その手の温もり8
「イルカ先生、はい、あーん。」
病院での朝食の時間、カカシはイルカの給仕をしていた。
病室に泊まりはしないものの、自宅から朝も早くにイルカの元へ通ってきている。
イルカは匂いで分かるのかカカシが食事を乗せた匙を顔の前に差し出すと、素直に口を開けて食べている。
「あーん、なんてして、ご飯を食べているイルカ先生って、なんだか可愛いですよね〜。」
カカシはイルカの耳が聞こえないのをいいことに言いたい放題言っていた。
「俺の差し出すものを疑いもなく食べてくれるなんて嬉しいし〜。」
そう言って、再び、ご飯を匙で掬うとイルカの口元に持っていく。
イルカは口を開けて、もぐもぐと咀嚼して嚥下した。
「すみません、お手間をかけてしまって。」
食べている合間に何度かイルカはお礼を言い、カカシがいる方へと頭を下げる。
「いいんですよ〜、イルカ先生。こんなことお安い御用です。」
そう言いながらイルカの手を握って摩った。
気にしなくていい、と伝える。
イルカは恐縮しているようで小さくなっていた。
「多分、手伝っていただかなくても自分でご飯くらい、食べれると思うんですが。」
控えめな申し出にカカシはイルカの手の平に大きくバツ印を書く。
「駄目ですって、無理するとよくないですよ。ね、イルカ先生。」
目の見えないイルカに微笑む。
イルカは、その気配を察したのか穏やかな顔になった。
「今、あなたが笑っているような気がします。すごく穏やかな雰囲気が伝わってきて・・・。」
目に包帯を巻かれた顔でイルカも微笑む。
「すごく安心します。」
嬉しそうに言った。
「なら、よかった。」
カカシは少しでもイルカの助けになっていると思うと心の底から嬉しくなる。
早く治ってほしい、と切実に思う。
「はい、ご飯、もう少しだから食べちゃいましょうね、イルカ先生。」
朝食の続きを再開させて、それは全部イルカのお腹に収まった。
朝食が終わるとイルカは怪我の炎症止めやらの薬と飲まされて、うとうととし始めた。
薬には少しばかり、眠くなる成分が入っているらしい。
カカシはイルカの手を触れる程度に握りながら傍らで見守っている。
眠りそうになりながらカカシに話しかけてきた。
「そういえば・・・。」
「何ですか、イルカ先生。」
「俺の名前を、どうして知っていたんですか?」
一瞬、ぎくり、とカカシの手が強張る。
「俺、まだ、あなたには名乗ってないような気がして・・・。」
「えーと、それはですねえ。」
焦りながら、カカシは理由を考える。
「俺のこと、病院の人が知っていたのかなあ。」
ぽつり、とイルカは呟いた。
時々、アカデミーの授業でけがした生徒を連れてきていたから顔を覚えられたのかな、と言っている。
「そうですそうです。それですよ。」
耳の聞こえないイルカのカカシは同意した。
「イルカ先生のことは病院の人から聞きました。」
急いで言ってみたものの、イルカに聞こえやしないのに、きちんと言ってしまうところがカカシのイルカへの誠実さを表しているのかもしれない。
「でも。」とイルカは言い掛けて欠伸をした。
「俺の名前を言っていると思う部分の後に何か、こう、固有名詞みたいなものをつけて、俺のこと呼んでいませんか?」
空気の微量な振動を感じ取りイルカは自分の名前を言っていると思われる部分が分かるらしい。
そこらへんは、さすが忍者というべきか。
そして固有名詞というのは、おそらくイルカ先生の『先生』のことではないだろうか、とカカシは考えた。
「あの人も俺のことイルカ先生って呼んでいるんですよね・・・。」
あの人とは誰のことなのか、カカシは気になったのだが、問い質す前にイルカの瞼は、ゆっくりと閉じていく。
瞼は完全に閉じられて握っていた手は力がなくなり、ぱたりとベッドの上に転がった。
その手を丁寧に布団の中に仕舞い、寒くないようにイルカの肩まで布団を掛けるとカカシはイルカの寝顔を、じっと見詰める。
イルカの額にかかる髪の手を、優しく仕草で払うとイルカの顔が露わになった。
顔は少し疲れているように思う。
頬を撫でると意外にも柔らかかった。
額から、なぞるように頬を撫で、髪も触ってみる。
イルカは起きる気配をみせることもなくカカシが撫でることによって、その感触に安心感を得たのか逆に眠りは深くなったようだ。
「あーあ。」
カカシは溜め息混じりの息を吐く。
「こんなに俺はイルカ先生の近くにいるのに。・・・でも、俺じゃないなんて。」
イルカは、傍にいるのがカカシとは思っていなくて通りすがりに助けられた、どこかの中忍と思っているのだ。
本当のことが言えなくて苦しいのに、傍にいることが嬉しい。
矛盾した気持ちが、ぐるぐると渦まいてカカシは妙に悔しくなった。
しかしカカシ気持ちを露ほども知らずに、イルカは安らかな寝息を立てて眠っている。
引き寄せられようにカカシはイルカの顔に近づき、お互いの吐息が感じられるくらいの距離になった。
そして悔しい気持ちに押し流されて、カカシは寝ているイルカの、その唇に口付けてみたのだった。
その手の温もり7
その手の温もり9
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