協定者たち 9
目覚まし時計の電子音がピピピと鳴り、カカシは無意識のうちに時計を止めていた。
目を開けたカカシは一瞬、どこにいるのか分からなかった。
隣を見ると、もう一組布団が敷いてあり、そこから左の手首から上の部分と黒い髪が少し覗いている。
「そっか、イルカ先生の家に泊まったんだっけか。」
思い出して、ほっとする。
疲れていたから、ぐっすり寝てしまったんだなあ。
枕元に置いてある目覚まし時計を見ると、六時半を過ぎている。
イルカ先生、起きなくていいのかな。
俺も今日は任務あるし。
イルカの部屋は朝なのに、遮光性のカーテンのために薄暗く朝とは思えない。
意外に寝起きが悪いんだ、イルカ先生って。
中々、起きれず布団に潜り込んでいるイルカにカカシは親近感が沸いてしまう。
いつもはカカシも寝起きは悪いのだ。 そんなイルカに、くすりと笑ってしまうカカシ。
ちょっと悪戯してしまおう。
カカシは、カーテンを一気に開ける。
部屋には朝日が差し込んで、眩い光に包まれる。
「イルカ先生、朝ですよ〜。起きないと駄目ですよ〜。」
朝日が布団から出ているイルカの左手と髪を照らした。
「ほらほら、起きないと遅刻しちゃますよ。」
今日も天気がいいですよ、とカカシは、ほんの軽い気持ちで言っていたのだが。
「カーテン、閉めてください。」
布団の中から、か細い声が聞こえてきて、はっとした。
朝日の当たった左手と髪から、細く煙のようなものが出ているのに気づく。
しゅわしゅわ、と音でも聞こえてきそうな感じだ。
異様な光景に思わず息を詰めて、動けないでいると布団の中から再び声がした。
「早く閉めて。カカシ先生。」
自分の名が呼ばれたのを切っ掛けに、慌ててカカシはカーテンを閉めた。
カーテンを閉めた後も、暫く布団からイルカは出てこなかった。
出てこれないのかもしれない。
沈黙が落ちている。
恐る恐るカカシは呼びかけた。
「イルカ先生?」
この場合、大丈夫?とか声をかけてもいいものだろうか。
どうすればいいのか、カカシには判断が尽かない。
どう動けばいいのかも。
朝日が当たってしまった左手は、辛うじて輪郭はあるものの薄く透けて、あちら側が見えてしまう。
髪に至っては、ボロボロと灰になって崩れ落ちていた。
「だ、大丈夫です。」
くぐもった声がして、イルカが布団から起き上がった。
「イルカ先生。」
カカシが近寄ると、イルカは左手を隠すように胸に抱き締めていた。
よくよく見ると、微かに体が震えている。
「ごめん。」
昨夜は寝る前に、朝になってもカーテンは開けないように、と言われていたのをカカシは漸く思い出した。
絶対に開けないで、と言われていたのに。
「ごめんね。」
それしか、言えなくて。
それしか言えない自分が哀しくて、カカシはせめてもと、イルカに両腕を回して自分の胸に抱き寄せた。
体の震えが止まる頃、イルカがぽつりぽつりと話してくれた。
「朝日を浴びることは禁忌なんです。」
「禁忌・・・?」
「朝日には、俺達を滅ぼす力がある。」
それだけはどうにもならないんです、と。
「ちゃんと話していれば良かったですね。」
イルカはカカシの胸から顔を上げて、寂しそうに笑った。
左手にしっかりと包帯を巻き、黒い皮の手袋を嵌める。
透けた左手は隠された。
髪は先端だけ、灰となってしまったので結べば分からない。
「その手は治るんですか?」とカカシが問うとイルカは「時間はかかりますが。」と頷いた。
朝食の席での話である。
朝食は昨日、帰り道に買ってきたコーンフレークとトマトジュース。
二人で牛乳をかけたコーンフレークをサクサクと食べている。
トマトジュースを飲むと、イルカは目に見えて元気になった。
「不思議な力があるんですねえ。」
カカシはトマトジュースに感心する。
「ゲンマやハヤテもトマトジュースを飲んでいるんですか?見たことないけど。」
「俺はたまたま、トマトジュースですけど。赤い液体ってのは人に寄って違いますね。」
「へえ。」
「ゲンマさんはトマトジュースが嫌いなので、ミネラルウォーターに食紅と砂糖を大目に入れて飲んでいますよ。」
「・・・不味そうですね。」 カカシの素直な感想にイルカは笑う。
「ゲンマさん、甘いの好きだから。逆にハヤテは辛いものを飲んでいます。」
「辛いもの?」
何となく、聞くのが怖くなる。
「ほら、ピザやパスタにかける唐辛子の香辛料あるでしょう?あれですよ。」
「ああ、あれね。」
「そうです。あれの、もっと数十倍辛いのが新発売になったらしくて、それを愛飲しています。」
辛いものを飲んでいるので、いつも咽て咳をしているんですよ、と。
「なのに、飲むんですか?」
理解できないという顔のカカシの顰め面が面白かったのか、イルカは楽しそうに笑っていた。
カカシはイルカとの距離が少し縮まったような気がして、その日は終始ご機嫌であった。
朝にカーテンを開けてしまったのは、大失態だったが。
イルカも自分に慣れてきたように思える。
だが、夕方になって任務からゲンマより一足早く帰ってきたハヤテに会うと恨み言を言われてしまった。
「イルカのことをお願いします、と言ったのに。」
じとっと見つめられて、カカシはうっとなる。
ハヤテは帰って来てイルカに会い、逸早く異変を察したらしい。
どうやら、珍しく少し怒っているようでもあった。
「だいぶ、ショックを受けていたので『家』に帰らせましたから。」
「えっ?」
確かに朝、直後は動揺はしていたものの、家から一緒に出た時は落ち着いたように見えたのだが。
分からなかったのか、見抜けなかったのか。
イルカに近づいたと思っていたのに、また遠くなったようでカカシはがっくりと肩を落とした。
それに『家』って何だろう?
そういや、前にゲンマがイルカ先生のこと訳ありだから、とかって言っていたような。
ささやかな疑問も出てきてしまって。
イルカ先生のことについて、まだまだだな〜とカカシは夕暮れ時の空を仰いだのだった。
協定者たち 8
協定者たち 10
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