続 子供と大人 5
次の日、何かが焦げる匂いで目が覚めた。
ん、何だ?と目を開けると隣の布団で寝ていたはずの小さなイルカ先生はいない。
どこだろう?
ぼうーっとしながら布団に起き上がると襖が開いた。
「あ、畑さん、おはようございます。」
子供の元気な声がする。
「今ね、俺ね、目玉焼きをフライパンで焼いたんだ。」
「あ、ああ。そうなんだ〜、すごいね。」
寝ぼけ眼の俺が、適当な相槌を打つとイルカ先生は、えへへと自慢げに笑った。
「すごいでしょう?俺、目玉焼きだけは母さんに教えてもらったから出来るんだ。」
そこで目が、はっきりと醒めた。
そうだ、今は複雑な状況に陥ってしまってイルカ先生は子供なんだっけ。
それで、お父さんもお母さんも生きていると思っている。
本当は違うのに、そうじゃないのに。
小さなイルカ先生が焼いた目玉焼きは少し焦げていた。
それを冷凍庫にあった食パンを解凍した上にのせて、ちょっと醤油を垂らして食べると中々美味かった。
あと牛乳を一緒に飲む。
子供にはカルシウムが必要だ。
「ご馳走様でした。」
食べ終わったイルカ先生は行儀良く手を合わせる。
食べた食器も洗い場に運んでいた。
「あ、食器は俺が洗うからね。」
子供なのにイルカ先生は、まめだ。
うかうかしていると俺が世話を焼かれてしまうかもしれない。
これではいけないよな、大人として俺にも一応プライドがある。
家事は苦手だったけどイルカ先生と暮らして殆ど出来るようになったし、今こそ、その実力を発揮する時だ。
そう決心する俺だった。
「ねえねえ、畑さん。」
朝ご飯と食器洗いが終わるとイルカ先生が寄ってきた。
「何して遊ぶ?」
にこにこして俺を見上げている。
「あ、えーとね。」
どうしよう。
昨日、この年齢だとアカデミーに通っているであろうイルカ先生には今は春休みだと言っておいたのだ。
それで、俺も任務は休みだから一緒に遊ぼうね、って。
でも、子供とは何して遊んだらいんだろう?
うーん、と悩んでいるとイルカ先生が小さな頭を傾げた。
「あ、もしかして。」
「え?」
ぎくっとしてしまう。
俺が子供の遊びを知らないって悟られたのだろうか?
「洗濯とかしなきゃいけないの?掃除とか?」
「・・・え?」
「そうだったら俺、手伝うよ。意外に得意なんだ、かじ。」
「そうなの?」
「うん、母さんが男も、かじしないと駄目だって言って教えてもらったんだ。」
「へ、へえ〜。」
しっかりしてるなあ。
俺、押されてるじゃん。
小さなイルカ先生が言っている、かじ、とは家事のことなのだろう。
「仕事で忙しくて疲れていても休みには、かじってしないといけないんでしょう?」
「あ、うん、そうね。」
「畑さん疲れているみたいだし、俺、できるだけ手伝うから。」
結局、イルカ先生の薦めに従って洗濯だけはした俺だった。
小さなイルカ先生は洗剤を入れてくれたり洗濯を干してくれたりと大活躍していた。
イルカ先生は子供になってしまったけど、何だか、いつもと変わらないような風景だった。
それで、漸く洗濯が終わるとイルカ先生が言った。
「ねえねえ、畑さん。縄跳びやろうよ。」
「縄跳び?」
ああ、庭があるもんね。
「いいよ。」と返事をするとイルカ先生は、ぴょんと跳ねて「やったあ」と喜んだ。
「この前、父さんに買ってもらった新しい縄跳びがあるんだよ。」
なんだって?
小さなイルカ先生は新しい縄跳びを部屋の中で探しているが、そんなものが現在あるはずはない。
イルカ先生の記憶の中のものでしかないのだ。
急いで、俺は考えた。
縄跳び縄跳び、あったかな?なければ何か代用品・・・。
「あった!」
天の助けとばかりに縄跳びが奇跡的に家の中に存在した。
これは大人のイルカ先生が前にアカデミーから間違って持って帰ってきたものだ。
そして、うっかり返し忘れていた。
「これこれ。はい、縄跳びだよ。」
縄跳びを探すイルカ先生に差し出した。
小さなイルカ先生は不思議そうな顔をする。
「違うよ、畑さん、これじゃないよ。俺のは、もっと新しいんだ。」
「ああ、そうなんだけど。あの、新しいのは、その・・・。」
ああ、上手い言い訳が思い浮かばない。
どうしたらいいんだろう。
重ねた嘘が、だんだん大きくなっていく。
取り返しがつかないような気がしてきた。
俺が困っていると差し出した縄跳びをイルカ先生は受け取ってくれた。
「じゃあ、縄跳びしようよ。俺、二重跳びできるんだ。」
「うん・・・。」
小さなイルカ先生は、俺を安心させるように笑った。
「畑さんは縄跳び好き?」
無邪気に聞いてくる。
イルカ先生に聞かれて答えようとしたけど、何かが胸に痞えて言葉が出てこなかった。
俺は無理矢理笑顔を作る。
イルカ先生の小さな頭を撫でた。
ゆっくりゆっくりと撫でる。
そうすると少しだけ気持ちが落ち着いた。
「やろう?」
小さなイルカ先生が俺の手を引いてくれる。
「うん。やろうか。」
やっと声が出た。
イルカ先生は、いつだって俺を助けてくれる。
大人の時も子供の時も。
昨日も謝ったけど俺は再び、心の中で謝った。
嘘をついてごめんね、と。
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