眼鏡色の君 5
「それで、カカシさん。」
イルカが改まった口調で言ってきた。
「いつ、里へお帰りになるんですか。疲れが取れたなら、早々に帰ってください。」
「冷たいなあ。」
言ってカカシは腕を枕に寝転んだ。
「せっかく会えたのに。」
「会えたのは嬉しいですけど。でも、それとこれとは話が別です。」
イルカは任務に忠実だ。
「いいじゃないの。」
カカシは、ふわあ〜と欠伸をした。
イルカの店の閉店時間は明け方なので今は、まさに朝である。
朝日が眩しかった。
「俺、もう暫く、ここにいますから。」
「ええ!」
「里には任務が長引くって言っておけばいいですし。」
「それは嘘じゃないですか。」
「まあまあ、偶には自分に御褒美ってことで。」
「言っている意味が解りません。」
イルカが怖い顔をしている。
「カカシさんは里に早く帰るべきです。」
正当なことを述べた。
「そんなことよりさあ。」
カカシは巧みにイルカの追求を交わして寝転んでいたのだが、よっと勢いをつけて起き上がった。
「俺、すっごく眠いんだよね。」
イルカの家の押入れを勝手に開けて布団を取り出して床に敷き始めた。
「もう寝ましょ。布団が一組しかないから、一緒に寝るしかないですねえ。」
弾んだ声で言うと、すぐに布団に潜り込んだ。
「ほら、イルカ先生も。」
布団の片側に寄って空いている方を、ぱんぱんと叩いてイルカを呼ぶ。
「眠いでしょう?一緒に寝ましょうよ。」
カカシの声は、うきうきとしている。
それもそのはずで里では布団は別々で、ごくごく偶にしか一緒の布団、ベッドで寝たことがないのだから。
こんな時こそ、大義名分ではないが堂々とイルカと寝ることが出来る。
「さあさあさあ。」
にこにこして誘いをかけるカカシに顰め面をしながらもイルカは近寄ってきた。
「今日だけですからね。」
「そんな冷たいこと言わないで。」
憎まれ口を叩きながらも布団に入ってきたイルカをカカシは、しっかりと抱きしめた。
イルカの体は温かい。
抱きしめていると心まで温かくなる。
イルカも眠かったのか、カカシの方へと体を摺り寄せてきた。
ぴったりと体が合わさって、とても安心する。
イルカは目を閉じながら、むにゃむにゃと言っていた。
「俺、起きたら出かけなくちゃいけないところがあるので・・・。」
カカシさんが起きた時、いないかも。
呟きは夢うつつのカカシの耳に辛うじて聞こえた。
「分かりました。」
答えてカカシも瞼が落ちてくる。
腕の中のイルカは、しっかりと抱きしめたままだった。
カカシが起きた時、既に夕方でイルカはいなかった。
一人、部屋に取り残されている。
「イルカ先生。」
誰もいない部屋に呼びかけてみたが、もちろん、返事はない。
布団にもイルカの温もりは残っておらず、カカシの体温しか感じられない。
「そういや、寝る直前にイルカ先生、出かけるって言っていたっけ。」
どこに行ったんだろう?
カカシが首を捻った時だった。
玄関付近に人の気配がして、ばたばたと誰かが玄関に駆け込んで来た。
「イルカ先生?」
布団から起きたカカシが玄関まで行くと予想通りイルカだったのだが。
何やら微かに血の匂いがした。
服装は最初に見た時のように黒を基調とした一色で纏められており、本来あるはずの顔の傷が隠されて黒縁の眼鏡をかけている。
その眼鏡のレンズには亀裂が入っていた。
顔には殴られたような痣があり、こめかみの辺りが赤黒くなって痛々しい。
項辺りで結ばれていたと思われる髪は解けて乱れている。
「どうしたの!」
慌ててカカシが駆け寄るとイルカは、きつく目元を歪めて苦々しそうな表情をしていた。
イルカは心配するカカシを押しのけて台所へ行き水道の蛇口を捻り、勢いよく水を出す。
手の平に水を溜めて口を漱ぐ。
履き出した水は赤かった。
どうやら口の中が切れているらしい。
それから水を、ごくごくと飲んで口元についた水滴を手の甲で拭う。
ようやく落ち着いたらしく、はあ、とイルカは息を吐き出した。
吐き出した息は重苦しい。
それからカカシを見ると微笑んだ。
「大丈夫です、何でもありません。」
その言葉はカカシには弱弱しく聞こえたのだった。
眼鏡色の君 4
眼鏡色の君 6
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