協定者たち11
カカシがイルカ宅に止まった次の日、帰ってきたハヤテと会うことができてイルカはほっとした。
ハヤテはゲンマの次に付き合いの長い相手なので、心が許せている。
「お疲れ、ハヤテ。ゲンマさんは、まだ?」
「はい。もう少し、帰ってくるのが先になります。」
「そう・・・。」
「それより・・・。イルカに渡したい物が。」
ハヤテが沈痛な面持ちになっている。
「これを。」
差し出してきた物をイルカは手の平で受け取った。
「琥珀のピアス・・・。」
丸い形の琥珀の対のピアス。
イルカには見覚えがあった。
誰の物だが知っている。
「あなたに渡すように頼まれました。形見にしてほしい、と。」
「・・・形見って。」
手の平のピアスが、怖くて見れない。
「形見って、どういうことだよ。」
ピアスの持ち主は、ハヤテ、イルカと共に立場を同じくする協定者だ。
年齢はかなり離れていたが、訳ありのイルカをとても可愛がってくれた。
数少ない、イルカの理解者であり味方だった。
「亡くなりました。」
ハヤテは言葉少なだ。
亡くなったということは、この世にはいない、滅んだということだ。
もう二度と会えない。
暗い顔をしてハヤテは続ける。
「最近、里から協定者への無理な要望が多くなっています。」
犠牲になっている者も少なくありません。
「けれども、里からの要望を断ることもできなければ、どこにも逃げるところも還る場所もありません。」
協定に反することはできない。
里にいる限り。
ショックを受けて震えるイルカの体にハヤテは、そっと手をかけた。
「私とイルカの別れも、近く来そうです。」
はっとイルカは体を強張らせた。
「別れまでもいかずとも、暫く会えなくなるかもしれません。」
「それは予知か。」
吸血鬼は稀に特殊な能力も有している。
ハヤテの場合、時々だが予知ができた。
そして完全に的中する。
「おそらく。」
頷くハヤテに、唇をかみ締めてイルカは俯く。
「イルカ。元気を出して下さい。」
ただ、頭を横に振るイルカ。
「今のあなたには、畑上忍がいるではありませんか。」
一人ではありませんよ。
一人ではないと云う言葉がイルカの心に響く。
「でも。」
「でも?」
「巻き込んでしまったら。」
イルカはピアスをぎゅっと握って胸に当てる。
「死んでしまうかも。」
現に、このピアスの持ち主は協定者としては相当な力を持っていたのに、いなくなってしまった。
「人はいつか、別れるものです。」
その言葉にイルカはハヤテを見る。
「今、付き合ってる人には何て言うんだ?」
ハヤテは、人間の女性と付き合っていた。
無言で首を振るハヤテ。
「何も言いません。」
「でも、それじゃあ。」
「いいのです。」
静かだったが、決意をした口調だった。
「彼女のことを愛しているのは真実です。私が彼女の前から姿を消しても、それは変わることはありません。」
どのようなことになっても私は彼女を愛し続けます。
会えなくても。
言った後に、珍しくハヤテは照れ笑いをした。
「まあ、私のことはいいじゃないですか。畑上忍はイルカのことを本当に好いているようですし、お似合いだと思いますよ。」
「お似合いって。」
今度はイルカが照れくさそうにする。
「男同士だよ?でもカカシさんといると、気分が落ち着くような感じがするんだ。」
「良かったじゃないですか。」
ハヤテがぽんぽんと肩を叩く。
「そういえば、気になっていたのですが。何故、今日は手袋をしているのですか?」
「ああ、これか。」
ハヤテの質問にイルカは手袋を外してみせた。
息をのむハヤテ。
「朝日に当たったんですね。」
「・・・うん。」
事の経緯を簡単に説明した。
まじまじと、イルカの手を見てからハヤテは。
「今日は『家』に戻ったほうがいいでしょう。早い回復が必要です。」
何が起こるか分かりませんからね、と言う。
「見つからないように帰ってください。今夜、一晩『家』で休めば元通りになりますよ。」
「うん。」
家に帰れる、帰りたい家に。
久しぶりに帰れる家がとてつもなく、イルカは恋しくなった。
夜になると、イルカは気配を完全に消し、誰にもつけるつけられることなく『家』に帰りついた。
里の外れの森の中にある、崩れ落ちそうな廃墟。
幽霊が出ると怖い噂が立っているので人間は滅多に近寄らない。
廃墟の一番奥の部屋に行くと、イルカは床に膝を付いて、カモフラージュされていた鉄の扉を持ち上げた。
砂や埃が舞い上がる。
開いた扉にイルカは、するりと身を潜り込ませて。
そして、扉は音もなく閉じられた。
地下へ続く長い螺旋階段をイルカは降りていた。
灯かりはないが、不自由はない。
むしろ、闇の中は安心する。
ようやく、階段が終り一番下に辿り着いた。
黴臭い廊下を歩き、到着した部屋。
ドアを開くと、ずらりと棺が並んでいた。
吸血鬼の寝床である棺が。
イルカ以外、生き物はなく、静寂と闇だけがある。
ある棺の前でイルカは止まった。
棺の蓋には、異国の言葉でイルカの名が記されている。
棺の蓋の埃を軽く払うと、イルカは蓋を開けた。
帰りたかった家とは、棺だった。
体を棺の中に横たえ、イルカは安堵の息を吐く。
内側から蓋を閉めた。
体が安心するのが解り、闇に包まれたのを実感する。
瞼の裏にある人を思い出した。
カカシさん、どうしてるかな。
カカシさん・・・。
俺、いつの間にカカシさんて呼んでたんだろう。
優しく笑うカカシの顔が浮かぶ。
「疲れたな。」
イルカは呟いて。
目を閉じた。
そして、次にカカシに会った時。
イルカはカカシに別れを告げた。
協定者たち 10
協定者たち 12
text top
top