいてい酔っているのが定番だ。
「俺はぜんっぜん、酔ってなーい」
ほろ酔いを通り越して完全に酔っていた。
「まあまあ、いいじゃないですか」
低い声がして、ごほと咳込む音がした。
「二次会に行きましょう、イルカ」
隣を見ると顔色が悪い同僚がいる。
「・・・ハヤテ、家に帰らないのか?具合が悪そうだけど」
「私は絶好調です」
全く絶好調には見えなかったが同僚は主張してきた。
「せっかくだから二次会に行きましょう」
腕を引っ張られる。
両脇から固められてイルカは逃げられない。
「いや、俺はもういいよ」
「だーめだ」
「ダメです」
両脇から同時に言われる。
イルカの二次会は行きは決定しそうになっていた。
「え、でも、家に帰りたい俺・・・」
そして、ふと横を見たときだった。
カカシの姿が目に入った。
イルカの飲んでいたのは繁華街の一角だったので酒を提供する店がたくさんある。
カカシがいてもおかしくなかった。
カカシは酒を飲んでいるのかいないのか、表情一つ変えずに背筋を伸ばして立っていた。
どちらかというとクールで冷たい感じがする。
・・・いつものカカシさんじゃないみたい。
遠目から見たイルカは、そう思った。
カカシは飲みの席にも関わらず、ぴしっとスーツを着こなしている。
無表情のカカシは怒っているようにも見えた。
・・・そういえば。
イルカはあることに気がついた。
・・・飲んでいるときでもカカシさんからメールやら電話やら来るのに今日は来てない。
まあ、カカシは会社の接待の飲み会と言っていたので、それは仕方がないのかもしれない。
カカシを見ていると周りに人が大勢いるのに気がついた。
キレイな女性が目に入る。
親しげに話しかけているのも目に入る。
にこやかにしている女性は美しい。
カカシの隣にいるのに相応しく思える。
・・・会社の人なのかなあ、あの人。
もやもやとした気持ちがイルカの中に湧き上がってきたのだった。
『ナチュラル12』
カカシの周りにはキレイな女性な他にも数名の人間がいた。
中でも背の高い黒髪のキレ者といった感じの若者が親しげにカカシに話しかけている。
ちり、とイルカの胸が焦げ付くような感じがした。
多分、これが嫉妬なのだろう。
カカシさん、家の外ではあんなに人に囲まれて人気者なんだなあ。
ぼんやりと、そんなことを思う。
カカシを見つめすぎていた所為なのか、不意に弾かれたようにカカシがイルカの方を見た。
一瞬、目があったような気がしたがイルカはすぐに前を向き、カカシから顔が見えないように体制を取った。
今日は、もうこのまま二次会に行ってしまおう。
カカシさんも、まだ帰らないみたいだし。
一人で家に帰って、一人で家にいても寂しいだけだ。
カカシが遠くに行ってしまったような気がした。
「イルカー、飲み行くぞ!」
先輩に言われてイルカは頷いた。
「いいですよ」
「お!やる気になってきたな!」
「では、行きましょう」
相変わらず、両脇は固められていたので、そのままイルカは連れて行かれそうになった、その時だった。
急にイルカの体が動かなくなってしまった。
「え?あれ・・・」
背中があたたかい。
誰かがくっ付いているような・・・。
下を見ると腰の辺りに背後から手が回っていて、しっかとイルカを抱きしめている。
そのためイルカの動きは止められていたのだ。
「ダメ!」
聞き慣れた声がした。
「行っちゃダメ!イルカさん」
イルカの後ろからイルカを抱きしめていたのはカカシだった。
『ナチュラル13』
「カカシさん!」
後ろから腕を回してイルカを抱きしめているのはカカシだった。
回った腕が着ているスーツの色は見覚えがある。
「ど、どどど、どうしたんですか?」
さっきまでカカシは自分の会社の人間といたはずだ。
なのに、今、ここに、なんで?
「え?あれ、カカシさん、どうして・・・」
軽く混乱しているイルカが発する言葉は取りとめがない。
「ここにいていいんですか?カカシさん、会社の方たちは・・・」
「そんなのいい」
カカシの声が背後からする。
「イルカさんの方がいい」
「いいって言われても、その」
腰に回ったカカシの腕は力が強くて、到底、外せそうにない。
それでなくてもカカシは細い割りに力が強いのだ。
腕相撲で一回も勝ったことがなかった。
ぎゅっとカカシがイルカの肩に顔を押し付けてきた。
離れまいとする意思表示だ、多分。
「イルカさんといる方がいい。今日は携帯を家に忘れてきて、イルカさんに電話もメールもできなかったし」
「ああ・・・」
それで今日はカカシからに普段は頻繁にくる電話やメールがなかったらしい。
「イルカさんがどこで誰とどうしているのか、考えたら寂しくて悔しかったんですよ」
「悔しいって」
「イルカさんが他の誰かといると気が狂いそうになるんです」
低い声で話すカカシはイルカにだけ聞こえるようにしているらしい。
「だ、大丈夫ですか、カカシさん」
いつもは言わないようなことを言うカカシにイルカは違和感を覚える。
「もしかして、酔ってませんか?」
「酔ってません!」
カカシは、はっきりと言い放った。
「オレはぜんっぜん酔ってません!」
さっきのイルカの酔っ払った会社の先輩とおんなじ反応だ。
顔色は変わったいないが、相当に酔っ払っている。
「イルカさん、家に帰りましょう!」
後ろに、ぐいと引っ張られたというより持ち上げられて体を反転させられた。
酔ったカカシは力が加減できないらしい。
「え?え、ちょっと」
「さ、二人の家に帰りましょうね!」
イルカを持ち上げたカカシは、すたすたと歩き始めた。
方向的にはどうやら、タクシー乗り場に向っている。
「待ってください、カカシさん!」
悲鳴を上げて後ろを振り返るとイルカの会社の先輩や同僚、そしてカカシの会社の人間と思われる黒髪の若者も呆然と二人を見送っているのが見えた。
「違うんです!」
最後に、それだけイルカは訴えた。
それからカカシにタクシーに乗せられて家に帰宅したのだった。
『ナチュラル14』
飲み会が終わった休み明けの月曜日。
イルカは少しどきどきしていた。
カカシさんのこと訊かれたらなんて説明しよう・・・。
嘘を吐くのはイヤだし、本当のことを言ってしまいたい。
でも、とイルカは考えた。
本当のことを言ったらカカシさんに迷惑かが掛かるかも。
何しろカカシとイルカは男同士で、そして。
恋人。
世間一般的には男女の恋人同士が通例だ。
・・・同性同士もいるけれど。
イルカは特に偏見はなかったが周りがどう思うかと考えると胃が痛くなってきた。
まあ、あれだな。
イルカは腹を括った。
何か言われたり面倒なことになったら辞めたらいいか、会社を。
そんで、次の仕事を探せばいいや。
イルカの中にはカカシと別れる選択肢はなかった。
危機感を抱きつつイルカは月曜日に出社したが、金曜日の飲み会に参加した皆の様子に特に変わった様子もなかった。
ごくごく普通で。
誰にも何も言われない。
あれ?と思ったもののイルカも自分からは何も言わず、黙々と仕事をしていった。
そして終業時間になり人がまばらになった時間帯、イルカは金曜日に飲みにいったメンバーと休憩所で鉢合わせした。
「よ!まだ、仕事か」
先輩が話しかけてくる。
「あ、ゲンマさん。もう少しで終わるんですけどね」
苦笑いで応じる。
ごほ、と咳をする同僚の声が横から聞こえてきた。
「月曜日から仕事しすぎてはいけませんよ」
また、ごほと咳をする。
「大丈夫だって、ハヤテ。それより咳は平気なのか」
買った缶コーヒーを飲みながらイルカが訊くと同僚は頷いた。
「平気ですよ、絶好調です」
「あ、そ、そう」
顔色が悪いのに絶好調らしい。
「それよりも金曜日はお疲れ様でした」
「あ、お疲れ様でした」
「また、飲みに行こうぜ」
和気藹々となる。
だが、次の瞬間、イルカはコーヒーで激しく咽た。
「イルカの彼氏も誘ってさ」
先輩の言葉にイルカは正に口に含んだコーヒーを拭きそうになったのを辛うじて堪えた。
「な、ななななんてこと、言うんですか!」
思い切り動揺している。
「お、俺の、か、かか彼氏だ、なんて。そのっあのっ違うんです!」
「違わないでしょう」
同僚が鋭い指摘をしてきた。
「同じ色のスーツと同じ柄のネクタイをしていたんですから根拠は充分です」
「え、そうだったっけ・・・」
イルカは覚えていない。
毎朝、イルカが来ていく物はカカシが選んでくれていたので素直に、それを着ていただけだ。
「何かも揃いの服を着ていて言い逃れはできませんよ」
「で、でも、それは・・・」
カカシが不利なことを言われたらどうしよう。
イルカの胸が不安でいっぱいになったときに先輩から「落ち着けよ」と肩を叩かれた。
「別にとやかく言うつもりはないからさ」
「そうですよ」
同僚も頷いた。
「ただ、俺はイルカがいつからか、妙に色気が出てきた割に女の影がないから不思議に思っていただけだからな」
「そうですねえ、浮かれているのにイルカの周りに女性の匂いはしませんでしたね」
「そ、そうなの?」
自分が浮かれていたという事実にイルカは少なからず、ショックを受けた。
俺って恋人が出来て浮かれる性質だったのか・・・。
カカシとのことは隠していたつもりだったのに。
「まー、今度、イルカの彼氏を誘って飲みに行こうぜ」
「イルカの彼氏は、あのカカシさんですよね」
「ああ、取引先の会社の人だっけ?」
先輩と同僚はお互いにイルカの彼氏について情報交換をしている。
ついでに感想も言い合っていた。
「でもなー、イルカの恋人が彼氏ってそれなりに似合っているな」
「そうですね、イルカらしいですよね、ごほ・・・」
「違和感ないよな」
「ですね。見るからにイルカにゾッコンて感じでしたし」
「ぎゅっーと抱きしめて、愛して愛して愛しちゃっている感じだよなあ」
二人は好き勝手言っていたが非難めいた言葉は一言も出ず、イルカはほっとしたのだった。
ナチュラル8〜10
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