ずっと待っていた2
何回か口移しで水を飲ませて、持っていた上忍用の兵糧丸を飲ませるとイルカの顔色は明らかに回復してきた。
抱きかかえていたカカシの腕から身を起こす。
じろ、とカカシを一睨みした後に顔を横に向けてしまった。
肩を竦めたカカシはイルカに自分の水筒を差し出した。
ちょっと考えた末に黙って受け取るイルカ。
そして蓋を開けて中味を飲んだ。
ごくごくと喉を鳴らして飲み干していくイルカは喉が渇いていたようだ。
いったい、どうなっているんだ・・・。
カカシは目の前のイルカを見据えた。
任務中に木から落ちるなんてただ事ではない。
あってはならないことだ。
体調管理にしても然り。
里を離れての任務では自分で自分の体調を管理するのが鉄則だ。
それが出来てないとは・・・。
不可思議な面持ちでイルカを眺めていたのだが。
水筒の中味を飲み「ありがとうございます」とカカシに水筒を渡してきたイルカであったが。
直後。
激しく咳き込んだ。
「ごほっ、げほっげほっ、ごほっ」
口元を押さえて胸を押さえて苦しそうにしている。
「大丈夫!」
慌ててイルカの背を擦ってやるが収める気配がない。
げーげーしているイルカは咳き込んでいるというよりも吐き気を抑えているようにカカシには見えた。
「気持ち悪いの?」
訊いてみるとイルカは苦しげに首を横に振る。
目を閉じて顔は血の気を失っていた。
先ほどまでは回復傾向にあったのに。
体全体で大きく息をするイルカは、どうやら落ち着いてきたらしい。
口元を押さえていた手が外れて両手で胸を押さえている。
微かな声が聞こえた。
イルカが無意識のうちに呟いているだろう、言葉が。
「だ、だいじょうぶ、平気平気、俺は平気、なんでもないんだ」
暗示でもかけているような言葉だった。
「あんなのなんでもないから大丈夫、しっかりしろ俺・・・」
あんなの?
イルカの言葉に引っ掛かりを覚えたカカシは眉を潜める。
「アレは忘れろ、忘れてしまえ」
アレ?
なんだかイルカは問題を抱えているようだ。
問い質したい衝動に駆られたが今はイルカが心身共に落ち着かせるのが優先だ。
カカシはイルカの背を優しく撫でて子どもにするように、ぽんぽんと軽く叩いたのだった。
落ち着きを取り戻したイルカは下を向いて頭を下げた。
地面に正座している。
意気消沈といった感じだった。
対するカカシは地面に正座は痛いので胡坐をかいて座っている。
「それじゃ痛いでしょ、足崩したら?」
言ってみたがイルカは首を横に振った。
そして言った。
「すみませんでした!」
下げていた頭をより深く下げる。
結っていた髪が、ぴょこんと揺れた。
「ご迷惑をおかけした上に上忍に暴言吐くなんて!」
「あー、暴言ねえ」
「本当にすみません、心配していただいているのは頭では解っていたんですが」
イルカが言葉を濁す。
「解ってはいたんですが、どうにもならなくて・・・」
歯切れが悪い。
「ふーん、」
イルカは打って変わって借りてきた猫ごとく大人しくなっている。
犬の方が似合うのになあ。
カカシが心中、思わず呟いてしまった言葉だ。
犬か猫かといわれると、どちらかというと犬の方が好きなんだけど。
でもまあ、イルカが猫っぽくてもいいかもしれない。
猫も可愛いよね、と場違いなことを考えていた。
猫が足元にじゃれ付いてくるのも悪くない。
そんなことを考えてイルカが自分にじゃれついてくるのを想像してみたり・・・。
そこまで考えてカカシは想像というか妄想を振り切った。
これじゃあ、俺、変な人だ。
「あー、えっとね」
わざとらしく言ってみる。
「そのねえ、イルカ」
名を呼ぶとイルカの身が縮こまった。
上忍からお達しがあると思ったらしい。
「なんで木から落ちたの?」
最初に起こったことから順を追って訊いていくことにした。
「それは・・・」
俯いたままのイルカは大変、言い難そうにしていたが白状した。
「あのー、合流地点である野営地から離れて、ほっとして気が緩んでしまって」
「それまでは緊張していたの?」
「緊張っていうか。はい、そうです。していました、緊張」
イルカの言っていることは嘘ではないようだが確信とついてはいないような気がする。
あくまでカカシの勘であったが。
「体の症状は?何日か、まともな食事をしていなかったんじゃない」
「ちょっとだけ・・・」
「何日くらい?」
「・・・一週間くらい」
「どうして食事をしなかったの?」
「それは・・・」
あのとかそのとか、ごにょごにょとイルカは口篭っている。
「食事をきちんとして体調管理をするのは基本でしょ」
「はい、すみません」
「それが出来ないのは忍失格でしょう」
「すみません」
厳しめに言うとイルカは項垂れた。
謝罪の言葉しか出てこない。
「うーん」
今までの会話では根本的な原因がいまいち判明しない。
イルカに体調管理を注意したのは間違ってはいない、が。
上忍である自分が威圧的では口にしにくいかもしれない。
威圧的に振舞っているつもりはないけれど。
体調不良だったのは食事が摂れなかったから。
食事が摂れなかった原因は・・・。
イルカが口走っていた『あんなの』とか『アレ』ってどういう意味だろう。
ふと思いついてカカシは尋ねた。
「そういえば口移しで水を飲ませるときにさ」
そう言うとイルカは顔を上げた。
なんだか嫌そうな顔をしている。
言うのが躊躇われたが押し切った。
「『男にキスされるなら死んだ方がましだ、男にキスされるなんて絶対にいやだ、死んだ方がましだ』って言っていたけど」
忍なら簡単に死という言葉を口に出せるはずがない。
余りにも身近に死が存在するため不用意に、言葉に出したりはしない。
カカシの言葉にイルカの顔が強張った。
膝に置いた手が、ぎゅっと握られた。
イルカの様子を見ながらカカシは慎重に言う。
「あれは、どういう意味?」
くっとイルカが唇を噛んだ。
「吐きそうにもなっていたけど・・・」
誤魔化しきれないと思ったのかイルカはがっくりと肩を落として、ひどく憂鬱そうな顔になった。
悲しそうにカカシを見て小さく一言言った。
「・・・・・・俺・・・男の・・・人に迫られ・・・て」
「え、迫られて?えっ、男に!」
今度はカカシが驚く番だった。
ずっと待っていた1
ずっと待っていた3
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