協定者たち15
「それは違うよ。」
事情を知ったところで何かを言える立場ではないのは、よく分かっていたがカカシは言わずにはいられなかった。
悲しみに打ちひしがれるイルカを見ていられなかったのである。
「イルカ先生、違うよ。生まれてこなければよかった、なんて、そんなこと言わないでよ。」
生まれてこなければよかったなんて、悲しすぎる言葉だ。
「ねえ。」
カカシはイルカの肩に手を置いた。
「イルカ先生のご両親が悩んだのは、イルカ先生が生まれてきてからのことじゃないでしょうか。」
「生まれてきてから?」
生まれることじゃなくて?とイルカは、その時、カカシを漸く見た。
「俺が生まれた、ということじゃなくて?」
「そうです。」
カカシは力強く頷いた。
「結果として色々なことが起こってしまったとしても、イルカ先生のご両親はイルカ先生を授かったことに感謝したはずですよ。でも、ご両親はイルカ先生の生い立ちや諸事情を考えると生まれることでなくて、生まれてからのことを危惧して辛かったんではないかと。」
イルカは、そっと目を伏せた。
思い出すように静かに呟く。
「俺が・・・。俺が、生命としてこの世に誕生した時、父も母も大喜びだったとゲンマさんは言っていました。ゲンマさんもハヤテも我が事のように嬉しかったって。」
「うん、そうだよ。俺もだよ。」
「カカシさんも?」
「ちょっと、ゲンマやハヤテより、遅いのは悔しいけど。」
カカシは、こつをイルカの額に己の額を合わせた。
「好きな人が生まれてきていて、嬉しくない人なんていないよ。」
だから、もう、悲しいことは言わないで、とカカシは顔を寄せて囁く。
「きっとイルカ先生のご両親も同じ気持ちだよ、俺と。」
「あ、でも。」とカカシは首を捻った。
「好きの種類が違うかな。ご両親はイルカ先生に親子としての愛情だけど、俺の場合は恋人としての愛情だからね。」
「こ、恋人って。」
急に、そんなことを持ち出されたイルカは、一瞬、赤くなったものの、次には噴き出した。
「こんな時に、そんなことを言うなんて。」
「こんな時だからこそでしょ。」
イルカの沈んだ気持ちが浮上しだしたのを見て、カカシは一安心した。
先程飲んだトマトジュースが効いたのか、イルカの体の傷はほとんど塞がっている。
もう動くことに支障はない。
イルカは服の埃や泥を払うと、ふらつくことなく立ち上がった。
カカシも同じく立ち上がる。
「カカシさん。」
イルカはカカシの目を、すっと見て少し笑うと言った。
「ありがとう。」
「え?」
「ありがとう、カカシさん。」
イルカの心の中の何かが救われたらしい。
イルカに何故か、お礼を言われて戸惑うカカシを余所に、イルカは懐から何かを取り出した。
取り出した物をカカシに渡す。
「これは?」
カカシが手の中の物を見ると、一本の細い木の杭であった。
長さは手の平ほどで先が鋭く尖っている。
「柊の杭です。」
真剣な顔でイルカは言う。
「柊の杭なら、俺たちを滅ぼすことが可能です。」
「ここに。」とイルカは自分の胸の中央を指差した。
「ここに俺たちは心臓があります。人間は左胸に心臓がありますけど、俺たちは真ん中が急所です。」
「なぜ、それを。」
カカシの顔は自然と険しくなった。
「それを俺に教えていいんですか。秘密なんじゃないんですか?」
「いいんです。」
もう、とイルカの目には決意のようなものが垣間見える。
「これからカカシさんも狙われます。だから、少しでも対抗策を考えておかないと。」
自分が狙われるということは、イルカの足を引っ張ることになるのか。
カカシは懸念してしまう。
そんなことはしたくないのだが。
「本当は銀の弾丸の方が効果的なのですが。」
イルカが言葉を濁す。
「これは俺用の・・・・・・ものなので。」
懐の拳銃を服の上から、そっと撫でた。
「誰にも渡せないんです。」
「ねえ、それは。」
カカシは気になっていたことを思い出した。
「自分を殺すためのものなの、イルカ先生?」
イルカは黙っている。
黙っていることが事実を肯定しているようなものだった。
「そんなことはやめてよ、イルカ先生。」
カカシは先程、イルカが銀の拳銃を自らの体に突きつけたのを見た時の体の震えを思い出した。
イルカを失うことへの恐れ、大切な人に二度と会えなくなるのだ。
「そんなことはしないって約束して。」
カカシの懇願にイルカは顔を背けた。
「できません。」
絞り出すようにイルカは声を出す。
「そんな約束はできません。」
協定者たち 14
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