きっと大切な人だから 5
「えっと・・・。」
イルカの言葉にカカシは、どう反応していいのか躊躇った。
イルカ先生は記憶に障害があるらしい、傷つけないようには何て言えばいいんだろ。
いや、それよりも・・・。
左目の写輪眼を露にしたカカシは「ちょっと失礼」とイルカの手を取り顔を覗き込んだ。
写輪眼には、実際には目には見えない様様なものが映し出される。
先ほど後回しにした術の形態が視えてきた。
怪我の手当てを先にして、解術を後回しにしたのが裏目に出たのか。
イルカに掛けられている術を写輪眼で高度で難解、どうやら精神、主に記憶に作用するようなものらしかったが・・・。
如何せん、その術は実に中途半端に掛けられていた。
なのでイルカは完全な記憶喪失ではなく、記憶喪失に際限なく近い、記憶の大部分が欠落している状態らしい。
少しは何か覚えているかもしれないが。
術を碌に習得していないやつが掛けたな・・・。
カカシは密かに溜息を吐き、眉を顰めた。
難しい術を半端に掛けられたために、本来の目的とは別に変に作用しているのだ。
複雑に絡まった糸が、更に幾重にも複雑に絡まり合って、それを解すのには相当な時間が掛かりそうである。
カカシにも、その絡まった糸が解けるのか自信がない。
火影さまなら出来るかも・・・。
五代目火影の顔が目に浮かんだ。
木の葉の里の長で医療の頂点に立つ人間である火影ならイルカに掛かっている術も解くことができるだろう。
しかも記憶が定かではない所為か、イルカの体からはチャクラが感じられなかった。
忍者としての自分を忘れているのならば、当然といえるかもしれない。
今のイルカは怪我をしている一般の人と同じなのだ。
そのことはカカシの胸に、ちらと独占という欲の炎を灯らせた。
イルカ先生が今、頼れるのは俺しかいない。
心の奥に仕舞っておいた悪い考えが浮かんでくる。
この隠れ家の存在を知るものはいず、イルカがここにいるのを知っている者はいない。
今のイルカ先生には俺しかいないんだ。
こんな時なのに、カカシは笑みが浮かんでくるのを押さえるのに一苦労してしまっていた。
だって。
イルカ先生は俺のものだ、とはっきり思ってしまったから。
「あ、あの・・・。」
いつまでも黙っているカカシを不審に思ったのか、イルカが躊躇いがちに声を掛けてきた。
「俺、どうしたら・・・。」
目の前にカカシを見て困っている。
「あ、すみません。」
はっと我に返ったカカシは、とりあえず考えるのを止めイルカの手を、そっと布団の上に置く。
「追々、少しずつ説明していきますから。今はね・・・。」
カカシは傍に置いておいて薬と水を差し出した。
「薬を飲んで休養してください。」
寝ているイルカの体を起き上がるのを手伝い、肩に腕を回して支える。
「さ、これを飲んでください。」
イルカに傷の炎症止めやら増血剤を飲ませた。
体温はまだ低いが正常に戻ってきているようなので、ほっとする。
薬を飲ませてイルカの体を布団に横たえると訊いてみた。
「何か食べたいものはありますか?」
少しでも食べれば体力はつく。
カカシの問いにイルカは弱弱しく首を振る。
「今は何も・・・。」
「そうですか。」
茫洋した瞳でイルカはカカシを見ていた。
何かを言いたげに。
あ、そういえば、とカカシは自分が名乗ってなかったのを思い出した。
「俺はカカシといいます。」
「・・・カカシ、さん?」
イルカが熱っぽい声でカカシの名を呼んだ。
「はい、そうです。」
「カカシさん。・・・カカシ、さん。」
子供のように何度もカカシの名を呼ぶ。
「大丈夫ですよ、俺は傍にいますから。」
イルカの額を子供にするように、優しい手付きで、ゆっくりと撫でる。
「あなたの名前は、さっき呼んだ『イルカ』という名前ですよ。」
「・・・先生、とも呼んでいましたが俺は学校の先生なんですか?」
薬の効果かイルカの瞼が、とろんと下がってきた。
先ほど飲ませた薬には催眠の効果もあるので効いてきたのかもしれない。
それでなくても怪我をしているのだから薬の効果は、てきめんだ。
「そうですよ。」
子供をあやすようにカカシはイルカに答える。
「そうなんですか・・・。」
だんだんとイルカの声は小さくなってきた。
眠りに落ちそうになっている。
「じゃあ、カカシさんは・・・。」
半分、眠りに落ちているのかイルカの言葉はたどたどしい。
「俺と、どういう関係の人・・・。」
なんですか、と消え入るよう声で心細そうに続けられた。
関係・・・。
簡単に言えば知り合い以上で友人を越えようとしている間柄だ。
イルカの返事は、まだ貰っていないが友人以上になりたいと思っている。
言うなれば『恋人』に。
カカシは、ごくりと唾を飲み込んだ。
緊張のために。
今のイルカに、あの言葉を言ったら、どうなるんだろう・・・。
記憶があやふやなイルカに言ってみたら。
その誘惑にカカシは勝つことが出来なかった。
いけないこととは知りながらイルカに言ってしまった。
「俺とイルカ先生は、実は・・・。」
人生で一番最高潮にカカシは、どきどきしている。
「実は恋人同士なんです。」
「そうなんですか。」
瞼が落ちそうになっているイルカは微笑んだようだった。
カカシの言ったことを全く疑ってはいない。
「カカシさんみたいな優しい人が恋人でよかった・・・。」
そう呟いたイルカの瞼は完全に落ちてしまった。
すうすう、と健やかな寝息が聞こえてくる。
イルカは眠ってしまったようだった。
寝顔は穏やかで安らぎに満ちていて。
その寝顔にカカシは、いつまでも見入っていたのだった。
きっと大切な人だから4
きっと大切な人だから6
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