続 大人と子供14
イルカ先生は、ひどく落ち込んでいる。
俺に手を引かれながら黙っていた。
普段は往来で手を繋ごうものなら全身で恥ずかしがって逃げていくのに、今日はそんなことをしない。
下を向いて、何も言わない。
せっかく再会できたのに。
イルカ先生の笑顔を見ることはできなかった。
人通りが途切れ、二人だけになるとイルカ先生が呟いた。
「因果応報。」
ぽつりと呟く。
「これって、因果応報ってやつですかね。」
「え?」
「俺の父の失敗した巻物の術が、子供である俺の掛かってしまうとは。」
イルカ先生の手から力が抜けて握っていた俺の手の中から、するりと滑り落ちた。
手が力なく垂れ下がる。
「逆にいえば、俺の掛かってよかったのかな。誰にも迷惑かけなかったし。」
あ、でも、とイルカ先生は唇を噛む。
「カカシさんには迷惑かけちゃったな。」
「迷惑だなんて。」
俺は全力で否定した。
滑り落ちた手を、もう一度取り強く握る。
「迷惑だなんて、これぽっちも思っていませんよ。俺の方こそ・・・。」
そうだよ、俺、子供のイルカ先生の相手を上手くできなかった。
悲しませてばかりいた。
そのことを告げると、イルカ先生は首を振る。
「そんなことありません。」
「そんなことあるよ。」
「違います。」
「違いません。」
「そうじゃないです。」
「そうだよ。」
俺もイルカ先生も主張を譲らず、キリがなくなってきた。
お互いに相手の言うことを否定しあって、拉致が明かない。
イルカ先生は俯いて俺を見てくれないし、俺はイルカ先生を慰めたい。
笑ってほしい。
こういう時は、あれしかない。
俺はイルカ先生の顔を両手で包み込んで上を向かすと、しっかりとその目を見る。
「イルカ先生。」
名を呼んで、次に、ぎゅうっと抱き締めた。
言葉より、この方が俺の気持ちが伝わると思ったんだ。
力を込めて抱き締めた。
俺の温もりがイルカ先生に伝わって、イルカ先生の温もりが俺に伝わってきて、すごく安心した。
「イルカ先生。」
俺はイルカ先生を抱き締めたまま言った。
「俺ね、巻物を作ったのがイルカ先生のお父さんだって聞いてね。」
腕の中のイルカ先生の体が強張る。
「思いましたよ、もしかして試されたのかな、って。」
「試された?」
「うん。イルカ先生のお父さんに、そういう意図はなかったとしても、俺がイルカ先生を好きでいられるのかってことを。」
勝手な言い分だけど、なんだか運命的なものを感じたのだ。
同性同士の恋愛だ、もしかして天国にいるイルカ先生のお父さんが、そのことを心配して、こんなことをしたとしてもおかしくはない。
「イルカ先生が、大人でも子供でも、それでも俺がイルカ先生を好きでいられるか。・・・・・・子供のままで、元に戻らないイルカ先生を俺がどうするか。」
「どうするつもりだったんですか?」
イルカ先生が、小声で囁くように聞いてきた。
答えを聞くのを躊躇っている風だ。
「うん。」
俺も答えるのを、少々躊躇ってしまう。
言うべきなのか、言わないでおくべきか。
でも、ここまで言ってしまったんだから、覚悟を決めて言ってしまおう。
言ってしまっても俺の気持ちは変わらない。
イルカ先生への、俺の気持ちが変わることはない。
「もしも、イルカ先生が子供のままだったら、俺が。」
俺は、ごくりと唾を飲み込む。
やけに緊張した。
「俺が、親代わりになって育てようと思いました。子供のイルカ先生を。」
そうだ、そう覚悟したのだ、本当に。
「小さなイルカ先生に真実を総て、話して、それで。」
「それで?」
「それで、いいんだと思うことにしたんです。」
イルカ先生の腕が俺の背中に、そっと回った。
顔を俺の肩に押し付けてくる。
俺は緊張しながらも続けた。
「イルカ先生が元の姿に戻らなくても、俺が大人のイルカ先生への想いは忘れなくてもいいんだと思いました。好きでいていいんだと。子供のイルカ先生が、元の姿に戻らないのは辛いけど、なにより生きていることが一番だから。」
それだけなんだ、生きていればいいと、だから。
「だから。」
俺の声は震えた。
こんな時に、大事なことを言う時に限って。
「生きていれば、いつか会えると思って。」
術にかかっていても何かの拍子に術が解けて、元に戻る可能性はある。
低い可能性だけど希望はあった。
俺が失ってしまった人たちは二度と帰ってこないけど、生きていればイルカ先生にまた、会えるかもしれないんだ。
大好きな人に。
「カカシさん。」
イルカ先生から、くぐもった声がした。
俺の肩口から顔を上げようとはしないけど、声は聞こえた。
「ありがとう。・・・ありがとう、カカシさん。」
それから俺の背中のイルカ先生の腕の力が強まる。
「やっぱり好きです、カカシさん。大好き。」
愛の言葉だった。
続 子供と大人13
続 子供と大人15
text top
top