眼鏡色の君 6
「・・・殴られたの?誰に?」
カカシの口から低い声が漏れた。
険呑な雰囲気を漂わせている。
「違いますよ。」
イルカは即座に否定した。
首を振りながらメガネを外して、レンズの亀裂を見て顔を顰めた。
「あちゃー、罅が入っている。」
予備の眼鏡あったかなあ、と言いながら部屋の中に入っていく。
カカシは、その後を追いかけた。
「ちょっと!イルカ先生!」
追いかけて肩を掴んで、無理やり自分の方へ向かせる。
「ちゃんと説明して!」
詰め寄るとイルカは顔を背けた。
言いたくないらしい。
「こんな・・・。」
そっとカカシはイルカの顔の痣に触れた。
「跡がついちゃって。口の中だって切れているんでしょう。」
ひどく痛々しそうな表情をしている。
痣を作ったイルカよりも痛みを感じているように。
「心配しているんです、イルカ先生のことを。」
静かな声で、そう告げるとイルカは目を伏せてしまった。
「好きな人のことは自分のことより心配なんです。」
「・・・そんなこと言われても。」
イルカが、どうしようと困った風に呟く。
「任務に怪我はつきものですし、それに。」
きついことを言われた。
「今の俺の任務の性質上、必要に際しては、わざと怪我をすることもあります。」
今回のイルカの怪我、痣は必要なことだったのであろうか。
「必要なら多少の怪我をするのは覚悟の上です。・・・でもカカシさんが心配する気持ちも分かります。」
俺もカカシさんが任務の時は、とても心配するから、だから、とイルカは顔を上げてカカシを見た。
「任務をしている俺を心配で見ていられないなら、すぐにでも里に帰ってほしいんです。心配すればするほど任務の内容を詮索したくなるでしょう、任務の内容が知れたら口を出したくなるでしょうし。」
イルカがカカシに里に帰るように、と言った理由はカカシに寄り道しないで里に帰ってほしいということの他に、任務を遂行している自分を見られたくなかったという二つの理由があったのである。
「・・・分かりました。」
「そうですか!じゃあ・・・。」
カカシが里に帰ることを決意したのか、とイルカが、ぱっと顔を輝かせた。
でもカカシが言ったことは全くイルカの予想とは違っていた。
「イルカ先生の任務に口出しはしません。それに里へは任務の帰りに休養するために温泉地にから、今回の任務に付随する休暇を先取りさせてくれって伝えます。」
「・・・・・・は?」
「それならいいでしょ。」
カカシは、にこっと笑う。
「温泉地って・・・。」
「だって、大抵の街には温泉あるよね?」
「あ、りますけど。確か・・・。」
街の後ろにそびえ立つ山の奥の、そのまた山奥に秘湯とか秘境の温泉が。
それは半ば伝説になっている。
「行ったことのある人の噂なんて聞いたことないですけど。」
「まあ、いいじゃないの、あながち嘘じゃないし。」
「でも。」
渋るイルカを他所にカカシは一人で決めている。
「それより。」とカカシは、ふと真剣な顔でイルカの顔を覗き込み、再び、顔の痣を触った。
「これ、冷やさないと。」
「ああ、大したことありませんから。
大丈夫です、とイルカは微笑んだ。
「大したことなくても俺が嫌なの。」
カカシは台所に行くと手近な場所にあったビニールの袋に冷凍庫の氷を入れて持ってきた。
「仕事に行くまで冷やしておきなさいね。」
「・・・はい。」とイルカは素直に頷く。
そして小声で「これは本当に殴られたんじゃないんです。」と言ったのだった。
その夜。
イルカの働く店にカカシは、また参上していた。
約束通り里には休暇先取りの旨を伝えて、イルカの任務には口を出さない。
だから、ある程度、気配を消せば店でイルカを見守るくらいはいいだろう。
昨日、かけていた細い銀縁の眼鏡をカカシは変装代わりにかけている。
イルカは予備の眼鏡があったらしく、黒縁の眼鏡をして仕事をしていた。
あの後、イルカは痣を冷やしてから時間になると仕事に行ってしまったのだ。
痣のところには隠すように絆創膏なんて貼って。
店では普段のように変わらぬ態度で仕事しているらしいが、時折、何人かの客に顔の絆創膏のことを尋ねられている。
その度に愛想笑いで交わしている。
そのうちに例の、あの客が店に訪れた。
カカシが最初の日に見た、イルカに馴れ馴れしく触っていた男だ。
あいつ・・・。
見るだけでカカシは、イラついてきてしまう。
イルカが、その男のところに注文を取りに行った時だった。
男は言った。
「昼間は大変だったね。怪我は大丈夫?」
「はい、平気です。」とイルカは、にこにこと営業スマイルで答えている。
それから二人は何事かを親し気に話していた。
あの男がイルカの顔の痣の原因なのか・・・。
イルカに口出ししないと約束したからには口出ししないけれど。
ぎりっとカカシは歯ぎしりをして目付きの悪い顔でバレないように男を睨みつけた。
今日もイルカ先生に、ベタベタベタベタ触りやがって・・・。
イルカ先生はなあ、カカシは叫びたくなる。
俺の大事な人なんだぞ、と。
もちろん、そんなことは出来なかったけれども。
心の中で、愚痴愚痴と考えていると隣で涼やかな声がした。
「ここ、相席いいかしら?」
カカシは深く考えずに答えた。
「ああ?別に〜。」
愛想の欠片もない声だったが涼やかな声は「ありがとう。」と返事をしてカカシの隣に座ったようだ。
イルカしか見ていない、目に入っていないカカシは相席した人間には全く関心がなく知らなかったが、隣に座ったのはたいそう美人な妙齢のうら若き女性であった。
眼鏡色の君 5
眼鏡色の君 7
text top
top