ずっと待っていた8
「え、ちょちょちょちょっと待って!待ってくださいって」
唇が触れるまで、あと一ミリもないという、すんでのところでイルカはカカシを何とか阻止した。
「こ、ここここ、こんなのなしなしなし!なしです」
イルカの声は動揺のあまり、掠れている。
カカシの聞こえたのか定かではない。
でもキスされるのに抵抗があるということは動作で伝わったはずだ。
するとカカシはイルカに囁いた。
「イルカには黙っとこうと思ったんだけど」
その先を聞いてイルカの体が固まる。
「誰かがさっきから俺たちのこと見ているんだよね」
もしかして、というカカシの言葉に背筋に冷たいものが走る。
「あの男かも。イルカが嫌がっていたやつが俺たちが本物の恋人なのか見ているのかもよ」
本当に恋人なのか疑われているんだよ、と。
イルカは中忍だからか上忍の気配までは分からない。
カカシが、そう言うのだからきっと、そうなのだろう。
あの時のことが思い出されるとカカシには感じていなかった嫌な気もちが蘇ってきた。
同時に怖さも。
「だからさ」
カカシは宥めるようにイルカの背を撫でる。
「俺が嫌じゃなかったらキスしてよ。ね?」
声が出ないイルカは黙って頷いた。
カカシなら嫌じゃない。
あの男よりはましだというより比べるのが申し訳ないほどだ。
イルカが頷いたのを確認したカカシは今度こそイルカにキスをした。
そのキスは、ふわりと優しく。
イルカにとっては、ひどく印象的なものになった、好い意味での。
キスが終わるとカカシは抱きしめていたイルカを手放した。
ゆっくりと惜しみながらイルカから手を、腕を離していく。
「じゃ、行くね」
ひらひらとカカシが手を振る。
「元気でね、イルカ」
「は、はたけ上忍も。お元気で」
やっとイルカの声が出た。
今生の別れでもないのに寂しさで心が埋まっていく。
離れたくなかった。
「イルカー」
カカシは笑っていた。
「はたけ上忍じゃなくてカカシさんでしょ」
次に会ったら、とカカシはイルカの前から消え去る時に言い残した。
「ちゃんとカカシさんって呼んでね」
それだけ言うと行ってしまった、イルカの前から。
いなくなってしまったのだ。
それから数年。
里に帰ってきたイルカは真面目に勉強していた。
忍術も体術も、そしてアカデミーの先生になるべく。
任務にも精を出して数々の任務を積極的に受けていた。
毎日、勉強や任務や修行に明け暮れても心の片隅で常にカカシのことを思い出していた。
はたけ上忍、どうしているかなあ。
遠くの空を眺めてはカカシが、どこにいて何をしているのか気になってしまう。
気になってしまうのには理由もあった。
それはカカシの名声である。
カカシの戦場でも活躍は木の葉の里にまでも届いて噂の的になっていた。
誰かの何気ない会話もカカシの名が出るとイルカは、つい聞き耳を立ててしまう。
「はたけ上忍、すごいなあ。また手柄を立てたんだって」
「二つ名ともつ忍者だもんなあ。木の葉の誇りだ」
女性たちも、しきりに噂をしていた。
「はたけ上忍ってカッコいいだって!」
「すごい男前なんでしょ?会ってみたいわ」
「早く里に帰って来ないかなあ」
そんなことを言っている。
カカシの名を聞くとイルカは複雑な気分になった。
はたけ上忍って、ほんとにすごい。
俺も頑張らないとな・・・。
それと共に少し気になる女性がいても告白しようとは思わなくなった。
カカシには好きな子には告白してみたらとアドバイスされたものの、でも浮気はしないでねという何とも矛盾したことを言われていたのこともイルカが躊躇う原因でもあった。
それにだ。
誰かが言っていた。
「はたけ上忍って恋人がいるらしいぞ」
「へえー、本当に?」
「なんでも木の葉の里にいるそうだ」
「それって遠距離恋愛ってやつか」
「だな、愛が深いなあ」
女性たちも言っていた。
「はたけ上忍の恋人って、とっても可愛い人らしいわよ」
「なんでも自分で自分の恋人のことを可愛い人だって惚気ているんだって」
「えー、すごーい!」
「よっぽど恋人が好きなのねえ。恋人一筋なのね」
そこでキャーという女性の色めき立った声が上がったりする。
そんな噂を聞くとイルカは、とても・・・。
とっても居た堪れなくなった。
幸いにして、その恋人がイルカだということは、ばれてないようであったが。
内心、身悶えしてしまう。
俺はぜんぜんっ可愛くねえ〜と木の葉の山の山頂で叫びたくなってしまうほどだ。
遠距離恋愛ってなに?
恋人一筋ってなに?
しかも惚気ってなに?
カカシのことを考えると倒れそうになってしまう。
恋愛自体が初めてイルカにとって衝撃的なことだった。
それを忘れるためにも、とにかく精進、忍として毎日励んでいた。
ある日の夕方。
一日の仕事、任務を終えて家への帰り道。
一人で歩いていた。
「今日も疲れたなあ」
はあっと息を吐き出す。
でも、と夕日を見て思う。
明日も頑張ろう、と。
ふと夕日を背にして誰かが、すっとイルカの前に立った。
進行方向に立ちはだかるように。
その独特のシルエットには見覚えがあった。
イルカが、その名を呼ぶより早く相手がイルカの名を呼んだ。
「イルカ」
変わらぬ優しい声だった。
その声の主はカカシであった。
ずっと待っていた7
ずっと待っていた9
text top
top