続 子供と大人 10
真っ白になった頭にイルカ先生の笑顔が浮かぶ。
どこからか俺を呼ぶイルカ先生の声が聞こえてくるようだ。
しかし現実は違った。
「カカシ!聞いているのか?」
五代目が机を、どんと叩いて俺を叱りつける。
「ショックを受けるのは分かるが、まずは私の話を聞け。」
俺の真っ白な視界に、急速に現実が戻ってきた。
目の前に五代目は難しい顔をして腕組みをしている。
「こんな時こそ、しゃんとしろ、しゃんと。」
どう、しゃんとしろというのだろう?
言いたいことが山のようにあったが、とりあえずは五代目の話を先に聞くことにした。
「カカシから、イルカが元に戻ったという連絡が来ないから、おかしいと思ってシズネに例の巻物を調べさせたんだ。」
例の巻物とはイルカ先生が掛かった術が封じられていた巻物ことだろう。
「そしたら、その巻物は失敗作というか未完成品だったんだよ。欠陥があって一度も実戦で使われたことがないらしい。」
五代目の話は続く。
「それでだね、決定的だったのが、イルカが掛かった術を解くにはキーワードがあるらしい。『ある特定の人物』が『ある言葉』を術に掛かった者に言えば解術が可能らしい。」
俺の口から苛立ちを含んだ低い声が洩れた。
「で、もちろん、その『ある特定の人物』とか『ある言葉』ってのは分かっているんでしょうね?」
五代目は盛大に眉を顰める。
「それが分かっているなら、さっき、この場で解術をしているよ。」
「何で分からないんです?」
「問題の巻物の字が所々、翳んでいて判読できないんだ。」
「どうして、そんな巻物をとっておくんですか?さっさと処分すればいいでしょう?」
「だって、もしかしたら、近い将来、何かの役に立つかもしれないじゃないか!」
「何かの役にって何の役にも立ってないじゃないですか!解術方法も分からないなんて。」
「この手の巻物の解術は、自然に二、三日で術が解けるって、相場が決まってるんだよ!」
「どこの相場ですか!」
口喧嘩のようにヒートアップしてしまったので俺たちは途中から指文字を使って会話して、隣の部屋のイルカ先生には聞こえないようにした。
当然のことながら洩れてくる殺気も抑える。
「だいたいにして、巻物整理なんてイルカ先生の仕事の範疇外でしょう?」
「イルカが手伝ってくれるって言うから、ちょっと甘えただけじゃないか!」
「イルカ先生が、このまま、子供の姿だったら・・・。」
自分で言って言葉が止まった。
イルカ先生が、このまま子供だったら、このまま成長して大人になるってことなのか。
そんなことになったら、俺はどうすればいい?
俺は、イルカ先生にとって何になるんだろう。
イルカ先生のお父さんの友人のままで傍にいることになるのか?
傍にいられるんだろうか、それとも離れなきゃいけないのか。
イルカ先生と離れ離れなんて考えるのも嫌なのに、そんな想像が次々と出てくる。
もう、大人のイルカ先生とは会えないのかな。
いや、このままイルカ先生が大人になれば会えるけど、じゃあ、その時、俺は?
俺はどこにいる?
俺の動揺する様を見て五代目が気の毒そうな顔をして言った。
「すまない、カカシ。引き続き巻物は調べてみるから。」
「いえ。」
少ない言葉しか出てこない。
「もし、子供のイルカといるのが辛かったら私が預かるが・・・。」
「いえ。」
俺は力なく首を振った。
「大丈夫です。」
今、イルカ先生と離れたら、もう二度と会えなような気がする。
絶対に離れたくなかった。
「そうか。」
五代目は隣の部屋に声をかける。
イルカ先生とシズネを呼んだ。
「もう、終わったの?」
イルカ先生が駆け込むように来て五代目に纏わり付く。
「ああ、もう終わったよ。」
「あのねえ、トントンすごいんだよ。海老反りは練習中だから、やってくれなかったけど、バク転してくれたんだ。」
シズネの腕に抱かれてトントンも一緒に来たが、顔色が蒼ざめていた。
色々無理したのかもしれない。
夢中で五代目に話をする、小さなイルカ先生を見ていると無性に虚しさのような遣り切れなさが込み上げてきた。
胸が苦しさで押しつぶされそうだ。
「もう、帰るよ。」
イルカ先生の細い手首を、ぐいと引っ張った。
「畑さん?」
乱暴な仕草に、びっくりしたイルカ先生が俺を見上げる。
「カカシ?」
五代目とシズネがやはり驚いたような顔をしていたが、俺は構わず一礼して火影の執務室を出た。
イルカ先生を引き摺るようにして無言で家に帰る。
帰る間、一言もイルカ先生と口を利かなかった。
暗い気持ちばかりが胸に渦巻いて、話すことができなかったのだ。
そんな俺を小さなイルカ先生が悲しそうな目で見ているのも気づけなかった。
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