続 子供と大人 8
子供になったイルカ先生と遊ぶのは楽しかった。
だんだんと俺に懐いてくる様子は見ていて、じーんとなってしまう。
子供のイルカ先生に懐かれるなんて、ああ、生きていて良かったなあ。
「ねえねえ、畑さん。」
にこにこしながら話しかけられて俺は、とても嬉しい。
だけど、一つ問題があった。
実は、今更、何を言い出すんだって思われるかもしれないが、俺はイルカ先生の名前を呼んだことがなかったのだ。
小さなイルカ先生になってから、一度も名前を呼んでいない。
大人の時は「イルカ先生。」って呼んでいたけど、今のイルカ先生は子供だ。
イルカ君、と呼べばいいのか、イルカ、と呼び捨てでいいのか、はたまた、イルカちゃんとか?
心の中で、迷いに迷っているうちに日は過ぎていってしまう。
名前を呼んであげなきゃって思っていたのに。
あっという間に三日間は過ぎてしまった。
気づけば五日目の朝だった。
イルカ先生に変化はない。
子供のままの姿で、一向に大人に戻る気配はなかった。
チャクラも未完成な子供のもので変わりはない。
俺は向かいの席で朝ご飯を食べている小さなイルカ先生を眺めた。
いつ、大人に戻るんだろうか?
それとも、もしかして、この子供の姿のまま・・・。
胸中、不安が渦巻くが、それを隠す。
今のイルカ先生に、それを悟られてはならない。
五代目は、二、三日で元の姿に戻るからと言っていた。
でも、もしも大人のイルカ先生に戻らなかったら?
五代目の方からは俺に何も連絡はない。
だから、俺は考えた。
二、三日で戻るのではなく、五、六日で戻るのではなかったのかと。
いい加減は五代目だから、そこのところを伝えるのを忘れているのではないかと。
そんな時、こんこんと窓ガラスを叩く小鳥がいた。
五代目の式だ。
急いで窓を開けると小鳥が、ぼふんと煙になって手紙に変わる。
短い一言が書いてあった。
イルカを連れて、すぐに来い。
あとは五代目の署名のみだ。
イルカを連れてって、五代目はイルカ先生に何をするつもりだろう?
いや何かをするのではなくて、何もできないことを告げるつもりだとしたら・・・。
嫌な予感がしてきた。
この予感が当たらなければいい、当たらなければいい。
そう祈った。
朝ご飯を、どうにか食べ終わって、のろのろと支度をする。
五代目のところに行きたいが行きたくない。
真偽を確かめたいが確かめたくはない。
そんな俺を見てイルカ先生が尋ねてきた。
「大丈夫、畑さん?どこか痛いの?」
心配された。
「ううん、なんでもないよ。」
無理矢理、笑顔を浮かべて俺はイルカ先生の小さな頭を撫でる。
「これからね、一緒に、お姉ちゃんのところに行くんだよ。」
お姉ちゃんとは五代目のことだ。
「あのお姉ちゃん?」
小さなイルカ先生の目が楽しそうに光った。
五代目に会えるのが嬉しいらしい。
「あの、チョコくれたお姉ちゃん?」
「うん、そうだよ。」
「また、会えるんだ。嬉しいなあ。」
何も知らずに、ただただ無邪気に笑うイルカ先生に胸が痛んだ。
素直に喜ぶ小さなイルカ先生に。
堪らなくなって小さい体を、ぎゅっと抱き締めた。
俺の体で、何もかも包み込むように。
「畑さん?」
温かい子供の体温が、ほんのりと伝わってくる。
それが俺の心を満たしていった。
イルカ先生、大好きです。
ずっとずっと好きですから。
心の中で、そう言った。
大人のイルカ先生の心に届けばいいと思いながら。
その時、俺の背に小さな手が触れた。
イルカ先生のだ。
小さな手が俺の背を撫でる。
「痛いの痛いの、飛んでいけー。遠くのお空に飛んでいけー。」
多分、イルカ先生がお父さんかお母さんにやってもらった時の真似だとは思う。
でも、その時は不思議なことに、それだけで本当に胸の痛みは治まった。
俺が顔を上げてイルカ先生の顔を見ると、にこっと笑われる。
「もう痛くない?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。」
イルカ先生の小さな手を握り、五代目に会いに行くことにした。
悪いことばかり考えては駄目だ。
五代目は、きっと何か別の理由があって呼び出したんだ。
物事は良い方に考えよう。
そう思うことにした。
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